邪龍を倒せる剣を求めて
「ようやく目が覚めましたか?」
どこか聞き覚えがある言葉が脳内に響くのと同時に、俺は目を覚ました。いや、正確に言うと再び「イルミス・アルテリア」にログインした。
どうやらこのゲームの内部時間の流れの速さと、外の世界の時間の流れは同じではないようで、半日以上このゲームにログインしていないはずなのに、内部では夜が明けただけのようだ。
「おはよう、ビオラ」
俺と契約しているからといっても、俺がログアウトしている間も普通にビオラは生活している。ここも召喚士と契約者の違いだな。
相変わらずの不遇っぷりだ。
「おはようございます、ライトさん」
そう答えてくれたビオラのほうを向くと――たくさんの子供と遊ばれている? 光景が目に入った。
「なぜか村の子供たちが私に近づいてきて、ぶら下がったりしているのです……」
口ではそういうものの、ビオラ自身は嫌だと思うどころか若干嬉しそうな表情をしている。昨日のダイの件もあり、彼女は子供が好きなのだろうな。
「俺は村長さんのところに行って情報収集をしてくるから、遊び終わったら来てくれ」
「はい、わかりました」
せっかく楽しそうにしているのを止めたくなかったので、俺は一人で村長さんのもとに向かった。村はそれほど広くないので、目的地まではすぐにたどり着ける。
まったく、アリの巣のように入り組んだ現代の東京もこの簡素さを見習ってほしいものだ。
などと思いながら歩みを進め、俺は村長さんの扉を叩く。するとすぐ村長さんが出てきてくれた。
「これはライト殿。どうされたのですか?」
俺は案内されて中に入ると、しばらく雑談を続けた。その雑談で分かったこととしては、ここは王国領土の北の最果てにあり、王城とここを隔てるように強力なモンスターの出る森があるということ。逆に、その森を抜けるとモンスターのレベルは20ほどにガクッと減ること。
そして村を包む透明な膜――バリアは敵意を持ったモンスターを通さないということだ。
この敵意を持ったという点が重要で、この世界のモンスターは普通の動物のように生活する温厚タイプのモンスターと、目に入ったものすべてを敵視する狂乱タイプのモンスターがいる。
ビオラがこの村に普通に入れたのは、彼女が前者だからだろうな。
「では、そろそろ本題を話させてください」
俺がここに来た目的は情報収集のためでもあるが、最大の理由はそれではない。それは、武器を確保することだった。
地下牢で衛兵と闘った時に盾を破壊されて、剣も深くダメージを負った。これではいくら推奨レベル25のクエストといえど太刀打ちできない。そもそも俺のレベルはまだ17。推奨されているよりも下のレベルで戦わないといけないのだ。
「この村に武器職人はいますか? 邪龍と戦う上で武器が必要なのです」
俺がそう聞くと、村長さんは少し申し訳なさそうに答えた。
「いえ、残念ながらこの村に鍛冶職人はおりません。ここは基本的に農業が中心の村ですので」
「そうですか……」
「しかし、ご安心ください。昨日見せた4つの村のうちの一つ。南の村は鉄鋼業が盛んな村で、その中に腕利きの武器職人がいます」
なるほど。四つの村がそれぞれ得意分野に力を入れて盛んに交易していたわけか。と、俺が納得すると村長さんは話を続けた。
「名前は誰も知りませんが、私たちは尊敬の念を込めて「親方」と呼んでいます」
「親方さんですね。わかりました。教えていただきありがとうございます」
「いえいえ。私たちの村を救ってくださる勇者様に、逆にこれしかお礼ができないことが情けないくらいです」
俺は気にしないで下さいと言って家を出た。外には遊び疲れたビオラがすでに待っており、俺はこの後親方のもとに行くことを伝えると彼女も快諾してくれた。
「ダイを守りながら勝てるくらいに、強くならないとな」
「そうですね。それでは親方さんのもとに向かいましょうか」
「あぁ!」
