今度は全部私から
私はなぜこの世界に生まれてきたのだろうか。なぜ地球ではいけなかったのか。
なぜ、あの人と過ごした地球に生まれさせてくれなかったのだろう。生まれ変わっても共にあろうと、彼と約束したというのに。
私は物心ついた時から、自分に前世の記憶があることを知っていた。それは地球という惑星の、日本という国での26年という比較的短い年数の記憶だ。
そして私には大切な人がいた。それは幼馴染で3つ下の拓人だ。家が隣り合っていた小学生の頃はよく遊んでいたが、彼が小学校に上がる頃に拓人一家が引っ越した。
それから連絡は途絶えていたが、彼が高校3年生で私が大学3年生の時に再会した。オープンキャンパスに来た彼と再会してからというもの、再び連絡を取り合うようになった。私のいる大学を受験するという彼の勉強を見るようになり、また昔のように共に過ごすようになった。
そして、私のいる大学へと合格し進学してきた彼と、しばらくしてから交際を始めた。
そして私は大学を卒業して就職し、数年後に彼も別の会社で働き始めたころ。私たちは婚約した。もう少し働いてからでもいいのではないかと言う私を説き伏せ、彼の希望により成った婚約だった。少し強引に感じながらも、婚約できて心から嬉しかった。
旅先から帰る飛行機が墜落するまでは。
私たちは海外旅行に行ったその帰りに、飛行機事故に遭った。墜落していくその瞬間まで、2人手を取り合い、死を覚悟した。そして約束したのだ。生まれ変わったら、今度こそ共にあろう、結婚しよう、と。
それなのに、私は地球ではない世界に生まれてしまった。魔法はあるが、インターネットもない。私と同じように生まれ変わっているかも分からない彼を探そうにも、不特定多数に情報発信する手段を見つけることが難しい。
彼が生まれ変わっているかはわからないが、事実、私がこうして記憶を持ったまま生まれ変わっているのだ。ならば、彼のことだから、きっと彼も生まれ変わっているはず。そう信じて探し続けるしかなかった。
幸いにも、私は一般よりも魔力量に長けていた。彼を探すためには、地位と金はいくらあっても困らないだろうという理由で、私は魔法師団に入団し、国でも有数の魔法使いとなった。
私は孤児院で育った。そのため、干渉される親や友人もなく、魔法師団の中でも最も危険の多い魔法軍を希望した。魔法軍が最も様々な地域に赴くからである。そして、国中に私の名が広まり、私に探し人がいるという噂が広まれば、彼から近づいてきてくれるかもしれない。そう信じて。
そうして私は19歳という若さで、魔法軍第4部隊を率いる隊長となった。
全ては、彼を見つけ出すために。
私は現在、任務でハーファ辺境伯領に来ている。今回の任務は、辺境伯領で確認された毒沼の調査である。有事の際には、私が全てを凍てつかせるために、国で2番の氷魔法の使い手である私が指名された。ちなみに国1番は私の師匠だ。
「此度はご足労いただきありがとうございます。」
ハーファ辺境伯が私に頭を下げる。彼は辺境の武人らしく、大柄で鍛え上げられた身体をしており、強面なところも彼の威厳を後押ししている。
「ハーファ辺境伯殿、私に頭など下げないでください。あなたは辺境伯で、私は未だ何の爵位も持ちませんし」
そうなのだ。いくら戦果をあげようと、成果をあげようと、若さと出自を理由に私は平民のまま。現在の隊長職だって、師匠の力添えが無ければ就けなかったはずだ。彼を見つけるためにも、私は国中に名を轟かせなければならないというのに。
「しかし、今回の毒沼に関しては辺境領の武人たちや魔法師たちとは相性が悪く、アビゲイル殿に来ていただけなければろくに調査に行けないところでしたのでな」
そう言って辺境伯が豪快に笑う。中央の頭の固いジジイどもには腹が立つが、こうした人たちがいると、彼を探すためとはいえ、この仕事をしていてよかったと感じる瞬間でもある。
「ありがとうございます。こちらといたしましても、全力で協力させていただきます」
「では、明日にでもうちの調査団の面々を紹介させていただきます。今晩は、調査出発前の激励会を広間にて催しますので、ぜひともご参加ください」
私はいま辺境伯のご厚意に甘えて、ごちそうになっている。辺境伯領では、好きな料理を好きなように取って食べるビュッフェ形式が慣例のようだ。実用的でとても良い。形式にこだわった貴族の食事は、マナーや順を気にしながらつまらない話を聞かなければならないので、私は大変嫌いなのだ。
