表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

二次元

作者: Qoo

聞いてくれ。

妻が画面から出てこないんだ。


こんなに可愛い妻なのに。

こんなに素敵な妻なのに。


君を眺めている時間はすごく幸せだった。それでも、ある日を境に感情を抑えられなくなっていった。


手を繋ぎたい。髪を撫でたい。目を合わせてお喋りしたい。君に触れたい。


とめどなく溢れる願望の、そのどれもが叶わない。

願いを口にしてみたところで、君はただ静かに微笑み続けるだけだった。


液晶画面1枚分の距離がもどかしい。

出来ることなら、今すぐ君のもとへ行きたい。


溢れる願いと涙は止まらなかった。

世界は輪郭を失い、ぼやけて歪んでいく。


このままではいけない。

君の姿すらぼやけてしまっては、僕は誰に向けて願えばいいのだ。

壊れたダムをどうにか堰き止めようと、両目をきつく瞑った。

眼前に一気に広がる暗黒。


どうも涙は止まってくれる様子がない。僕は君のことを考えることにした。

出会った頃の君。打ち解けてきた頃の君。ケンカした時の君。

たくさんの君が、ぼやけず鮮明に描かれていく。


そのおかげで気が付いた。

記憶に残る君はよく笑っていたが──


目を開いて画面に映る君を見つめる。

こちらを見つめる笑顔は、少々ぎこちないものだった。


──ああ、そういえば君は恥ずかしがり屋だったね。


肩の力が抜けた。

気が付けば口角が上がっていた。緩んだ頬を雫が伝う。


「そうか、恥ずかしいのか。そりゃあ出てこないわけだな。」


言い訳じみた独り言がおかしくて、さらに涙を零して笑った。こんな風に笑えたのは久しぶりだった。


そっとスマホを抱き寄せる。

胸が温かいのは機械熱のせいだろうか、なんてつまらない現実がふと頭をよぎった。


現実とはなんとも冷めたものだ。

それでも、そんな現実を温める妄想は嫌いではなかった。


逃げるための妄想じゃなく、向き合うための妄想を。


彼が彼女に願うその行いは、苦しい現実に立ち向かうための耐久手段だった。





「なあ、たまには画面(そこ)から出てきてみないかい」


恥じらう彼女に寄り添うように、どこか冗談半分で。

無茶な事を言う自分に呆れるように、どこか冗談半分で。


繰り返す。日々繰り返す。

画面に向かって、笑いかけながら。


どうやら僕は、まだ奇跡を信じていたいらしい。

生前の彼女の写真は今も消せないままだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