2場 日常になかで
今日の天気は快晴だ。
2-A教室の窓から見える世界には見覚えのある日常が広がっていた。
昨日のあれは一体何だったのだろう。
そんなことをぼんやりと考えながら空に浮かぶ雲の数を数える。
「1つ、2つ、3つ……」
「なぁ、これに写ってるのお前じゃねぇか?」
僕に話しかけてきたのは、前の席に座っている安倍政紀だ。
短髪に耳にはピアスをつけ、しかも金髪。制服の着こなしも少しラフ。
知らない人から見たら少しガラが悪く怖がってしまうような見た目をしている。
そんな政紀とは中学からの友達であり親友だ。
「ん、何のこと?」
僕は、政紀の持ってたスマフォを受け取り、画面に映し出された画像を見る。
そこには、白銀の髪の少女にお姫様抱っこされている男子高校生が写っている。
「この女に抱かれている男、ウチの学校の制服きてんじゃんか。画像が粗いけど、慧に似てね?」
彼は写真に写っている男子高校生に指を刺しながらそう聞いてくる。
「全然似てないよ。見間違いじゃない?」
今までしたこともないような営業スマイル並みの笑顔を振りまき答える。
何故なら、間違いなく、川上慧本人だからである。
この時代は、本当に怖い。
いつ誰が録音・録画をしているかわからないもんだ。
この写真に写っているのが、僕自身だと悟られないよう間接的に話題を膨らませていく。
「でも、このお姫様抱っこしてる女。どう考えても可愛いよな。何でもっと高画質で写真取らないんだよ。くそー」
政紀はそう言いながら、スマフォに写っている画像を指で広げ、何とかアップにしようと頑張っている。
「政紀は、突然消えたこの2人のことどう思う?」
「普通に考えてありえねーだろ。線路の真ん中にいた女いて、その女を救い出そうとしたら2人ともホームの上にいるなんて。どう考えても普通じゃないわな」
「やっぱり、普通じゃないよね」
「でも、俺は信じるぜ。この世界まだまだわかってないことの方が多いんだぜ。これぐらい起こってくれなきゃ面白くないだろ」
政紀が言ってる通り、やっぱり昨日のあれは現実なんだよな……。
もう、遥か昔の出来事のようにも思えてくる昨日の出来事。
そして、分かっていたはずの現実。
僕は、再び窓の外に広がっている世界に目を向けた。
「後輩くん!部活行くよー!!」
勢いよく扉を開き、開口一番大きな声で僕のことを呼ぶ。
その声のする方向に顔を向けるとそこには、1人の女性がいた。
「ほら、後輩くん!さっさと部活行くよ!時間は待ってくれないのだよ」
彼女は、柳生茉莉花。僕が所属する演劇部の先輩だ。
「おっと、愛しの先輩がご所望だぞ。早く行ってこいよ」
「わかってるって」
僕は、急いで荷物を鞄の中に詰め込み彼女の元をと向かった。
うちの演劇部は、部員が2人しかいない。
僕と茉莉花先輩の2人だけだ。
ちなみに、茉莉花先輩は、3年生。
茶髪のポニーテールで元気印がトレードマークの頼もしい先輩である。
身長は僕より高くスレンダーな体型でありながら、出るところはしっかり出ているというモデルみたいな人だ。
実家は、剣術の世界では有名な柳生新影流の家元で、彼女の母親は、ブロードウェイなどで活躍する大女優だ。
その母の影響なのか彼女自身も俳優を目指している。
この演劇部は、元々茉莉花先輩だけ所属する同好会だったのだが、僕が入学した時に彼女に押し迫られ致し方なく、演劇部に入ることとなった。
同好会が演劇部になったからには、他にも名貸しの部員がいるのだが僕は何故か彼女の好かれているらしく、日々部活動に励んでいる。
まあ、これはこれでいい気もしているが……
「先輩、今日は何しますか?」
「そうだねー。筋トレにあめんぼ発声に外郎売……後、昨日渡した台本の読み合わせをしようか」
これは、いつものお決まりコースだ。
演劇部あるあるというものらしい。
筋トレとあめんぼ発声、外郎売は、どこの演劇部にも通らなければいけない道だ。
しかも、筋トレに限っては、茉莉花先輩の指導のもと行われる。
彼女は、柳生新陰流の会得者であり運動部ばりの体力を兼ね備えている。
そのため、どう考えてもいらないと思われるトレーニングをさせられる時もある。
『血の底から這い上がってきました。そうそう簡単には死ねませんよ。だってあなたのことが好きなのだから。好きな人の前で、カッコつけたくなるのが男というものなのです』
下手ながら声を張り、セリフを発する。
僕は、元々演劇をやっていたわけでもないし興味があったわけでもない。
しかし、この読み合わせをしている時だけは、自分が他の世界の一員になっている気がしてとても心地がいい。
「後輩くんは、演劇好き?」
「はい、好きですよ」
「あたしは大好き!後輩くんの負けね」
「いったい何の勝負ですか!?」
「演劇をどっちが好きかの勝負!負けた方が明日、部室の鍵を職員室に取りに行くってことで。後輩くん、よろしくー」
「いや、僕聞いてないですよ。」
「だって言ってないもの!」
なんて理不尽な……
彼女はドヤ顔でそう言い切る。
説明もなしに勝負とか鬼ですか、本当にこの先輩は。
「これぐらい予測しないと、役者になれないぞ」
「いやいや。そんなこと予測できつ役者なんてそうそういませんって」
部活動終了時間のアナウンスが流れる。
僕たちは、読み合わせを終え、帰り支度を始める。
「慧くん、明日は朝6時に校門に集合だからね、明日こそ部員ゲット!」
「僕、起きれる気がしませんよ」
「大丈夫!」
「あの、僕朝弱いんですけど……」
「大丈夫大丈夫!!」
何が大丈夫なのだろうか。
これはまさか、モーニングコール的なやつをやってもらえるのだろうか……
「来なかったら、明日は筋トレだけだから」
甘い夢を期待した僕がいけなかった。明日確実に朝起きることができるだろう。
こんなたわいもない会話を繰り広げる。
これが日常ってやつだ。
部室の戸締りをし、鍵を返しに職員室へと向かう。
「茉莉花先輩は、卒業したらどうするんですか?」
「あたしはね、世界中を回りながらお芝居したいの。いろんなところに行っていろんな人と出会って。とても素敵だと思わない?」
「すごく素敵だと思います」
僕は彼女のこういうところに憧れている。
自分のしたいこと、なりたいことを率直に口に出せるところ。
挑戦する覚悟を持っているところ。
だからこそ、僕は彼女に依存しているのかもしれない。
「誰か助けて!!」
外の方から悲鳴が聞こえた。
僕と茉莉花先輩は、急いで廊下の窓を開け外を見渡す。
「ねえ、あれはいったい何……」
茉莉花先輩が僕に聞いてくる。
僕は生唾を飲み込んだ。
それは……
外の世界は、昨日見た亡霊たちで溢れかえっていた。
今回も本作品をご愛読いただきありがとうございました。
この後、どうやって慧たちが危機を乗り越えていくのか。
是非とも、次回以降も読んでいただけると幸いです!