愛と希望に満ちた電脳世界へ
よろしくお願いします。しばらく毎日投稿予定です。
「あ、ようやく目が覚めましたか?」
まるで女神様のような優しい声が脳内に響き渡るのと同時に、俺は目を覚ました。そこは何もない真っ白な空間であったが、その空間の中にいた一人の綺麗な女性がまじまじと俺を見つめている。
俺は少し視線をそらしながら女性に尋ねた。
「……あの、どちら様ですか?」
「名前を聞きたいなら、自分から名乗るのが礼儀というものですよ?」
そんな手厳しい返しを食らうと同時に、俺の目の前に電子メッセージが現れた。
《プレイヤー名を入力してください》
俺はそこに『ライト』と打ち込む。これは俺の本名である斎藤 光からとっている、よく使うインターネットネームだ。
しかし、最近のAIは凄いなとつくづく思う。西暦も2050年を迎えて、二十一世紀も折り返しを迎えた現在。世界のほとんどをAIが管理するようになって久しいが、こんなに自然にプレイヤー入力を促されると改めてそのすごさを感じる。
「初めましてライトさん。私の名前はエーリル。この世界を管轄する八女神のうちの一柱です。ちなみに、愛の女神という役職ですよ」
いや、本当に女神だったのかよ。まぁこの見た目だったら女神と言われても納得だ。ピンク色の長髪に白くきれいな羽をもったエーリルは、会話が途切れたことを察すると次の質問に移った。
「さて、いまからライトさんにはこの世界における初期職業を決めていただきます」
その言葉とともに目の前にまた電子メッセージが現れる。そこには、ずらずらと職業の名前が書いてある。その数は初期職業なのに百を超えている。剣士や闘士、聖職者など職業によってやれることが大きく変わってくるので重要な項目だ。
俺が今から始めようとしているこのゲーム『イルミス・アルテリア』は、あなただけの未来をその手にという触れ込みでやっている新作VRMMO(初版は半年前に発売されたので、準新作ではあるが)であり、そのため職業の種類は進化の数を合わせると無数にあるという。
そんなたくさんある職業の中、俺はあらかじめ決めていた一つの職業を口にする。
「契約者でお願いします」
「……契約者ですか? ずいぶんと珍しいですね」
契約者、というのはイルミス・アルテリア特有の職業だ。大まかなくくりとしては、モンスターを使役する調教師や召喚士と似ている。
そんな契約者の大きな特徴は、召喚獣と対等という点だ。
契約者は自分で召喚したモンスター、または街やフィールド内にいるモンスターを互いに合意し契約すれば仲間にすることができる。
しかし、契約者は対等であるがゆえに命令を下すことは一切できないうえに、召喚士や調教師とは違って冒険の途中で一方的に契約を破棄され仲間で無くなってしまうこともある。
さらに対等であるがために、他の職業と違ってモンスターがパーティ―換算されてしまうなどとデメリットが盛りだくさんなのだ。
そんな契約者であったが、唯一のメリットが存在する。
「俺は、モンスターの友達が欲しくてこのゲームを買ったんです。だから、契約者でお願いします」
たった一つのメリット。それは、モンスターと絆を深めやすいということ。しかし絆があろうとなかろうとモンスターの強さは変わらないので、大半の人はわざわざ契約者を選ばないのだ。
それこそ、強さが第一目標じゃない俺のようなタイプでない限りは。
「ふふっ、ライトさんは見かけによらず愛に満ち溢れた方なんですね。愛の神である私としては、大好きですよ。そういう方は」
「見かけによらずってひどくないですか……」
確かに俺の顔はあまり優しそうじゃないかもしれない。何せアラサーのおじさんだ。都会の喧騒や仕事の疲れ、人間関係の煩わしさからの逃避先としてこのゲームを買ったくらいだから、クマもしわもある陰鬱な顔でしょうよ。
そんな俺の思考を読み取ったのか、エーリルはくすっと笑って話を続ける。
「ここは仮想現実です。ここならば陰鬱な顔であるあなたも、美男美女の若者に大変身できちゃいます。それでは、心行くまでキャラクタークリエイトを行ってください!」
相変わらず誘導がうまいなと心の中で突っ込みながらも、俺は唐突に現れたキャラクタークリエイト画面をいじる。
とはいっても別に大きくいじることはしない。いじりすぎると没入感が下がってしまうからな。
