逃走の末に
「とりあえず村を出て適当に歩いているけど……やっぱりそろそろマップが欲しいな」
親方さんたちからの手紙を胸ポケットにしまった後、村を出てから20分くらい経過しただろうか。俺たちはあてもなく草原を歩いていた。
「さすがに、この草原からはそろそろ出たいですね」
「そうだな~」
俺はそう返答しながら自分の両手を見る。そこには燦然と輝く二つの指輪があった。それは、クエストクリアで手に入った、龍殺しの指輪と真実の指輪だ。
龍殺しの指輪は、龍と戦う際に自信が強化されるという効果で使い道があるのだが、真実の指輪は相手が嘘をついているときに赤く反応するという効果らしく、戦闘では使えそうにない。
ただ、その効果は興味深いものだった。
「嘘が見抜ける力があれば、探偵になってみてもいいかもな」
VRMMO 内の探偵事務所なんて開いたら、依頼殺到で荒稼ぎできるのではないか? などと考えにやにやする俺に、ビオラは冷静に現実を告げた。
「ライトさん。その、申し上げにくいのですが……指名手配犯に依頼を頼む人はいないと思います」
「あっ……」
そうだった。何か知らないが、俺は物凄く高い懸賞金を懸けられているらしい。意図的ではないとはいえ、王国の恨みを買いすぎたな。
「ま、まぁとにかくまずはこの草原から出よう!」
気分を変えようと、大きな声でそう言って少し歩くペースを上げようとした――その瞬間だった。
「本当に居たぜ。ライトさんよぉ」
どすのきいた低い声が聞こえて俺が反射的に後ろを向くと、そこには明らかにガラの悪そうな人間が十人ほど集まって俺たちを見ていた。
「……何者だ。お前たちは」
俺は慎重に探りを入れるが、男たちはゲラゲラと笑った。
「おいおい、史上最悪の犯罪者だと聞いて心して来てみればこいつ、レベル27の雑魚じゃねぇか! これで懸賞金二十億ベリルなんて、こんなうまい話があるんだな!」
まるで俺の言葉を聞いていないのか、質問に答えず仲間内でしゃべりあっている。ただ、今の一言で何となく察した。
「懸賞金目当てで、俺たちを捕まえに来たのか」
「鋭いじゃねぇか。まぁでも、このレベル差と人数差でお前たちが逃げ切れるはずがないんだけどな! やれ、お前ら!」
集団のトップらしき男が叫んだ瞬間、他のやつらはニタニタした表情でこちらに向かってくるが――。
「こいつら速い!」
かなり遠くにいたはずなのに、一瞬でその距離を縮めてきた。それもそのはずで、やつらは高レベルのモンスターがわらわら出るあの森を正面から突破して来ている。
つまり、攻略班並みにレベルが高いのだ。
「ビオラ、不確定転移はできるか!」
「すみません。あれをするための準備がまだ整っておらず、準備する隙も与えてくれるとは思えません」
「そうか……。だったら、今すぐ逃げよう!」
「はい。ライトさん、急いで乗ってください」
俺は急いで頷くとビオラにまたがって逃げる。正面からやりやっても勝てる算段が全くないからだ。森にいたレベル65のモンスターを倒してきたのなら、そのレベルは70前後はあるはず。
俺はおろか、ビオラでも勝つことは厳しいだろう。それに捕まったらアウトだ。
「おいおい! 逃げるっていうのかい! もっと好戦的だと思ったのに張り合いがねぇな!」
そう言う声が、背後からたくさん飛んでくる。
しかし、それに惑わされずにひたすら俺たちが逃げていると、やつらはいらいらしてきたのか次の手を打ってきた。
「おい、あいつを捕まえるのはヤメだ。殺す気で魔術をぶっ放せ。懸賞金は半額になっちまうが、もう我慢できねぇ」
集団のトップ一言により、他のやつらは嬉々として魔術を放ってき始めてきた。もとより彼らが好戦的な性格なのは見て取れていたので、この展開になることは予想済みだった。
「ビオラ、頑張って避けてくれ! 俺だけだと、この量の魔術は捌ききれない!」
「わかっています! 振り落とされないように、しっかりつかまっていてください」
その言葉を聞いて、盾を構えていた俺はそれをやめてビオラにがっしりとしがみついた。ビオラは背後から迫る火や雷などの大量の魔術を、的確に避けていく。
しかし、避けることに集中するということは他の何かを犠牲にするということ。
それにより損なわれたのは、スピードだった。
「捕まえたぜぇ!」
後ろを振り向くと、すぐ近くに迫っていた男たちのうちの一人にビオラのしっぽがつかまれていて、それを強引に引っ張って後ろに投げた。
「うあぁああああああ!」
その圧倒的な力によって、俺とビオラは宙に投げ出されてそのまま落下した。その一瞬を逃すまいと、追手は俺たちをしっかりと囲んでゲラゲラと笑い出した。
「ずいぶんと手間をかけさせてくれたじゃねぇか。ライトさんよぉ」
「ちっ……」
舌打ちをしながら突破口を探すが、どこにも穴がない。ビオラも今の一連の行動の中で疲弊している。
まさしく打つ手がなかった。
「さぁ、大人しく捕まってくれれば殺しはしねぇ。ま、痛めつけることはするがな!」
「こいつら……」
おそらくPKギルドの連中だろうか。思考が悪逆非道だ。ただ、それに対抗するための力を俺は持っていなかった。
彼らの手に魔力が集まっていく。そして、今にでも魔術が俺たちに放たれる――その瞬間だった。
「オレの名前はゲイルだ。よろしく」
突然世界が黒と白の二色に染まったと思えば、周りにいたやつらの動きが硬直している。というよりも、これは――時間が止まっている。
そして、おそらくこの現象を起こした張本人が目の前にいた。
「何者だ、お前。なぜ俺たちを助けた」
「だから、オレはゲイルだと言っただろう」
真顔でそう返すゲイルの風貌は、明らかに人間ではない。黒い体にギザギザの翼。そして金色に輝く二本の角。
その姿を一言で言い表すなら……。
「ゲイルさん、あなたは悪魔ですね」
ビオラが冷静に状況を分析して言い放つ。ゲイルは正解だと言いたげな顔で笑った。
「あぁ。オレは俗にいう悪魔だ。そしてライト。お前さんに一つ言いたいことがあって今助けている」
ゲイルはそう言うと一度一呼吸を置いて、再びゆっくりと口を開いた。
「オレと契約する気はないか?」
《悪魔の契約編》スタートです。