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03 王子様の秘密

 ほっとひと安心したその時、足元の大地がガラガラと崩れ落ちていった。

 掴み所のないスライムの身体じゃ、地に足つけて踏ん張ることもままならない。

 揺らぐ地面に落ちた後、私を執拗に追っていた青年も走り出した勢いを止めることが出来ず、共倒れで落下した。


「痛……くはないのか」


 スライムだから。ぶよぶよだ。

 本当に痛覚というものがない。これは凄い。

 身体がちょっとだけグロテスクで悲惨なことになってるけど、うにょうにょ集めたら再生した。我ながら気持ち悪い。

 いよいよ自分が正真正銘の化け物に身を落としたと伝わってきて、じわりと涙が出そうになる。

 そう思って溢れたのがまたただの肉体の一部で、もう人並みに悲しくなることもできないのだと知って絶望した。

 ――っとそんな事はどうでも良い。

 肝心のイケメンくんは一体どこに……。


「う……ぐ、ぁあああ」


「ってうわあああっ‼︎ な、なんか飲み込んじゃってるんだけど!」


 私のプルプルボディの上……ってか中にはイケメンと思わしき青年が溺れ沈んでいた。

 どうやらさっきの逃避行の最中、私と一緒に転げ落ちた彼が吸収されてしまったらしい。

 ふふふ。殿方に馬乗りされるなんて何年振りでしょうか。

 大変お恥ずかしいことではあるが、この年まで私は男という男を知らなかった。

 そういう行為に発展することも、婚約を無断で破棄された所為で終ぞ叶う事はなかった私にとって、若い殿方との合体(物理的)はとても新鮮な経験であった。


 じゃなくて!

 それは相手の女が人間だったらの話で!

 今の私化け物ですから! 図鑑とか事典とかに記される哀れな醜い怪物だから!

 合体っていうか、半ば捕食しかかってるし!

 ど、どうしよう。

 落ちてきたのはあちらとはいえ、地面に激突して多少の痛みを負ってもらうか、得体の知れないスライムに飲み込まれるかどちらがいいかなんて答えは決まりきっているだろう。

 体内にある異物感を取り除けるように、そしてそっとイケメンの身体を傷つけぬようゆっくり慎重に解放していった。


 ――本当は命を狙われている身なのだから、そのまま彼を食らって糧として潔くモンスターとして生きていくのも正しかったと思う。

 そうやって割り切れなかったのは、まだ人間でありたいと願う私の諦めの悪いエゴか。

 目の前の青年に慈悲の心でもかけたのか。これ以上の争いや厄介ごとには巻き込まれたくないという想いからか。

 人を食ったが最後、私はもう二度と人間には戻れないだろう。

 人間の頃から「人を食ったような女」と揶揄されることの多い立場ではあったが、こんなところで人を食う羽目になってたまるか。

 どんな予言の仕方だ。この姿だと意味が一転してくるだろう。


 吐き出されて私の体液でベトベトになったイケメンくんは、激しく動揺しながら地を叩いた。

 無理もない反応だ。私だっていきなり現れたスライムに全身食われそうになったら流石に金切声を上げるだけでは済まないかもしれない。

 森中の木々という木々を切り倒して発狂し、勢い余ってその辺の町娘ひとりハンバーグに変えてしまうかもしれない。

 それくらいモンスターに狙われるということは命懸けで、おぞましいことなのだ。

 しかし彼の態度を落ち着いてよく観察してみると、どうも恐怖に怯え錯乱しているご様子には見えなかった。

 むしろ何か湧き上がる欲望に呑み込まれないように、必死で自分を諌めているような……。


「あ、あの大丈夫ですか?」


 彼を追い込んだ張本人である私が何言ってんだと思うかもしれないが、つい人として生きていた頃の反射で――。

 伸ばす手も今はこんな魚の鱗の如くぬらぬらとしている気色の悪い触手だけれども。

 ゼリーの細腕が彼の肩に触れた瞬間――


 何かが弾けたように彼が私の手に掴みかかってきた。

 その表情は鬼気迫るものでも、殺気に満ちた物々しいものでは決してなかった。

 むしろ興奮から落ち着きがなくなっている犬みたいな。

 血走った目と荒げた鼻息が、今の私にはなんだかとても恐怖だった。


「ああああああっ‼︎ 頼むからっ、これ以上俺をその美しい身体で誘惑しないでくれ!」


「…………はい?」


 思わず間抜けな声が上がってしまう。

 今目の前のイケメンはなんと言ったのだ?

