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負けヒロインはアイドル⑥

 今日は、瑠羽のドーム公演当日。

 開場時間よりもずいぶんと早く、俺は会場近くの人気のない公園にいた。


 ……というのも、瑠羽から呼び出しを受けていたからだった。

 俺が公園に行くと、瑠羽は珍しく先に着いていた。

 ジャンパーを着て、フードを被った瑠羽は、滑り台の上で体育座りをしていた。


 ――どうして君たちヒロイン)は、そんなに滑り台が好きなのか、誰か教えてくれないか?

 俺は首を傾げつつ、滑り台の近くまで歩み寄り、彼女に声を掛けた。


「愛堂、どうしたの?」


「あ、来てくれたんだ。ごめんね、呼び出しちゃって」


 俺の呼びかけに気づいた瑠羽は、滑り台を滑り降りた。

 そして、俺の目前に立ってから上目遣いにこちらを覗き込んで言う。


「うん。ライブ前に少しだけ時間取れたから。……ちょっと話したいなって思って」


「話って、何を?」


 俺の言葉に、瑠羽の瞳は揺れる。

 

「……何でも! どんな話でも良いんだよね。気晴らしがしたいだけだったから」


「緊張してるんだ」


 俺の言葉に、瑠羽は苦笑する。


「流石に、ドームでのライブは今回が初めてだから。緊張するんだよね」


「……瑠羽は、凄いな」


「全然。すごくなんてないよ。……今も、失敗することを考えちゃって。どうしても緊張も不安もする。これまでは何とかダンスも歌も、上手くやってこられたけど、今日も上手くできるとは、限らないし。……だからこうやって、君と話をして、気分を紛らわせたかったの。こんな風に頼れるのは、君だけだしね」


 暗い表情を隠しもせずに、瑠羽は弱音を吐いた。

 

「やっぱり凄いよ」


 俺の言葉に、瑠羽は弱々しく笑う。


「ありがと、気休めでも嬉しいよ」


「気休めなんかじゃない。愛堂は、いつだって不安や緊張と戦って、それを押し殺して。ステージ上で笑顔を浮かべ、それを見た沢山の人を笑顔にさせている」


「それは……私は、ファンの皆の笑顔を見るのが好きだから。なんとか出来てるのかも」


「俺も、今日は楽しみにしてる。歌もダンスもMCも。上手くできなくっても良いから……」


 俺の言葉に、不審そうに、瑠羽は俺を見る。

 彼女をまっすぐに見つめて、俺は言う。


「俺は、愛堂の最高の笑顔を見たい」


 俺が言うと、瑠羽はキョトンとした表情を浮かべてから、「な、何言ってるんだよ!」と慌てた様子で、顔を真っ赤に染めた。

 それから、俺をじっくりと見てから、


「君ってばすっかり私のファンの鑑だね」


 と、揶揄うように言った。

 俺はその言葉に「そうなのかも」と頷いて応える。

 瑠羽はそれから、


「よしっ! 熱心なファンのおかげで、不安も大分和らいだよ。私、会場に戻る。……楽しみにしててね、ライブ」


 そう言って、立ち去ろうとした時。


「瑠羽ちゃん……その男は、誰なの?」


 低い声が耳に届いた。

 見ると、そこには様子のおかしな男がいた。

 瑠羽はその男を見て、驚いたような表情を浮かべた。


「えーっと、スネイクマンさんだよね!? 今日もライブに来てくれたんだ、嬉しいよっ! この人は、さっき偶然会った、私のファンの人! ちょっとお話をしてたんだ」


 男は、瑠羽の追っかけだ。

 握手会にも頻繁に来ているため、瑠羽も彼のことを知っているのだ。

 俺と一緒にいたのを見られて、まずいと思ったのだろう。

 瑠羽は取り繕うように言った。


「嘘だっ!」


 スネイクマンは大声で否定の言葉を叫ぶ。


「その男とは、先週飲食店で、その前はカラオケで一緒にいたくせに! どうして嘘を吐くの……? 瑠羽ちゃんは天使みたいな女の子で、優しくて、笑顔が可愛くて、誰よりもファンを大事にする、アイドルなのに」


「え、いや……落ち着いて?」


 瑠羽はまくし立てる男に対して不安そうにそう言うが、


「ファンを裏切るなんて、瑠羽ちゃんは堕天したんだ! 」


 彼には一切、瑠羽の言葉が通じていない。

 男は憤り……カバンから、ナイフを取り出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ。落ち着いて私の話を聞いて!」