料理も美味しいし、つまらない話に耳を傾ける必要もない。これほど良いことはない。ついつい、普段よりも手が進む。そんな私と同じテーブルにいる3人が、好き勝手に私のことを話している。
それは、今回の任務にはうちの隊から連れてきている3人だ。
「だから!1番乙女なのは隊長だって言ってんだろ!」
そう大声で言いながら、ジョッキをテーブルに叩きつけるように置くのは、魔法師団でもめずらしい肉体強化特化の大男、ジャン・ジャックである。
「いえいえ、何を言いますか。確かに、会ったこともない男を待ち続けているのは一途です。しかし、かといってそれがつまり乙女だという事にはなりませんよ」
そう答えるのは、希少な分析魔法を得意とするルイス・マーレン。今回の毒の分析を主に担当するのは彼である。
「まぁまぁ2人とも!落ち着いてくださいよ〜!」
2人の横で困ったようにおろおろとしている女の子は、マチルダ。こう見えても、彼女がこの中で最も威力の高い魔法を放つことができる。細かな作業に向いておらず、大技しか使えないが。
調査の際に揃うことが多い面子であるが、彼らはアルコールが入ると毎回のように同じやり取りをしている。
そんな彼らをなぜ私が止めないかというと、彼らの話を聞いた誰かから、私に探し人がいることを広めてくれるかもしれないからだ。
「だから!お前は分かんねぇのかよ⁈ずっと1人の男を、会えるかも分からない奴のことを、ずっと待ってるんだぞ!」
「そうですね、そのために隊長にもなられたんですしね」
「そうだぞ!乙女以外のなんだってんだ!」
「でも、一途さと乙女がイコールなのですか?」
「2人とも〜!」
3人の会話を聞きながら、私も酒を傾ける。彼と共に酒をのむのも好きだった。酒に弱い私はあまり量は飲めないが、アルコールを口実にいつもよりくっつくことができるから。
でも、今世の私は酒に強い。もう、酔ったフリして彼の方にもたれかかるなど、できないかもしれないな。懐かしく思いながらも、寂しくなる。
思い出してしまうと、やはりまだダメだ。
「私は先に部屋に戻るよ、みんなもほどほどにしなよ。明日は森に入るんだから」
そう言って私が部屋に帰ったあと、彼らの元に1人の男が話しかけたことを私は知らなかった。
「面白そうな話をしているね。俺も混ぜてもらえないかな」
「お!いいぜ!オメェもうちのアビゲイル隊長の話を聞きてえのかよ!」
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森に入る前に、辺境伯が用意した調査団と顔合わせをするために、辺境伯邸の裏庭に集まる。
「あ、隊長!おはようございます!」
私を見つけたジャンが挨拶をする。
「おはよう」
「隊長。大丈夫ですよ、きっと見つかりますよ〜」
マチルダが私の目を見て、声をかける。昨晩、少しだけ泣いたのが分かったのかもしれない。泣いた後に冷やしたんだけどな。
「あの後、ほどほどにして切り上げましたよ。ジャンが飲み過ぎないようにも見てましたから」
私を気にかけるようにルイスが話しかける。なんだかんだいって皆とても優しいのだ。
隊長なのに、部下たちに心配をかけるなど言語道断。気をつけなくては。
「みんな、ありがとう。さぁ、調査団の方々に挨拶しよう」
「おぉ!アビゲイル殿、紹介しよう。うちからは10人派遣する。これがうちの息子で、今回の隊をまとめているセオドアだ。」
「セオドア・ハーファと申します。」
ハーファ辺境伯に紹介された若い美青年が、私をじっと見つめながら礼をする。
優しいブラウンの髪の瞳をしている。私の冷たい氷のような髪と瞳とは大違いだ。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
彼に手を差し出すと、私の手を掴んだ彼はそのまま跪き、私の手の甲に唇を落とす。
「おっ!」
「キャア!」
「ほぉ」
ピシリと固まった私の後ろから聞き慣れた3人の声がする。
慌てて手を引き抜く。
「な、何を」
「挨拶です。あなたに出会えたことへの感謝を表すために、これ以上ない方法かと思いました」
な、何なんだこのキザな野郎は!私には拓人がいるのだから、こんなことをされても困ってしまう。
