女神クエスト 上
「ライトさん、これはいったい……」
洞窟の壁に隠されていたスイッチを見て、ビオラが俺に尋ねてきた。隣を見ると、ダイも不思議そうな表情を浮かべている。
俺は一度咳払いをしてから口を開いた。
「おそらくこれは隠し扉だ。この奥に、邪龍の使者――いや邪龍の作成者がいる」
俺の言葉を聞いて、ダイは理解できていない様子だったがビオラは察していたようだった。
「あの邪龍が龍のわりに弱かったから、あれがそもそも天然の龍でないと思ったのですね」
「それもあるが、やつの体にはつぎはぎがたくさんあった。ダイやビオラたちに狙ってもらった弱点のような場所はそこだったんだ」
もちろん確証はない。ただ、様々な状況証拠と、女神クエストの受注から裏がある話だとは思っていた。
「おそらく、この先にある何かをつぶさないとこの村はまた苦しむことになると思う。だからこそ、俺は行きたいんだ」
俺がそういうと、ビオラは静かに首を縦に振った。そしてダイも先に進む決意を示した。
「僕も、この村のために戦いたい! それが……せめてもの手向けだと思って」
ダイはまだ小さいのに責任感が強いな。それが少し危なっかしい時もあるが、俺はいいことだと思う。
「じゃあ、押すぞ」
俺は一度深呼吸してから、そのスイッチを押した。瞬間、もともと邪龍がいた場所の奥の壁が突然二つに割れて、先に続く道ができる。
俺はそれを確認すると、ゆっくりと中に入っていった。廊下は今までの村や祠と違って急に機械的というか近未来的な雰囲気を醸し出している。
「明らかに今までと雰囲気が違います。お二人とも、注意してください」
「あぁ、そうだな」
物珍しそうにあたりを見渡すダイの手を引きながら、俺たちは先に進んでいった。そしてその先で見た光景、それは――。
「なんだ……これ……」
そこに広がるのは、巨大な居住スペースだった。広さとしては、さっきまで邪龍と戦っていた場所の半分ほどだろうか。ただ、居住スペースだといっても建物は近未来的ではなく不釣り合いなテントばかり。
はっきり言って、あまりいい生活状況ではなさそうだ。悪い例え方をするなら――。
「まるで、奴隷のようです。皆さん一生懸命仕事をしていますが、やせ細っていて目に生気が宿っていません」
俺の心を代弁するかのように、ビオラがそう口にした。
何がともあれ、こんな場所で見つかってしまったら終わりだ。どうやらこの場所には見張り用の監視ロボットもうろついているので、見つからないように大きめの物陰に隠れる。
「さて、とりあえず状況を整理したいところだが……」
安全な場所が存在しているようには見えないし、いつ見つかってもおかしくない。いったいどうすればいいか、と思ったその瞬間だった。
「おじさんたち、こっちに来て」
いつの間にか背後に回られていたのか、背中側から声がして俺は思わず後ろを振り返った。そこにいたのは、十五歳ほどの少女だった。
ついに見つかり捕まえられる、と思ったが彼女はついてきてと言って広場のわき道に消えていった。
「ライトさん、どうしますか?」
ビオラが判断を仰いできた。もしかしたらこの後捕まえられるかもしれないが、彼女はそんな人間ではないと思い俺は決断した。
「行こう」
謎の少女の後を追って広場のわき道に行くと、そこにいた少女はあろうことか壁の中に入っていった。
一瞬躊躇したが、行くしかないだろう。覚悟を決めた俺は壁の中に入る――と、そこには秘密基地とも呼ぶべき小さな空間が広がっていた。
その奥にいる少女は、自分用の椅子らしきものに座ると、笑顔を浮かべた。
「やっとあの邪龍を超えられる人が来て、私はうれしいよ。待ち続けた甲斐があった」
「あの……この状況が分からないんだが、説明してくれないか?」
「あぁ、そうだね。まず私の名前はレイ。機械や仕掛け、武器なんかを作るしがない技術者さ」
15歳ほどのはずなのに妙な貫禄のある姿に既視感を覚えながら、俺たちも自己紹介をする。それが終えると、彼女はついに現在の状況を話し始めた。
