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06 初陣

 菅ありさの一日。

 午前五時に起床し、七時から他の魔法少女たちと集まっての食事がある。決まって無口だった。いっときは他の少女たちと積極的に接しようと努めたころもあるが、すぐに疲れてしまい、結局元に戻っている。

「栞、魔力管理はしっかり?」

「織香姉貴こそ、呪文と現実の一致率は維持してるよね?」

 会話があまりにも専門的過ぎるのである。

 ありさは過ごせば過ごすほど、この地下世界は想像よりずっと深く広いことを理解し始めた。そして、魔法少女の数も。

 通りかかって挨拶するだけの人間もいるし、顔をいちいち記憶しているわけではないから正確な数字をどうやら八十人以上いるらしかった。それくらい、進藤化学工業ががんばって女の子を集めているということだ。けどそれは、法律的にどうなんだろう?


 九時から講義が始まる。座学や戦闘訓練など、その種類は多様。

 ありさは最初きつい内容のものを想像していたが、意外と指導が丁寧で無理じいも少なかったので、精神的な負担は少なかった。守春だ。普段の時とは違ってその表情は硬く、腕や腰に組伏され、少女たちの体の線が明白あらわになっても幾度となく眉毛一つ動かすことはなく、何度も言って聴かせる。

「我々進藤化学工業は世界の発展のために躍進しなければなりません。そのために皆さん魔法少女にはその羅針盤となってもらうのです」

「あの人って、どうも傭兵の出身らしいんだよね」

 栞が、ありさの腕を取って一緒に立ち上がった時に。

「傭兵?」 ありさにとってどこかで聞覚えのある言葉だ。しかし、詳しい意味は知らなかった。

「何でも世界中の紛争地域を巡った過去があるらしくて……」

 守春は以前、「地上では生きられない」とありさに語ったことがある。それなのに。

 もしかしたら、今指導しているこの男には想像以上に複雑な過去。

「さあ、次はありさが私を投げ飛ばしてみて」

 ありさの細い体では身体を使った戦闘はやはり難しいのだった。



 銃や格闘に関しても教えつけられた。ただ単に魔法少女としての修練だけでなく、生身の戦闘能力も付けてほしい、という配慮から。だから休み時間にはトレーニング

 そういう生活を続けている内に、ありさは以前よりずっと体が強くなり、虚しさに苛まれることも少なくなっていった。それでも、やはり心の一部が疑っている。

 これも、人を手駒にしようとする進藤化学工業の罠なのかもしれない。


 異界生物についてはやはり難しいことばかりで、用語などはさっぱり記憶に残らない。

 講義の途中で、ありさはずっと気になっていた疑問を口にした。

「なぜ、魔法少女なんですか? 男性じゃだめなんですか」

 すると周囲から怪訝な視線がやってきた。怪訝というより……明らかに嫌がっている目。

「異界生物は基本的に女性としか契約ができないの」

 芹奈は顔色は変えないものの、若干低い声。

「もし男が異界生物の肉を埋込まれたら……化物になってしまう」

 ありさはそれ以上尋ねることはしなかった。知ってるてことは……化物に本当になった事例があるってことだ。

 ありさは、その違和感を声に出すことはしなかった。あの時織香と弥良がほのめかしたように、上はどうやら細かい点についていちいち口を挟むのを許さないらしい。

 芹奈は例の注射針を片手でいじりつつ語る。

「でも魔法少女だからって安心してはいけないのよ。魔法少女として戦い続けるのも限界がある。注射を重ねれば一応戦闘時間も伸びるけど、無理して注射を続けるのはあまりにも危険……」