今までにも自分が私の探し人だと名乗り出てきた者はいたが、少し話すとすぐに嘘だと分かる。その度にどれほど落胆してきたか。もう、私はぬか喜びをしたくない。そのため、私に好意的に近づいてくる人たちは、警戒するようにしている。
「し、出発しましょう!早く!」
森へは馬で向かうが、途中から毒沼までは歩いていく。
......馬の上にいるときも、今現在歩いている最中も、ものすごく視線を感じる。セオドア様がものすごくこちらを見ている。
彼は話しかけてくるわけでもないが、こちらをじっと見ている。視線を感じ振り返って目が合うと、彼はとても嬉しそうに笑う。
......なぜ?なぜそんなに目が合うだけで嬉しそうにするのか。今までの人のように私の金や地位目当てではなさそうだが、昨日初めて会ったばかりの人間になぜそんな視線を向けるのか。自分で言うのもなんだが、私の容姿は平々凡々であり、一目惚れされるほどではない。
まぁ毒沼まで残り少し、この視線もあと少しの辛抱だ。
「この先です!」
調査団の1人が声を張って知らせる。
「これが件の毒沼ね。なかなかの大きさだわ。ルイス、おねがい」
ルイスが前に歩みでる。ルイスの分析魔法により、毒沼の原因を絞るのだ。
「この毒はバジリスクのものです。おそらく、湖か何か液体の中にバジリスクの死体が長らく浸かっていたのでしょう」
「ならもろとも全部燃やしちゃいますか〜?」
「そうね、そうするのがいいわね。セオドア様、調査団の方々の中で結界魔法を使える方はいらっしゃいますか?」
「3人いますよ。ロイ、ユング、テオ!」
「ではお三方は我々が結界を張る際に、助力を願えますか?」
といっても、結界を張るのはルイスだけだが。私は沼の周囲に厚い氷の壁を作り上げる。その壁の中でマチルダの火力で毒沼を原因もろとも全て燃やしきる。結界は氷の壁の外、つまり念の為である。
「みなさん準備はよろしいですね?では、いきます!氷壁!」
私たちの前に分厚い氷の壁が高くそびえ立つ。
「我々はマチルダが火をつけた瞬間に結界を張りますよ!マチルダ、いつでもどうぞ!」
「いきますよ〜燃焼〜!」
マチルダが高く跳び上がると、氷の上に立ち、沼に向けて炎をつける。そしてマチルダが氷かれ降りた瞬間に結界が張られる。
あとは燃え尽きるのを待つだけだ。
「立派なものですね。さすが魔法軍の方々だ」
セオドアが感心しながら私に話しかける。
「お褒めいただきありがとうございます」
彼の腹の内が分からず、なんと返すべきか戸惑ってしまう。
そんな私の様子を見て彼が微笑んだ。
「何もそんなに警戒なさらずとも、何もいたしませんよ。任務はきちんとこなしますから」
「それは......失礼しました」
「隊長〜終わりましたよ〜」
マチルダが報告に来る。心なしか私がセオドア様と共にいるのを見てニヤニヤしている気がする。
「ご苦労様。さすがマチルダだね、とてもよく燃えていたよ。ルイスもありがとう、火の粉ひとつ飛んでこなかったし、原因を解明できたからこそ適切な対処ができたよ。ジャンもありがとう、ジャンが道中の獣や魔物をすぐさま倒してくれるから、皆怪我もなく無事だ。帰りも世話をかけるね」
3人に声をかけたあとは、共に行動していた調査団に向きなおる。
「調査団の方々もありがとうございました。」
恐縮しながらも、感謝を伝えてくれる皆に嬉しくなり、自然と口元が緩む。
「あとは帰るだけです。道中、気を引き締めて行きましょう」
皆に声をかけていた私の後を継ぐように、セオドア様が締める。
「アビゲイル様も、ありがとうございました」
セオドア様が本当に心の底から喜んだ様子で、私に感謝を述べる。その様子に自分のあさましさを恥じる。彼は本当に自領のことを心配していただけなのだろう、そんな彼に対して警戒した態度を取るなどなんと失礼なことをしたのか。
「いえ、こちらこそ。先は失礼な態度を取りまして、申し訳ありません」
「いいえ、そんなことはありませんでしたよ。さぁ、帰りましょう」
その後、私たちは特に大きな問題もなく辺境伯邸へと到着した。辺境伯邸へと戻ると、報告を聞いた辺境伯がまた晩餐会をひらいてくれるそうで、今晩も世話になることにした。
