悪魔からの頼み事
「……どうして俺が契約者だとわかった」
ゲイルは今確かに『契約しないか』と言った。それはつまり、やつは俺が契約者だと気が付いているということだ。
「まぁそんなことはおいておこうぜ。時を止めるのも無制限じゃないんだ。さっさと決断してくれ」
「……契約内容は?」
「そう来なくちゃあな。契約は至ってシンプルさ。オレは今ピンチに追い込まれているお前さんたちを助けてやる。その代わり、一つだけオレの言うことを聞いてもらう。これでどうだ?」
明らかに怪しい。
いや、これは相手が悪魔だからという先入観から来るのだろうか。俺たちが何をするのかを契約時に教えてもらえないのは不安が残るが……背に腹は代えられない。
ちらっと隣を見るとビオラも覚悟を決めている様子で、俺のほうを見て黙って頷いた。
「あぁ分かった。その契約を結ぼう」
「話が分かるやつでよかったぜ。それじゃあ、これで成立だな」
ゲイルはそう言うとすっと右手を出してきた。悪魔にもこういった礼節が存在するのかと少し驚きながら、俺はその手を握り返した。
《契約完了 悪魔ゲイルが仲間に加わりました》
その電子メッセージが流れた瞬間、モノクロだった世界に色が戻った。それはすなわち、時間が再び流れ始めたことを意味する。
「お前らやっちまえ! ……って、なんだこいつ!」
俺たちの周りを囲んでいた男たちからしてみれば、突然悪魔であるゲイルが現れて困惑しているのだろう。口をポカーんとしている中で、ゲイルは口を開いた。
「オレはゲイルだ。よろしく。あんたらには悪いんだが、こいつらはオレと契約を結んだ大切な人たちでな。取られるわけにはいかないんだ」
そう言うと、他の人間が口を開く前にゲイルは魔術を行使した。
「対象範囲――設定。座標確定――完了。起動しろ、完全転移」
瞬間、視界が暗転して俺の意識は無くなった。
●●●
「そろそろ、目を覚ましてもらえないか? ライト」
その声が聞こえたのと同時に、俺は目を覚ました。そこは普通の家の一室のようで、俺は布団に、ビオラは隣にあるベッドの上に寝ていた。
そして、俺に声をかけた張本人であるゲイルはまじまじと俺の顔を見つめていた。
「まずは助けてくれてありがとう。……ところで、俺の顔に何かついているのか?」
「いや、そういうわけじゃあない。ただ、ちょいとお前さんの持っているスキルを覗かせてもらっていただけだ。お前さんも女神の加護を持っているんだな」
「なっ……」
その瞬間、俺は理解した。ゲイルはおそらく《鑑定》のスキルを持っているのだ。だから、オレが契約者であることを見抜き、俺が名乗る前に名前を知っていた。
と、思ったのと同時に俺は今の言葉の中に一つの疑問を覚えた。
「お前もってことは、ゲイルも持っているのか? 女神の加護を」
「あぁ。オレも持っているぜ。《悪の女神カンナの加護》っていうんだけどよ、何で持っているかは覚えていない。気が付いたら持っていた」
意味が分からない。そもそも加護のスキルはプレイヤー用ではないのか? 女神の出したクエスト以外での入手方法があるとは思えない。
そもそも、俺の持つ《愛の女神エーリルの加護》にモンスター用の効果は書いてなかったはずだが……。
まさか、こう見えてゲイルはプレイヤーなのか? と疑って俺はステータスを見てみる。
名前 ゲイル
レベル 20
種族 幻想種
スキル 《完全転移》《鑑定》《悪の女神カンナの加護》《××》……
やはり、れっきとしたモンスターだ。それにしてもゲイルも幻想種なのか。まぁ考えてみれば、ペガサスが幻想種に入っているなら、悪魔が幻想種に入っていても不思議ではないな。
「なぁゲイル、その加護の効果は何だ?」
「この加護の効果は、『不変の生命力を維持する』って効果らしいな。使ったことが無いからよくわかっていないが。それより、契約内容の話がしたいから外に出てくれないか?」
ついに来たか。悪魔からの頼み事は流石に少し緊張する。
俺はベットで寝ていたビオラを起こすと、ゲイルの後に続いて家の外に出たのだが、俺の目に映った光景があまりに異常でフリーズしてしまった。
そんな俺を見て、ゲイルはニヤニヤと笑った。
「ようこそ、オレ達悪魔の住む魔界へ」
魔界。確かにその表現が最も適切な場所だ。作りとしては普通の人間の町に近いが、そこに住むのは全員が悪魔。
しかもさっきまで太陽が昇っていたはずなのに、ここは太陽も星も月もなく空を暗闇が支配している。
「なんていうか……、異世界に来た気分だ」
「そうですねライトさん。ここは、明らかに私たちがいた場所とは異なる気配がします」
俺とビオラは互いに少し身を寄せ合いながらあたりを見渡す。その理由は、周りにいた悪魔たちが物珍しそうに俺たちを見つめているからだ。
「別にお前さんたちがおびえる必要はない。悪魔はなぜか人間におびえられるが、あいつらはみんないいやつだぜ。お前さんたちはこの魔界への初めての来訪者だから、少し注目度が高いだけだ。じきに慣れるさ」
そうか。まぁ確かに少し先入観があったな。これは反省しないと。
「それよりもお前さんたちには来てほしい場所がある。契約の内容に関しては、そこで教えるからついてきてくれ」
そう言って歩き出すゲイルに導かれて、俺たちは街の中を歩いていく。街には露店があふれており活気づいている。
その中には八百屋さんもありビオラが目を輝かせていたため、一つ買ってあげた。どうやら、この魔界でもお金は共通らしい。これでとりあえず一安心だな。
ビオラに人参みたいなものを食べさせてあげながら歩くこと十分。唐突に家や店がなくなり、奥には広大な大地が見える。
そこでゲイルは止まって俺たちのほうを振り返った。
「なぁ、このまま進んでみてくれないか?」
「あ、あぁ。わかった」
いったい何が起こるのかわからないが、とりあえず奥の広大な大地へと進もうとした――その刹那。
ドン、と鈍い音が響き俺の額が赤く腫れあがった。そして、衝撃で俺はしりもちをついてしまった。
「な、何だこりゃ!」
しりもちをついた俺を見て、ゲイルはけらけらと笑っている。瞬間、俺は理解した。いったい今何が起こったのかを。
「ここに、見えない壁があるのか」
「あぁ、その通り。この奥に見える大地は見えているだけで行くことはできない。ここは、魔界の一番端なんだ」
どうやらこの魔界はあまり広くないようで、真ん中にある街を円で囲むようにして作られた場所のようだ。
「それでゲイルさん、私たちは何をすればいいのですか?」
ビオラがそう聞くと、ゲイルはゆっくりと口を開いた。
「お前さんたちには、この不可視の壁を壊してほしい。魔界に閉じ込められた悪魔たちを、開放してほしいんだ」
「……はぁ?」
俺は意味が分からず、腑抜けた声を出してしまった。