1場 主人公失格
空で月が輝いている。
もう、夜になってしまったわけだ。
本来ならもうそろそろ最寄り駅に着いていたころだろうに。
残念ながら僕は、まだ秋葉原にいた。
もっと詳しく言うと、今の僕の状況は特殊な状況にあると。
何故か。
それは、白銀の髪の美少女にお姫様抱っこをされているからである。
「これ、なんていうラノベ?」
普段やらないことをしたせいなのか、過剰なアドレナリン分泌によって興奮状態にあるのだろう。
そんなことばが出できてしまうところ、ちゃんと今まで高校生であったのだと実感でき、少し安心することができる。
少し冷静さを取り戻し記憶を遡る。
確か僕は、ホーム下に飛び込み女の子を助けに行ったはずだ。
なのに今いるのは、どう考えてもホームの上なのだ。
僕は夢でも見ていたのか。
そう思うことも出来るのだが、僕のことを抱き抱えている女の子の温かい体温が現実だと優しく教えてくれる。
いや、正直に答えよう。
僕の目の前にある彼女の豊かな胸部の膨らみに目移りしてしまう。
だから平常心を保とうと、表情は常にポーカーフェイスなのだ。
なにか騒いでいる声が聞こえる。
周りを見渡すとホーム上にいる人たちは僕たちに釘付けだった。
これは、不味い……
今起きたことが現実だとするのなら、電車の急ブレーキにこれから起きる電車の遅延など。
多くの人に迷惑をかけてしまったわけだ。
しかも、今の僕は彼女に抱き抱えられている。
共犯者と思われ可能性もある。
だから、僕の中に眠る本能がこう告げていた。
「あの、逃げましょう……今すぐ!!」
一刻も早くこの場から消え去りたい。
その一心だった。
次の瞬間僕は空を飛んでいた。
いつも見えて居る世界。それとは違う違う景色がそこにはあった。
空高く舞い上がり、そして地面に着地する。
宇宙飛行士が体験している無重力の世界はこんな感じなのかと感心してしまう。
僕の求めていた世界はこれだったんだと、そう確信に変わる。
「どこまで行けばいい?」
彼女は僕に問う。
秋葉原は電気の街だ。どこもかしこにネオンのビルが立ち並ぶ。
僕はすかさずこう答える。
「もう少し先に行ったら神田明神通りに出ます。なので、そのまま神田明神までいきましょう」
僕は、かなりわかりやすい説明をしたつもりだ。
しかし、彼女は首を傾げている。
もしかしたら、彼女は秋葉原にきたのが初めてなのかもしれない。だって白銀の髪も美少女だ。その可能性もあり得るだろう。
「もし、よかったら僕が道案内するので。あと…降ろしてもらってもいいですか?」
「ダメよ」
即答だった。
なにがダメだったのかよくわからない。
言葉遣いがよくなかったのか。それとも…
そんなことを考えている暇も与えず彼女は僕を抱き抱えたまま走りだす。
もうよくわからない。
よくわからなすぎて笑えてさえくる。
さよなら、僕の日常。
気がついた頃には、神田明神の境内にいた。
こんなに早く着くなんてどんなに早く走ったら辿り着けるんだ。
おかげでピンチは脱することができたみたいだ。
「そろそろ降ろしてもらえると助かるんだけど」
細心の注意を払い彼女にお願いをする。
今度は、すんなりと僕のことを降ろしてくれた。
僕は乱れた服装を整え、彼女に問う。
「どうしてあんなことをしたの?一歩間違えたら死んでたかもしれないんだよ」
しかし、彼女は口を開かない。
全くなんなんだよ、この子……
白銀の髪に制服越しからでもわかる豊かな胸部。スタイルもよく顔も整っているおり、腰には拳銃を携えている。年齢は僕と同じくらいかもしれない。
この情報から推理すると、僕は1つに答えにたどり着いた。
名探偵慧は、こう証言する。
「もしかして、コスプレイヤーに方?」
彼女は口を開く。
やはりそうなのだと確信する慧だが、彼女から紡がれた言葉は、ぼくの求めていた答えとは異なるものだった。
「あなた、この世界の主人公よね?お願い…私の世界を救って欲しいの」
一体なにを言ってるんだろう。
この世界の主人公?世界を救って欲しい?