昨日とは違い、共に森へと赴いた調査団の方々などが私たちにも話しかけてくる。皆、口々に感謝を述べ、またなぜかセオドア様の良いところを話す。彼は部下にとても好かれているようだ。
そうして代わる代わる話をして、ご馳走をいただきながらシャンパンを飲んでいた。いつの間にか私の周囲にいた人たちがいなくなっていたが、その代わりに私の元にセオドア様が近づいてくる。
「そんなにシャンパンを飲んで大丈夫なの?お酒強くなかったのに」
彼は何を言っているのだ。私はこれくらいの酒では酔わない。前世の私でもあるまいし。
そこまで考えて、私はハッとしたようにセオドア様の顔を見る。
「セ、オドア様......?」
「もう酔わなくなっちゃった?そこまで酔ってなくても、酔ったからって言って、いつもは自分からくっついてくれない歩美ちゃんが肩にもたれてくれるの、あれ好きだったんだけどな」
セオドア様がそう言って、眉を下げながら笑った。
「......なぜ、そのことを」
呆然としながら問う私に、セオドア様が今度は泣きそうな顔しながら笑って言う。
「そんなの、理由は一つしかないでしょ」
「なっ、なんでっ、今まで黙ってっ......」
泣きそうなセオドア様を見て、私の涙腺は決壊してしまった。こちとらもうかなりのアルコールが入っている。酔っていないとはいえ、まあまあなアルコールを摂取しているので、いつもより涙腺が緩くともおかしくない。
「歩美ちゃんは真面目だったから、仕事は仕事、プライベートはプライベートってきっちり分けてたから。だから歩美ちゃんに、いや今はアビゲイルだね、アビゲイルに話すのは全て終わってからにしようと思ってたんだ。」
「だからってそんなっ、こっちはもうっ、何年もずっとっ、あんたのことをっ、あんただけを探してたのにっ......」
もう涙で全てがぼやけている。嗚咽混じりで私の言葉がきちんと届いているのかもわからない。
「ごめん、いっぱい待たせて。でもやっと会えたね、約束守りたいんだけど、アビゲイルは覚えてる?」
「忘れてないからっ、探してたんでしょうが!もうっ!」
ごめんね、と謝りながら彼が私を優しく抱きしめる。そんな彼の胸に縋るようにして、泣きつきながら彼の心臓の音を感じる。生きている。彼も、私も。
「拓人、ううん、セオドア様が生きてて、産まれててよかった......」
私の安心した声を聞いた彼の身体が一瞬強張ったかと思うと、今度はきつく抱きしめてきた。
「様、なんていらない。セオドアでいい。お嫁さんにはそう呼んでもらいたいから」
「私も、アビーって呼んで。今度こそ、今度こそちゃんと私の旦那だって言わせてね」
セオドアは、まだグスグス言っている私の肩に頭を寄せた。彼の肩も震えている。
「う、うわぁ〜〜ん!隊長よかっだですね〜!」
「こ、こら!ジャン離れてください!私の服をハンカチ代わりにするな!」
「だって、だって隊長ずっと、ずっと待ってた人と会えたってのに、泣かないわけないだろうがよ!」
「なんてロマンチックなの!しかもうちの息子よ!」
後ろから3人と女の人の声がして、ふと我にかえる。ここは大広間で、他にもたくさんの人がいるのだった。そんなところで魔法軍の隊長ともあろう私が号泣してしまった。
「母上、空気読んでくれませんか」
「母上⁈」
セオドアの声に驚いて、彼から離れる。
「あらあらあら、いいのよいいのよ!アビーちゃんにセオドアはあげるわ!安心して結婚なさい!セオドア、お母様もお父様も大賛成よ!」
そう辺境伯爵夫人が宣言すると、大広間では拍手と歓声があがり、口々に祝いの言葉をかけられる。
なんと、彼は昨日のうちに、皆に自分は私に惚れていると話していたそうだ。そんな彼を知っている皆は、まさか私たちが前世から繋がりがあったとは知らなかったが、奇跡を目の当たりにしたと興奮冷めやらぬ様子だった。
そんな中、辺境伯とその夫人のご厚意で、部屋に案内してもらった。やっと2人でゆっくり話すことができる。
ソファに並んで座る。まだ、本当にこれが現実なのか信じきれない。そんな様子を知ってか知らずか、セオドアが隣に座る私の手を取る。
「セオドア、本当に?本当なの?」
「うん、本当だよ。本当に、俺たちはまた出会えたんだよ」
我慢しているのに、目から涙が溢れて止まらない。
「前は全然泣かなかったから、今回こんなに泣いている姿を見てるとなんだか不思議な気分だよ。泣ける映画を観ても泣かなかったのに」