「うるさい、うるさい、うるさい! もう黙れよ、クソ女!」


 そう叫んだ男は、ナイフを構えて、ツッコんできた。

 瑠羽は、恐怖で足が動かないようだ。


「危ないっ!」


 俺は瑠羽を突き飛ばして、彼女と男の間に立ちはだかった。

 そして――振り下ろされたナイフは、俺の腕を切りつけた。

 鋭い痛みに眉をしかめるが、気にせず俺は彼の腹を蹴りつけた。

 尻餅をついて倒れた男は、手からナイフを離していた。


「クソッ! 邪魔しやがって、クソックソクソッ!」


 俺を睨みながら、男は悪態を吐いた。

 放り出されたナイフを男が拾わないように、俺は踏みつけた。


「ああ、クソ……クソ!」


 男は動揺を浮かべた。

 武器が無くなったことと……今更ながら、自分の犯行を見て怖くなったのというのもあるだろう。

 彼は本来の目的だった瑠羽には危害を加えないまま、公園から逃げ去っていった。


「嘘、そんな……いやぁっ!」


 瑠羽は俺に駆け寄り、涙を目尻に溜めながら縋りついてきた。

 俺は痛みを我慢しながら、瑠羽に向かって言う。


「落ち着いて。傷はそんなに深くないから」


 俺は瑠羽に向かってそう言う。


「でも……」


「興奮してるからか、痛みもそんなにないし。大丈夫だよ」

 

 俺は掌を握ったり広げたりして見せる。

 問題なく動いて、俺自身ホッとした。

 

「バカッ! バカ、バカ! 無茶しないでよ……君が死んじゃったら、私は――」


 辛そうに、瑠羽は言う。

 申し訳なく思う。

 俺がこのイベントで怪我を負うことは、織り込み済みだった。


 先週、瑠羽とランチを食べ終え、店を出た時の嫌な視線が、あの男のものだと俺は知っていた。

 公人と付き合えないまま、彼にデート現場を目撃されるのが、前ルートではフラグだった。 


 そして、死亡フラグが立った瑠羽は――奴に刺されて死ぬことになる。

 本来、このイベントが起こるのはもっと先の出来事のはずだが、俺が強引に攻略を進めたため、このタイミングでイベントが起こったのだろう。

 

 ある程度準備をすれば、無傷でやり過ごすこともできただろうが……そうしなかったのには理由がある。

 このイベントで、『危険を省みずに瑠羽を救った』という、強烈なインパクトを残したかったからだ。 


「死なないよ。愛堂のライブ、見なくちゃいけないんだから」


 白々しくも、俺は瑠羽にそう告げた。

 しかし、命がけで助けられたと思っている瑠羽は、俺の言葉を聞いて顔を真っ赤にした。


「ホントにバカッ!」


 瑠羽は、今にも俺に抱き着いてきそうな様子だ。


「せっかくここまで身体張ったんだから。ちゃんと、最高の笑顔を見させてくれるよね?」


 俺の言葉に、瑠羽はコクリと頷いた。

 それか、潤んだ瞳で真直ぐに俺を見つめてから、言う。



「今日は……君のためだけに、歌います」




「いや、それは止めて」


 俺が即答すると、瑠羽は露骨にショックを受けた様子で、口をポカンと開いた。

 言葉が足らず、誤解を与えてしまったようだ。


「天塚瑠羽は、皆のアイドルだから。ファンの皆の前に立つ時は、特定の誰かのためじゃなく、皆のために歌ってほしい」


 俺の言葉に、瑠羽は納得していない。

「でもっ!」と言って、俺をまっすぐに見てきた。

 俺は、彼女が何かを続けて言う前に、口を開いた。


「でも。……初めて屋上で会ったあの時みたいに、愛堂瑠羽の歌を俺だけに聞かせてもらっても良いかな?」


 俺の言葉に、瑠羽は驚いたような表情を浮かべる。

 それから――あからさまに喜んだ様子で、頬を紅潮させる。


「うん、今回も、その次も……これからずっと! 君にはいつだって最高の笑顔を見せるって、約束するよ!」


 瑠羽は最高の笑顔を浮かべながらそう言った。

 俺は彼女の言葉に、無言で頷くのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] たしかにスネイクマンそっちのけで話続けるのは違和感が凄い [一言] ゲーム内でこのあと自殺してたとか、主人公が自殺するのを知っててあえて通報する必要もないと考えた、とかならまだわからな…
[良い点] かなーしーみのーむこーえーとー
[一言] そろそろ黒(浮気)に限りなく近いグレーから黒にいきそうだな
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