親方というくらいなのだから、筋骨隆々な人なのだろうな。ビビらないで接せられるように頑張ろう。
俺はビシッと気合を入れて村を出た。
●●●
「……本当に、あなたが親方さんですか?」
南の村にたどり着くとすぐに、俺たちは親方さんの居場所を尋ねてそこに向かった。しかし、そこにいたのは筋骨隆々な男などではなく――
「うむ! いかにも、吾輩こそが親方であるぞ! 武器をご所望かい?」
しゃべり方も一人称も、これまで出会ったすべての人間よりもキャラが濃い。年は15歳ほどの女の子だった。
あまりにも親方というイメージからかけ離れていたので唖然としていたが、いつまでもこのままでいるわけにもいかない。
俺は気を取り直して会話を進めた。
「俺は二日後に邪龍を討伐しに行くんだが、そのための武器が欲しいんだ」
俺がそういうと親方は一瞬苦い顔を見せたが、すぐに調子を取り戻した。その一瞬の間に、この村においても生贄が問題視されていることを実感する。
「……そういうわけならば、お代はいらないのだ。ささ、早く作ってほしい武器を言って!」
「いや、さすがにそういうわけにもいかないよ。邪龍を討伐したら、その討伐した報酬を持ってここに来るから、その時は受け取ってくれ」
「だめなのだ! いいから黙って言うことを聞くのだ!」
商売なんだからなんとかお金を受け取ってほしいが、そこまで言うならありがたく従おう。
「俺は剣と盾が欲しいんだが、お願いできるか?」
「わかったのだ! ただその為にとってきてほしい素材がある」
親方がそう言った瞬間、目の前に電子メッセージが現れた。
《ミニクエスト 武器の素材を集めろ》 推奨レベル15~60
任意のモンスターを一体倒し、ドロップした素材を渡してください。倒したモンスターの強さで武器の性能が変化します。
雰囲気的には軽いおつかい感覚だろうか。この世界の住人との会話の成り行きで発生する事柄は、ミニクエストとして受理されるみたいだ。報酬がないのが残念だが、当然と言えば当然ではある。
「それじゃあ行ってくるよ」
「うむ! 気をつけて言ってくるのだぞ~! あと、盾がないようだから一つ貸し出してあげるのだ」
「ありがとうな」
親方に見送られながら、俺はビオラと共にフィールドに出た。もちろん高レベル体がうじゃうじゃ出るあの森ではなく、適正レベル25程度の草原だ。
少し背伸びしているが、今まで程理不尽な場所ではない。
「思い返せば、初めて普通のVRMMOっぽいことをするな」
今まで牢屋に入れられたり、指名手配されたり、格上のモンスターに追い掛け回されたりと、明らかに普通じゃないスタートだった。ただ、ここにきてようやく普通の戦いができるわけだ。
初めはやはり、スライムやゴブリンと戦って戦闘訓練をするのが鉄板だろうか? それとも少し背伸びしてオークなんて行くか?
などとワクワクしながら俺は草原のフィールドを歩く。しかし、十分ほど経っても何も現れることはなかった。
「ビオラ、モンスターってこんなに出てこないものなのか? 森ではしょっちゅう出会っていたが」
「確かに少し変ですね。ですが理由がわかりません……」
訝しみながら歩くこと更に十分。俺はついにその理由に気が付いたが、もう手遅れだった。俺の目の前に広がる光景、それは赤いオーラを放ったモンスターが同種のモンスターを屠っている姿。
「おいおいおい、まだ俺に普通の戦闘をさせてくれないのかよ……」
白虎(β個体)
レベル 35
種族 猛獣種
β個体。確か稀に現れる突然変異したモンスターの呼称であり、他の同種のモンスターよりも強く獰猛である、だったか。
おおかた、ここら一帯のモンスターを食い尽くしたのだろう。
「ライトさん、このモンスターは危険です。撤退を推奨します」
ビオラは全力でそう訴えてくるが、もうすでに向こうは俺たちに狙いをロックオンしているようだ。
「グルアァァァァァァア!」
やるしかない。
覚悟を決めて、俺は剣を構えた。