そう言うセオドアの目も潤んでいる。
「前は、社会人になって、周りへのフォローも欠かさず仕事もできる歩実ちゃんを誰かにとられてしまうのが怖くて、本当は大学生の時からずっと早く結婚したかったんだ。でも、歩美ちゃんと違って生活基盤も何も築いていないのに、結婚してくれって言うのは、違うと思って......だから大学を卒業してプロポーズをしたんだ。」
覚えている。彼は大学の卒業式のその日にプロポーズをしてきた。これが1回目である。彼が職場という新しい環境に身を置いてみて、気持ちが変わってしまうことが怖かったのだ。だから、私は一旦返事を保留した。
そんな私に彼は諦めずに何度もプロポーズをしてくれた。そして、私はそれを受け入れた。
「プロポーズを受けてもらえた時は本当に嬉しかった。なのに、飛行機があんなことになって、もうダメだってなって本当に、本当に......」
彼の目に張っていた涙の膜が決壊する。
「ありがとう、ずっと俺のことを探していてくれて」
「当たり前よ......約束果たしてもらわないといけないもん......!」
私は、セオドアを飛びつくようにして抱きしめる。
すると彼は飛びついてきた私を軽々と受け止めたにも関わらず、わざとそのまま私を抱えて後ろに倒れ込んだ。
セオドアの身体のうえに乗り上げるような形で抱きついている。その私の肩口に顔を埋めたセオドアは、きつく私を抱きしめながら泣いていた。
私はそんな彼の頭を抱きしめ、優しく撫でながら言う。
「結婚式、挙げようね。そして、一緒に住もう。あと、ご飯も作ってあげたいし、最後におやすみを言って、最初におはようも言いたい」
「もちろんっ、全部、やろう」
ひとしきり泣いて落ち着いてきた頃にふと思った。彼の上に寝転んだままだった体勢から起き上がりながら尋ねる。
「私が、人を探してる噂はこの辺境伯には届いてなかった?見つけてもらえるかなと思って、頑張ったんだけど」
「ううん、届いてたよ。領主たちはおそらく皆知ってるんじゃないかな、何かあってもアビーは比較的進んで領地まで来てくれるからね。だから、その噂を聞いてもしかして、と思って今回は父に頼んだんだ。アビーを寄越してもらってくれって」
セオドアも起き上がり、答える。
「なら、なんで今まで......」
もしかすると、結婚する前に一通り遊んでおきたいとかそういう......⁈
「ふふっ、前と本当に変わらないね。何考えてるか本当すぐ顔に出る」
そう言って笑いながら、両手で優しく私の顔を包む。
「僕は今23で、15の頃から南にあるヤーバーンに留学していたんだ。そこが1番日本と食文化が似てたから、そこにいるんじゃないかと思ってね。もしその国にいなくても、いつでも好きなごはんを作れるように材料を見つけておきたくて。つい先週帰ってきたんだ」
両手で私の顔を包んだまま、親指で涙の跡をなぞる。
「でも、こんなに近くにいたんだね。遅くなってごめんね」
セオドアがこの国を出たのが8年前、その頃の私はまだ魔法師団に入団もできておらず、彼が私に気づかずに行ってしまったのも不思議ではない。
「会えたから、もういいの」
また涙が出そうになる。グッと歯を噛み締め、涙を我慢する。両頬を包む彼の手にそっと触れ、ぎゅっと握る。
「それより、23歳なの?私の方が年下になっちゃったね、私は今21歳だよ」
私がそう言って笑うと、彼が目を見開いた。
「本当に?アビー、年下なの......?嬉しい......!」
「それがそんなに嬉しいの?」
私が尋ねると、彼が急にじとっとした目でこちらを見る。
「そうですよねー、アビーちゃんは知らないよねー、俺がずっと歩美ちゃんの同級生や同期たちにやきもきしてたか!」
初耳である。
「小さい時はもちろん、再会した時だって、高校生からしたら大学生は大人に見えるし、次は大学生からしたら社会人は大人に見えるんだよ。そして、自分の彼女はそんな中にいて、周りの人がかっこよく見えちゃったらどうしよう、俺に愛想尽かされたらどうしようって。ずっと、同級生や年上が羨ましかったんだよ」
そうだったのか。なんだ、私と同じだったのか。頬に当てていた彼の手を取って、腿の上でぎゅっと握る。
「私だって、若い子の方がよくなる日が来るんじゃないかって、不安に思ったことあったよ」
「そんなこと起きないよ!」
