表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/27

女神クエスト 下

「この中が研究室だよ。ここに生贄として連れてこられた人が収容されてる」


 作戦を立て終わると秘密基地を出て、レイに先導されて歩くことしばらく。彼女の見つけた独自のルートのおかげで敵の見回りを回避して、俺たちは生贄が囚われている研究室に到着した。


「私はここでお別れ。ここからはライトたちに懸かっているよ」


「あぁ、わかった」


 おそらく、ここが最終決戦の場所なのだろう。中からどす黒いオーラがひしひしと伝わってくる。俺は覚悟を決めると、ダイとビオラの顔を真剣に見る。


「行こう」


 二人は静かにうなずくと、俺たちは研究室の扉を開く。そこに待っていたのは――1人の男だった。スタイリッシュに白衣を着こなす彼は、俺たちが中に入ると唐突に拍手をしだした。


「やぁ。よく来てくれたね。待っていたよ……と言っても、待っていたのは君だけどね」


 そう言いながら、男はビオラを指さす。その瞬間に、俺は悟った。


「……王国関係者か」


「ご名答。流石にここまでこれたのは伊達じゃないってことかな。祠の入り口に備え付けられていた監視カメラが君を捕らえた時は、背中がぞくぞくしたねぇ」


 クソっ。完全に失念していた。まさか王国とつながりが深い者がここの実験をしていたとは、思いもしなかった。

 しかしこれはやばい。何せ、ビオラがとらえられる可能性が出てくる。この研究者のことだ。捕まえられたら無事じゃあ済まないだろう。


「ビオラ、ここから逃げろ!」


 俺は全力で訴える。しかし、ビオラは首を横に振った。


「いいえ。私は逃げません」


「どうして!」


「……この村を助けると、そう決めたからです」


 前を見ると、ダイの姉を含めた計六体の人型モンスターが苦しそうに檻から解き放たれている。ビオラは、それをすべて助けようと思っているのだ。

 自分の危険を顧みずに。


「本当に、ビオラは優しいんだな」


 あぁ。本当にどうしようもなく、ビオラは優しい。大きな危険を伴うがそれでも、そんな彼女の意見を尊重してあげたいと俺は思った。


 ならば、やるべきことは一つ。


「俺は、ビオラを守る盾だ」


 ビオラを尊重し、彼女を外敵から守る。それが俺にできることだと覚悟を決めて、眼前の白衣の男をにらむ。


「そんなに睨まれても困るよ。戦うのはワタシではなく、彼らなのだから。行きなさい! 私がこの一年で育て上げた傑作たちよ!」


 そう言うと男はそそくさと奥へ逃げ込み、代わりに前に出てきたのは六人のモンスター。体は人間のそれではなくなっており、色も紫色に変色している。

 そして全員が苦悶の表情を浮かべていることが、この場所で何があったかを容易に教えてくれる。


「ワタシの改造したこの子たちは強いよ? それに、人間を素体にした彼らはまだ生きている。それを君たちは殺せるかな?」


 自分は戦わないといったくせに、男は煽るだけ煽るとけらけら笑っている。しかし、その挑発に簡単にのるわけにはいかない。


「あぁ、もとより殺す気はない。全員気を失わせるだけだ」


「ほぉ。そんな甘い考えで、本当に彼らを倒せるかな? まぁせいぜいあがきたまえよ!」


 男がそう言った次の瞬間、六匹のモンスターは一斉に俺たちを襲い始めた。

 ダイとビオラは後方からの攻撃なので、六匹の攻撃はすべて俺が受け流さなければならない。俺はしっかり盾を構えて、最初の一撃を受け止める。


 ――刹那。


「うっ……、何だこの圧力は……」


 六匹の中で最も体が大きい、おそらくオークを混ぜ込まれているモンスターの放つ一撃は、下手すれば白虎の時よりも重い。

 俺自身があの時よりも強くなっているから耐えられるものの、盾がミシミシと悲鳴を上げているのを感じる。


「なんだ……この強さ……」


 明らかに想定よりも強く、俺は焦る。そんな俺を見て白衣の男は笑った。


「ハハハ! 無様だねぇ。ワタシが直々に調整した彼らが弱いはずがないのさ。ほれ、一体のモンスターにばかり気を配っていていいのかい?」


 次の瞬間、俺の横腹に激痛が走ると同時に俺は壁まで吹っ飛ばされた。どうやら、オークと交戦中に、真横から他のモンスターに殴られたようだ。


 モンスターは俺が《β》を使用しているのでビオラとダイには向かっておらず、そこは安心なのだが、対する俺は絶体絶命だ。