 ――お答えします脳内の私、それはまぎれもなくお褒めの言葉でしたよ。

 何せ化け物と化したアナタの肉体を恍惚とした表情でうっとりと眺め、何度もそのだるんだるんな触手をさすっているわけですから。

 何が何だかわからない私に対して、イケメンくんが丁寧に話してくれた。


「俺はジン。ジン・ローエスタというものだ」


「へぇジンさんっていうのね……って! もしかしてあのローエスタ王家の……⁉︎」


「何っ。何故きみがそんな事を知っている……!」


「あっ、いやそのそれは……」


 私は彼に迫られて語るに困ってしまった。

 実はあなたと婚約する予定だったソフィアで……などと語るのはまずい。

 第一にこんな姿であることと、第二に私は既に追放され身分を剥奪されている状態であること。

 よってここで何か言ったとしても完全に野良スライムが高貴な身分を偽り、戯言を吐いているとしか思われないだろう。

 余計な混乱を避けるべく私は適当に誤魔化すことにした。


「そ、それはもう有名な王家ですから! この界隈にもその名が轟いておりますし……!」


 冷や汗混じりでどろどろぐにょぐにょと私は言った。

 正直ありのままの真実を語るのとどっこいなレベルで胡散臭い感じだったが、特に追求もされず王子は受け入れてくれた。


「そうか。知っての通り俺はローエスタ王家の王子だ。つい最近までは婚約を控えていたほどの男だ。……ところがお、俺には重大な欠点がある……人にはもう言えないほどの欠点が!」


 王子は地面を悔しそうに叩いて唸っていた。

 なんだろう……イケメン王子の人しれない秘密とは……。


「それは……スライムに対して異常なほどの劣情を催してしまう事だっ……!」


「えっ、えええ⁉︎」


 彼はまさに真剣そのものといった顔つきで耳まで真っ赤に染めており、どうやら嘘をついたりふざけてからかったりしているご様子ではなかった。……なかったが。

 そんな事ってある⁉︎

 だってこんなぐにょぐにょぶよぶよヌメヌメしてる得体の知れない化け物ですよ⁉︎

 人の形すら保っていないんですよ⁉︎


「そう、そこがいいのだ……!」


 噛み締めるように頷くと、王子は私の人で無くなった手を固く握りしめていた。

 その瞬間握られたゼリー状の手が潰れてポロポロと零れていたが、それに対して血の気が引いたり怯えたりはしていなかった。

 粘液の肉体越しから彼の真っ直ぐな熱意が伝わってきて不覚にも赤面してしまう。

 ……そもそもスライムって血液が通ってないから赤面のし様が無いのでは?

 などと考えてしまうのが賢い脳の辛いところでございますが、本当になんかぽっと胸がときめく感覚がしたのだ。


「俺は幼少期、幼くも旅に出ようと決意して無謀にもモンスターの出現するという巣窟に単身飛び込んだのだ。まぁ入り口をちょっと覗いてすぐに帰ったからそれは良い。……だが問題はその後だ」


 当時齢六つに差し掛かるほどの彼はスライムに生まれて初めて遭遇し、己の力を誇示するべく立ち向かっていったのだという。

 ところが、掴み所のないスライムの肉体に幼児の貧相な力押しでかなうはずもなく、あっという間に全身を飲み込まれてしまったそうだ。


「スライムに全身を舐め回されるような感覚を味わい……俺は俺の中で何かが目覚めていくような感覚を覚えたのだ……! 呼吸さえままならない状況にいて、不覚にも俺は興奮にも近い劣情を暴走させていたのだ。……一国の王子としては恥ずべき、いや国民に死んで詫びるべき大罪だ。俺はひどく後悔しながら生きてきた」


 それから大きくなって、訓練で力をつけていったものの何故かスライム相手になると本来のパフォーマンスの1割も発揮できず、また無性に興奮して手が震えてしまうらしい。

 私を早急に殺そうとしたのも、過去の感情と決別するためだったのだ。

 しかし、やはりあの時の感覚は忘れられなかったようで、今も彼は私の身体を撫で回して涎を垂らしていた。

 よかった。てっきりスライム体の私に落ちて頭がおかしくなってしまわれたのかと思った。

 しかし私の婚約者となるはずだった相手にこんな趣味があったとは……。

 ちょっと意外だった。

 そして不思議と気持ち悪いとかそういう感情は湧いてこなかった。

 なんだか、こんな素敵で素晴らしい人間にもそういう趣味があるんだなと微笑ましい気分だった。

 それに今はそんな罵声や人格否定など出来る立場じゃない。

 むしろ本当に殺されなくてよかった。

 これがもし彼がスライムのみを殺傷する事に長けたスライムスレイヤーみたいな人間だったら、今頃首が剥製になった挙句刀の錆にされていたことだろう。


 ――と、ここで生きる喜びを噛み締めた私の脳みそは、再び人間の頃同様悪知恵が働き出すようになった。

 もし、王子様が味方になってくれるなら。


「ねえジン王子様。こんな醜い魔物の私を愛してくださるというのでしたら、その慈悲の心に免じてお頼み申し上げたい事がございます」


「なんだ。なんでも言ってくれ!」


 すごい食いつきようだ。

 さっきまでの血相を変えて襲いかかってきた人物とはとても思えないほど。


「私を安全なところへ――つまり、あなたのお城で養っていただけないでしょうか」


「喜んで‼︎」


 回答時間2秒にも満たないほどの早押し即答で、彼は私を連れて行ってくれることを約束してくれた。

 こうして王子と元令嬢の私の奇妙な関係が続く事になった。

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