慌てたようにセオドアが言う。
「でも、ずっと、わ、私が好きだった言動に表してくれるから、信じられたの。ごめんね、私が恥ずかしがってあんまり、その、好き、とか言ってこなかったから、不安にさせたのね」
彼の好意に甘えていた。もう同じ間違いは犯さない。
「今度はちゃんと、全部思ってること伝える。ちゃんと、言う。私はずっと、前も今も、セオドア、あなたがいっちばん好きよ!」
今度は私が彼の頬を両手で包み、素早く顔を近づけ離れる。
ほんの一瞬、ぽかんとした表情だった彼の顔が、どんどん首から顔、耳まで赤く染まっていく。
「い、今!アビーからちゅーした⁈それにあんな、あんなはっきり好きって......」
前の私はどれほど彼に、自分から好意を表していなかったのか窺い知れる。
「もう、もっと好きって言っておけばよかった、なんて思いたくないもの。好き、セオドア!大好き!誰よりも好き!」
にこにこと上機嫌に言う私を見ながら、彼は真っ赤な顔の口元を手の甲で隠しながら少し後ずさる。
「な、な、そんな、急に、待ってちょっと、一気にいっぱい、処理できないから!」
顔を赤くした彼がこんなにも可愛いとは。もっと早くに知るべきだったな。
「なんで口隠すの?セオドアは私とちゅーしたくないの?」
「したくないわけない!け、けどそんな、いきなりもういっぱいいっぱいで」
「忘れた?私、今回はお酒前より強くはなったけど、もう結構飲んでるんだよ?セオドアとも出会えた今、私に怖いものなどない!」
ふはははは、と悪代官のように悪い笑みを浮かべながら、顔を真っ赤にしている彼をソファの端へ端へと追い詰める。そしてそのまま、口元を隠している彼の掌へ、唇を落とす。
「本当に、心から、大好き、愛してる!今度は私からいっぱい色々してあげる!ハグもキスも私からするし、ご飯だってあーんしてあげる、してくれたこと全部、今度は私がするわ!覚悟してね」
そう言って明るく笑う私を近くで見た彼は、とうとう両手で顔を覆ってしまった。
「ま、参りました......お手柔らかにおねがいします......」
「ふふっ、その手をどけてくれたら考えるよ」
そっと両手を下ろした彼の隙を見て、再び素早く唇にキスをする。
「なっ!考えるって今!」
「顔、真っ赤にして可愛いね!これじゃあ、もっともっと好きになっちゃうわ!大広間に行って皆に報告してくるから、セオドアはここにいていいよ」
「ま、何⁈待って、何を報告するの⁈」
セオドアが私の腕を掴む前に、私はサッとソファから降りてドアへと向かう。
「そうね、息子さんはすぐ照れちゃうみたい、とか?ふふっ、嘘よ。息子さんをくださいって言ってくる!」
そう言って扉を開けて、大広間へと駆けていく私の背中をセオドアが見つめる。一瞬何を言われているか分からないという顔をした後に、ハッとすると慌てて追いかけてくる足音がする。
「待って待って!ちょっとアビー!」
もう遅い。大広間までもう少しである。
大広間の扉を開けてもらい、辺境伯と夫人の姿を見つけると一目散に側へと近寄る。
「息子さんを私にください!」
「アビー!待ってって!」
私がセオドアのご両親に頭を下げるのと同時に、彼が大広間に到着し、私を拘束するように後ろから抱きついてくる。
そんな私たちの様子を見て、目の前の2人は一瞬ぽかんとしたものの、辺境伯はすぐに豪快に笑い出し、夫人は自分の旦那の腕をバンバンと叩きながら大興奮である。
あの後、また大広間にいる方々に祝福されながら、ご両親にも正式に結婚を認めていただいた。その時に嬉しさのあまり、セオドアに飛びついて一瞬、サッとキスした時が会場の興奮が最高潮に達した瞬間だった。そして、そのキスされた当人はというと、これまた顔を真っ赤にして、その顔を隠すために私を抱きしめて肩に顔を埋めていた。
彼のそんなところも大変可愛い、と明るく笑う私と、私からの甘い攻撃にタジタジになっている彼は辺境伯領の新しい名物となる。
*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*^*
「本当によがっだです〜!うわぁ〜ん!!あんなに笑顔が弾けている隊長はじめてみまじだ〜!」
「ジャン、隊長が1番の乙女であると認めてさしあげてもいいです」
「だ、だから言ったじゃねえかよっ目にゴミがっ」




