災いの邪龍を討伐せよ
ギギィ、と重たい扉を開けたその先にある景色。それは、巨大な広々とした空間と一匹の黒色の龍だった。
邪龍は俺たちを見ると眠っていた体を起こして、威圧感を放ちながら見下ろしてくる。
「……さて、まずは戦力分析だな」
××
レベル ××
種族 ××
まさかの結果に、俺は思わず目を疑った。何せ、レベルはおろか種族すら出てこないのだ。ビオラを始めて見た時ですら、種族は分かったというのに。
「まぁやるしかないか」
理由は分からないが情報が出てこない以上やるしかない。俺は覚悟を決めて、邪龍に向かって走り出した。
「俺が邪龍の注意を引き付けるから、ビオラとダイは距離をとってダメージを与えてくれ!」
「わかった!」
「了解しました」
二人から返事が返ってくるのを確認して、俺は邪龍に近づき剣をふるった。瞬間、邪龍が大きく悲鳴を上げて悶えた。
白虎βの時と比べて格段に剣の性能が上がっていることが理由だろうか。前とは違って確かなダメージを与えられるようになってきた。
さらに、俺に合わせてダイが弓矢を放ちビオラが鋭雷槍を撃つ。それぞれの攻撃が邪龍を確実に穿ち、邪龍はさらに苦しそうな表情を浮かべた。
そんな邪龍は反撃ののろしを上げるかの如く、紫色のブレスを口に溜める。標的は――ビオラだ。当たり前だろう。さっきの3つの攻撃の中で、一つだけ桁違いの威力を放っているのだから。
ただ、そんなことを俺が許すはずがない。
《スキル『β』を発動します》
俺はコマンドを送りその電子メッセージを確認すると不敵な笑みを浮かべた。それは、今から起こる事態への武者震いかもしれない。
俺の体が真っ赤なオーラに包まれるのと同時に、邪龍のブレスの向かう方向が変わった。ヘイトの方向はビオラではなく俺に移り変わったのだ。
「あとはこれを避けるだけだ!」
俺はそう思って全力で後退するが、範囲が広すぎてさすがに少しダメージを受けてしまう。しかし、新たに手に入れたスキル《鋼の意思》と新たな《白虎βの盾》によって防御力の上がった俺はその一撃を耐えきった。
「ここからは反撃の時間だ!」
邪龍の次の攻撃までのクールタイムの間に、俺は邪龍に近づく。今度は首元に一撃を与えようと思い邪龍の体を登っていくが、その途中で少し奇妙なことに気が付く。
「この龍、つぎはぎが多いな」
まるで別々の皮膚を縫合されたように、ところどころに手術の跡みたいなものがあるのだ。遠目からは決して気がつけず、黒い皮膚も相まって実際に上ってみないとわからなかったが、それは確かに存在する。
これは龍ならば普通のことなのだろうか? それとも――。
「わからないが、間違いなくここは急所なはずだ!」
そう確信して、継ぎ目の部分を思いっきり抉る。瞬間、溢れんばかりの血が噴き出しじたばたと邪龍が暴れだした。
間違いない。つぎはぎの縫い目みたいな部分が、この邪龍の弱点だ。実際、この世界にもモンスターごとに弱点と呼ばれるものがあるらしいから、これもそのたぐいかもしれない。
「ビオラ、ダイ! 俺が今立っているところに、特大の物を一発頼む!」
俺の叫び声に、ふたりは頷いた。
「つらぬけ、火炎弓!」
ダイの狙いすました弓が、血の噴き出てくる場所に正確にヒットする。邪龍が気を狂わせるほどに暴れる中、ビオラは静かにつぶやいた。
「魔力充填――超過。被害想定――完了。龍星群、投下します」
瞬間、洞窟一面に光り輝く星々が龍の形をして一斉に邪龍に降り注いだ。しかも、正確に指定した縫い目の部分へ。
邪龍はその一撃によって、断末魔を上げる間もなく地に伏した。
「いくらなんでも、全力投球しすぎだろ……」
「……ライトさんが特大のと言ったので、頑張ってみました」
そう言われたら何も言えないじゃないか。龍星群の威力はすさまじく、邪龍は地に伏したまま起き上がることはなかった。
「勝ったん……だよな?」
「そうみたいです。ただ、龍にしては弱すぎる気がしますが……」
「もとより推奨レベル25だからなぁ」
白虎βのときのような死闘でもなくあっさり勝ってしまったことに、少し拍子抜けな気持ちになった。しかし、ダイはどこか成し遂げたような顔をしているし勝利を告げる電子メッセージも届いている。
《ノーマルクエスト 災いの邪龍を討伐せよ》 推奨レベル25
村を苦しめる悪しき龍を討伐し、村の平和を取り戻してください。
発生条件:村長シェパードと話す〔完了〕
達成条件:邪龍を討伐する〔完了〕
クエスト達成により、成功報酬である経験値とアイテム《龍殺しの指輪》を入手しました。
こう出ているのだから、邪龍の討伐自体は完了したはずだ。本来ならこれでもう終わりであり、村に帰ってたくさんの感謝を受ける。そんなエンドを迎えるのだろう。
ただ、俺はそこで終わらなかった。
「お兄ちゃん、ありがとう。これで天国のお姉ちゃんもきっと喜んでると思う!」
少し泣きながら、ダイが俺のもとによってくる。俺はそれに対して、少し笑顔を浮かべながら答えた。
「あぁ。倒せてよかったな。でも――」
もう一つのクエストはいまだ達成されていない。それはもちろん、女神クエスト「災いの邪龍を討伐せよα」だ。発生条件も達成条件も不明な、よくわからないあのクエストはいまだ残ったままなのだ。
ここで終わらせて帰るほうが良いのかもしれないが、あの愛の女神エーリルが直々にこんなものを用意したのだ。きっと様々な制約の中で意図をくみ取ってほしいに違いない。
「みんな、少しこの洞窟内に変なところがないか調べてくれないか?」
俺がそういうと、二人はわかったと言って辺りを調べ始めてくれた。俺の予想が正しければ――。
「おそらく、この中のどこかに隠し扉がある」
なぜならば今日は生贄を捧げないといけない当日なのに、邪龍の使者が誰もいないからだ。邪龍が討伐されたのに現れないなんて、いくら何でも使者としておかしい。
これですべてが終わったとは、とてもではないが思えない。
ならばきっとあるはずだ。このクエストの真相につながる扉が。
俺がそう考えていたその時、ダイが何かを見つけたらしく大声を上げた。
「お兄ちゃん! 壁をポンポン叩いていたら、一か所綺麗にはがれたよ!」
そう言っていた場所に向かうと、そこにはお目当てのものがあった。明らかに壁に偽装して備え付けられていたのは小さなスイッチ。
「ダイ、よく聞いてくれ。あの邪龍を倒しただけでは、この村に平和は訪れないかもしれない」
俺は静かにそう告げた。