「さあ、次は呪文の詠唱について説明しましょうか。呪文というのはね……」 他の魔法少女たちはまだ七歳とか八歳とかいう幼さで、その中でありさばかりが浮いている。

 ありさはやはり、年下の同級生たちに口を開くことができないまま時間を過ごした。

 ただ、自分が内容をつかみとって自分の物にしているという振をするだけで精一杯だった。急に現れたこの世界に、ありさは死に対する欲求を口にする暇もなかった。



 それから、数日程経っただろうか。一週間の中の二日だけ――土日とは限らない――が休日だったので、ありさはベッドでずっと寝転がっていた。

 しかし、壁に刻まれた予定表から簡潔な電子音が鳴り、新たな文章が追加される。

『任務:異界生物退治』

 いきなり出てきた『任務』の字に、思わずありさの背筋が震えた。まるで、これから死にに行くかのような厳粛さ。

 子供とか幼さとかいう要素など一切許さない、尖った明朝体である。

 しかも『分類:実戦』などと続いているのだ。ありさはまるで自分が人形みたいに扱われていると思った。

 実戦? 誰と闘うの? 私は、誰とも戦いたくないのに。死刑宣告を下されたような顔で、ありさは無機質な字体を眺める。

 内容はどうやら、会社の敷地から脱走した異界生物の討伐らしい。第三種であり、形状は虫型、とある。

 実戦と言っても、本当にありさに直接闘わせるわけではない。あくまで、ありさ自身は後方で戦況を確認しておけばいい、とのこと。そして、内容の下に書かれた参加者の名簿、戦闘担当には『坂本織香』『小林留美子』の文字。


 どうすべきか分からず、電子板の前で凍り付いていると、壁にとりついている電話から音がかかってきた。

「あの、これって?」

「やっぱり驚いてるのね、ありさ」 まんざらでもなさそうな口調の織香。

「でも、待ってください。私、まだ武器の扱いに履修しきってないんですよ」

 この地下空間に来てからまだ二ヶ月程度。何回か魔法少女に変身してその力を発揮したことがあるとはいえ、それを戦闘などに向けたことは一度もない。それどころか、

「あなたは私の後ろに控えてればいい。まだ戦闘には慣れていないだろうから」

「これはありさにとって見学みたいなものだから。怖がったりする必要なんてない。」

「もちろん異界生物だから魔法少女に変身する必要はある。自分の身は自分で守らなければならないし」

 急に思い出すのは、やはり注射の感触。を思出し、震える。

「私たちの存在は誰にも知られてはならない。この身体自体が機密の塊だからね。まあ知られても普通の人には分からないけど」

 一体、私に何をしろってんだ?

「取りあえず、その日まで訓練しておくことね。……死ぬかもしれないから」

 ありさは受話器を握りしめたまま。


 ◇


 ありさは目隠をされ、走るトラックの中にいた。闘う場所がどこなのかとか、何時間そこにいるのか、と言った内容も指示されなかった。他の魔法少女とも一切口がきけない状態で、広い座席の奥、ありさはじめじめした空気に耐えて無意味な時間を浪費せねばならなかった。

 もう、極めて深い夜。

 降りるにしても、説明は受けなかった。いきなり男たちに目隠しを解かれ、先輩たちも反射的に外へ降りる。

 トラックの側面が開くと、先輩たちはおもむろに中から武器を取りだしてそのまま闇夜の中へと飛込んでいった。その武器と来たら、やけに大きく鈍い色で、男でもこれを扱えるのは少ないと見える。

 ありさの武器はそこになかった。実物を見せてもらっただけで、実戦がまだ許されていないのだ。紫色のやけに長ったらしい杖。魔法少女の脳波に反応して衝撃波を放つとの謳歌ふれこみだったが、その実用についてはまったく想像が。

 身のまわりの点検を終えて外側の暗闇を見渡す。どうやら鬱蒼とした森の中らしい。

 そこから近くに目を転じて織香と視線が合った時、心底安心した。しかし、何も口に出さないまま、指の合図で自分たちの向きに行くよう指示するだけだ。ありさは闇雲に従う外なかった。

 三人はまるで悲しい事件でもあったかのように無言。そこから誰かが口を開いた時、それは無論場を紛らわすための会話では。


「来たわね」

「ああ。来たな」

 留美子は低い声だった。

「変身するぞ」

「うん」

 二人が何かを話合う。それから振り返ったのは織香。

「ありさ。あなたは後方の支援をお願い」

 もはや細かい説明について訊いている余裕はない。一体何と闘うのか、敵の正体が何なのか、そんな怖れを聴かせる時間などないのだ。


 三人の手には目薬程度の小さなボトルが握られている。ありさが初め受けた注射と変わらず、緑色の異様に澄みきった液体。

 それを先輩二人は何の躊躇もなく金属板の一角にある凹に差込み、ふたを回す。

 数秒の遅れの後、従うありさ。


 腕について薄い金属板から小さな棒状の突起を傾け上げ、成分を体内に注射。ありさは急に体中がよじれるような痛みに襲われ、目の前が見えなくなる。しかし、それもまた一瞬。

 視覚や嗅覚が凄まじい速度で冴えてきて、ありさの心臓が刺激に苦しむ。こればかりは何度経験してもなれそうにない。

 そしてありさの前にいたのは、魔法少女ブリザードおるかと魔法少女スナイプるみこの二人だった。

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