言っていることが理解できない。
そんなアニメや漫画でありそうな決まり文句は、僕の世界では妄言に過ぎない。
彼女は続けてこう言う。
「あなたは、私を助けに来てくれた。それが主人公の証」
月光が照りつける境内に彼女の声が響く。
「私の名前は、橘彩葉。こことは違う世界からきたの。よかった、あなたに出会えて。さあ、いきましょう」
彩葉は僕の手を握ろうとしてくるが、僕は反射的にそれを振り払う。
「なんのことだよ……。それに僕は、主人公なんかじゃないよ」
そう僕は彼女に伝える。
「そんなことないわ。だって、他の人は助けにきてくれなかったのにあなたは、助けに来てくれたじゃない」
「それは……ただの気まぐれだよ」
「そんなの嘘よ。だったら……証拠があるわ」
彩葉は首に掛けていたネックレスを取り出した。そのネックレスにはエメラルドの宝石がついている。
「このネックレスを握って。宝石が赤く変われば、あなたはこの世界の主人公よ。変化がなければ、普通の人間」
彼女は真剣な目で僕のことを見つめる。
僕は差し出されたネックレスを握りしめる。
エメラルドの宝石は、変化することはなかった。
僕は彼女にネックレスを返す。
境内に少しの静寂が流れ、夜が更けり月が赤い色に染まる。
僕は気づくのが遅かった。
周りを見渡すと、黒いローブを被った男たちが僕らを取り囲んでいる。
「あの……なんのようですか?」
そう尋ねると黒いローブの1人が僕に近づき、斬りかかってきた。
僕は、間一髪のところでそれを避けるが、体勢を崩して地面に倒れ込む。
一体なんなんだよ。
こんなことなフィクションみたいなことが1日に何回も起こってたまるか。
僕は体勢を整え逃げようとするが、目の前に黒いローブの男がまたも斬りかかってくる。
その瞬間、僕の見えている景色が走馬灯ともいうのか、スローモーションになって見えてくる。
死んだ。
本日2回目の死亡確定。
もう奇跡なんて起こるはずがない。
そういえば、さっきの女の子は大丈夫なにだろうか。
どうか無事でいて欲しいな。
あと、僕が君の求めてる主人公じゃなくてごめん。
僕は、目を閉じた。
そして、また目を開ける。
「死んでない?どうして……」
僕の目の前には、僕のことを斬りかかった黒いローブの男ではなく、橘彩葉が立っていた。
「あなた、大丈夫?」
彼女は僕にそう言う。
「ごめんなさい。関係のないあなたを巻き込んでしまって」
彼女は、腰に携えていた拳銃を取り出し、彼らに立ち向かっていく。
その姿は、可憐で美しく見るものを魅了するものがあった。
僕は心を奪われていた。
彼女の手に握られた拳銃から放たれた弾丸は、はじめから命中するのかが定められているのかのように、自由な弾道で黒いローブの男たちを撃ち抜いていく。
あんなに激しい動きをしていたら、命中率は低下していくはずなのに……
しかし、そんな常識をも彼女は覆していった。
あっという間に黒いローブの男たちを倒していく。
「怪我はない?」
彼女にそう声をかけられる。
さっきまでいた彼らはみんな彼女が倒してしまったらしい。
「あの、さっきの一体なんなんですか。こんなのどう考えてもおかしいですよ」
「彼らは、ガイスト。イノセントワールドの亡霊よ」
「亡霊って…」
「多分ローダーのやつもこっちの世界に来てるんだと思う」
「ローダーって誰ですか……」
「インチキ魔術師よ。私がこっちの世界に来たから排除しに来たんだ」
「言ってる意味分からないですよ!」
呼吸を整え、彼女は僕にこう伝えた。
「さっきはごめんなさい。てっきりあなたがこの世界の主人公だと思ってしまって」
「……それって僕はただの人間ってことですか?」
僕は、尋ねる。
自分の寿命があとどのくらい残っているのかを聞くような神の宣告を。
そして、彼女はこう告げる。
「あなたは、普通の人間よ」
僕の生きてきた短い人生の中で、1番求めていた答えに今たどり着いた。
本当はもっと前から理解していたはずだ。
だから、悲しいことはない。苦しいはずはない。
なぜなら、これがノンフィクションの世界なのだから。
僕の世界なのだから。だけど、
胸の奥にあるなにが溢れ出しそうになっていた。
それを必死に溢れないように歯を食いしばる。
「私は、そろそろいくわ」
彼女の声が聞こえる。
「私には、成さないといけない使命がある。だから、またね」
彼女はそう言い残し、深い夜の街の雑踏へと消えていった。
作者の浅田あおばです。
前回の初投稿を呼んでいただいた方、ありがとうございます!
まだ物語の幕が上がったばかり。
今後とも、読んでいただけたら幸いです。