結局クマやシミ、ほうれい線などを消して体感五歳くらい若返らせる程度にとどめた。髪の色も変えようか悩んだが、ここまでの人生で一度も変えたことのない人間としては、仮想現実であっても黒色で突き通したい意地があった。
「終わったんですか? ずいぶん早いですね。皆さん大体ここで一時間くらいは使うのに。まだ五分しかたっていませんよ?」
「大丈夫ですよ。それで、あと俺は何をすればいいんですか?」
流石にそろそろ始めたくなってきた俺は、単刀直入にエーリルへ尋ねる。イーリルもわかってくれたのか軽くうなずいた。
「次で最後の設定項目です。それはスキルを取得すること。スキルポイント100を取得したいスキルに振り分けてください」
このイルミス・アルテリアというゲームにおいて、スキルは極めて重要な役割をもつ。なぜなら、このゲームにはステータスの割り振りが存在しないからだ。いや、もちろんレベルの概念自体は存在するが、ステータスはマスクデータになっていて割り振ることができない。筋力を鍛えたいならば、レベルアップだけでなく筋トレをする必要があるらしい。
なぜかそこだけ、リアルな成長の追体験を重視したようだ。
つまり、このスキルこそが自分にとってのアイデンティティとなり強さの源ともなるのだ。
《以下のスキルから、100ポイント分選択してください》
そんな電子メッセージとともに、膨大な数のスキルが表示される。あとからの取得がしやすいものは10ポイント。そこから取得難易度によって20,30と10刻みに増えていく。
ここで重要なのは、強さでなく取得難易度でポイントが振り分けられている点だ。つまりガチ勢と呼ばれる類の人間などは、低ポイントでハイリターンなコスパの良いスキルを選択していくらしい。ちなみに《剣術》であったり《鑑定》などが現環境トップのようだ。
このゲームは半年前に発売されたものなので、すでにその情報がネットにあふれておりだれでもお手軽に効率プレイが可能だ。
しかし、俺はそんなものには目もくれずひたすらスクロールを繰り返す。そして、お目当てのスキルへとたどり着いた。
その名はスキル《友愛》。スキルポイントは100で、内容は仲間となったモンスターとの絆が上げやすいというものだ。
どうやら攻略組によると、マスクデータかつ使い道もない特にない『絆』を上げることに意味はないらしく、さらにこれを選ぶということは他のスキルを何一つとして取れないということであり、最悪序盤で詰む可能性があるらしく、絶対にとるなとまで書かれていたが見ないふりをしよう。
「というわけで、これで設定は終わりですか?」
俺がそう尋ねると、エーリルは凄くびっくりしたような顔で覗き込んできた。
「戦闘向きじゃない契約者なのに、戦闘スキルではない《友愛》を即決なんて初めて見ました。よっぽどモンスターと友達になりたいのですね。私としてはうれしい限りなのですが。この世界には犬や猫などの愛玩動物はいませんよ? 基本的には剣と魔法のファンタジーに基づいてますから」
どうやら犬や猫など典型的なかわいい動物が出てこないため、《友愛》はおろか契約者になる人もほとんどいないそうだ。
でも、俺にとってはむしろ好都合だった。
「ちょっと恥ずかしいことを言いますと、俺は非現実を渇望してこのゲームを起動したんです。だから、犬とか猫じゃなくてもっとこの世界の見たこともないような種類の生き物と仲良くなりたいんです」
「強くなりたいとは思わないのですか? 私は今まで様々な人間をこの空間で見てきましたが、皆一様に強くなることを目標に掲げているようでした。しかし、ライトさんにはそれがあまり感じられません」
「別に、弱くなりたいわけじゃないですよ? そりゃあゲームなんて強くなって敵を倒してなんぼですからね。ボス戦やらギルド戦やらイベント戦やら、戦う催しが多いのがゲームの基本ですから。でも俺は、第一にモンスターと仲良くなりたいんです」
俺がそう言い切ると、愛の女神であるエーリルはしばらく考えたそぶりを見せてから真剣なまなざしを見せた。
「愛の女神として、愛に溢れたあなたにお願いがあります。どうしても、救ってあげてほしいモンスターがいるのです。その子に愛を教えてあげてもらえないでしょうか?」