 ダイの弓による援護によって敵の体力は徐々に減りつつあるが、それでも全然ぴんぴんしている。


「フハハハハハ! いい気味だ! 気持ちがいい! さぁ、はやく奴を殺しなさい!」


 男がゲラゲラと笑っている。それを必死にこらえて、俺は眼前の脅威に集中する。六体のモンスターは一切の手加減なしに俺をミンチにしていく。


「グ……はッ……」


 盾がひしゃげてきて、体のあちこちから血が噴き出し視界がもうろうとしてきた。死にかけるたびにポーションを使って回復するが、痛みは無限に加算されていく一方。


 それでも、俺に対する攻撃が止むことはない。

 白衣の男がゲラゲラ笑いながら、愉快そうにこっちを見ているのにイラつくが今はどうしようもできない。


 そしてついにポーションも底が尽きて、俺の視界に電子メッセージが届いてしまった。


《スキル『不屈』が発動しました》


 つまり、あと一撃攻撃されれば死ぬということ。いわば終焉の鐘だった。


「ついに終わりだね! さぁ、はやく死ぬがいい!」


 白衣の男は満身創痍の俺を見て、すでに勝った気になっているようだ。当然だろう。この戦場で最も注目が集まるのは、赤く目立つオーラを放ちながらモンスターにミンチにされている俺なのだから。


 しかし――これでよかった。


「……行けるか、()()()


 俺は今にも死にそうな状況なのにもかかわらず不敵な笑みを浮かべ、この戦闘中ずっと影を薄めて魔術の準備をしていた彼女に声をかける。

 場にいた全員がビオラの存在を思い出し振り返った時には、もう遅かった。


「こ、こいつらは人間だぞ! 君に殺せるのか! この呪いの獣め」


 と、叫ぶ白衣の男にビオラは目もくれないで静かにつぶやいた。


「時間設定――完了。有効範囲――確定。時空反転を発動します」


 それは、白虎β戦の後にビオラが回復魔術として使ったもの。しかしその本質は回復ではなく、()()()()()()()

 つまり、効果範囲内にあるものを一定時間前の状態に戻すのだ。


 それが何を意味するか、あの男が分からないはずがなかった。


「やめろ! やめて! やめてください……。そんな!」


 戻す期間は半年から一年。そのため、ビオラの消費する魔力は俺を回復した時とは桁違いで、ビオラのほとんどの魔力を持っていった。

 生命力を消費したビオラは、気を失って横に倒れる。


 しかし、それに見合うだけの効果は結果として現れた。


「お姉ちゃん!」


 モンスターの体から人間の体へと戻った六人の元生贄はぐったりと倒れる。その中に姉を見つけたのか、うれしさと安堵でダイが涙を浮かべていた。


 そんな俺たちに、白衣の男は焦りながらも不敵に笑った。


「いや、別にいい! 今や盾の男も黒き獣も戦闘不能。この弓のガキさえ殺せば、黒き獣だけでも奪うことは余裕だ! 警備ロボットよ作動しろ!」


 白衣の男はそう叫ぶが、警備ロボットは()()()現れない。少し錯乱しながら、男はダイに近づく。

 しかし、ダイは落ち着いて弓を構える。


「何だと、ただのガキがワタシにたてつこうなど許されない!」


 そう言って殴りかかろうとする男を、ダイが射貫こうとした――その瞬間。俺の剣が男の心臓を突き刺した。


「死んで償え、クズが」


 どこまでも冷酷な声で、俺は言い放った。モンスターに替えられた生贄のことを考えると、どうしても言いたかったのだ。

 そして、こんな汚れ役を年端もいかぬ子供にやらせたくなかった。


 だから、俺は人生で初めて人間を殺した。


「お兄ちゃん……」


 少しおびえるダイの頭を優しくなでる。


「よくあの時弓を構えられたな。それができれば君は強くなれるさ」


「……ありがとう、お兄ちゃん」


 ダイはそう言って姉のほうに駆け寄っていく。

 俺はダイと別れて、ビオラのほうに向かった。


「お疲れだったな。ビオラ」


 優しく彼女を撫でながら、ビオラに話しかける。彼女は意識が少しあったのか、眼をつむりながら答えてくれた。


「ライトさんこそ……きつい役を押し付けてしまって申し訳ありません」


「俺が好きでやっていることさ。心配することはないよ。あ、勘違いしないでほしいんだが別にマゾではないからな?」


「フフッ、分かっていますよ」


 それだけ言い残して、彼女は気を失った。


 俺も疲れがたまっていたのか、ビオラと添い寝するように深い眠りに落ちた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