「おおよそ、おじさんたちは邪龍討伐を頼まれた勇者様ってところだね。そして偶然にもこの奥にある場所に気付いてしまった。いや、気づいてくれて本当によかった。もし気づいてくれなかったら、再び邪龍が作られて復活と称されるだけだからね」
邪龍が作られる、とレイは言った。つまり俺の仮説は当たっていたようだ。
「邪龍はあくまで目的遂行のための手段でしかない。この施設を作り管理するものの狙いそれは――」
レイはそこまで言うと、奥の棚から何枚かの写真を持ってきた。
そこに映っていたものは――。
「お姉ちゃん!」
一番大きく反応したのはダイだった。なるほどこの写真の中に映っている一人、いや一匹は彼の姉だったのか。
これはつまり、生贄の使い道というわけか。
「人間のモンスター化、それがここで研究されている内容で間違いないか? レイ」
「そうだよ。この施設は生贄として集められた人間を実験台にして、人間の知能を持ち支配できる狂乱タイプのモンスターを製造することこそが目的だ」
ダイはそれを聞いて自分を抑えられなくなっているのか、ひたすら泣き喚いてしまった。ただ、無理もない。姉がこんな姿にされているのだから。
ビオラはそんなダイを優しく包み込んで落ち着かせてくれた。
さて、ここまで聞いてきたこの話には一つの不可解な点がある。それは、レイたちを実験台として使わないのかという話だ。
「なぁレイ、お前たちここの住人はいったい何者なんだ?」
生贄としてきた人よりは人権が与えられているが、奴隷のように働かせられているのは想像にたやすい。顔がそれを物語っていた。
「……私たちは」
レイはここで一呼吸置くと、静かに言い放った。
「北の村の住民だ」
「なっ……」
北の村。確か、一部のバカが特攻したせいで邪龍に滅ぼされた村の名前だ。それがなぜ生きていてこんな場所にいるんだ?
という俺の疑問はすぐに解消された。
「この施設の運営者は狡猾だった。邪龍の復活を疑う者が現れると考えていたんだ。だから、北の村の村長と取引をした。邪龍に襲われたことにしてこの祠に来れば、村の物の命は全員保証すると」
……なるほどな。初めから特攻したバカなどいなかったのだ。人の死体一つなく燃え上がったのは、そもそも人の死体などなかったから。
確かに北の村が襲われたことで、他の村は邪龍の復活を信じて生贄を出すだろう。現に出している。
「ただ、命は保証されていても待遇は保証されていなかった。そういうわけか」
「……そう。外に逃げ出そうとしたものは、邪龍に全員殺された。結果的に皆従順に仕事をこなすようになったよ。終わりの見えないこの洞窟の中で」
なるほど。謎が解けた。エーリルはここまで解決してほしくて俺にクエストを依頼したのだろう。なぜあんな女神クエストという形だったのかはわからないが、状況は理解した。
「あとはレイ、君がどうして他の村人と同じように仕事をしないでいられるのかだ」
「それは簡単なことだよ。私は左腕を切り捨てて義手に変えたからね」
そう言うと、レイは服の袖をまくって鋼鉄の手を見せた。
「ここにいる人間は全員ICチップが埋め込まれていて、それで管理されているんだ。だから私は、それを切り離した。恐らく連中には死んだ扱いになっていると思うよ。邪龍の近くに置いてきたからね」
それで、俺たちみたいな邪龍を超えてやってくる者を待ち続けて用意してきたわけか。この秘密基地のように。
「よし。今の状況は大体のみこめた。ここからは俺たちのターンだ。要するに、親玉を倒してこの施設のモンスターと化した生贄の人とこの村の住人を全員救えばいいんだろ」
「そうだね。もっとも、言うは易く行うは難し……だけどね」
わかっている。いったいどんな展開が待ち受けているか想像もできないが、それでもやるしかないだろう。
「レイ、今までよく一人で頑張ってきたな。ここからは任せてくれ」
涙を浮かべるレイに、俺は優しくそう言った。