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05 会話、口論

「ありさちゃん、魔法少女初変身……か!」

 恐る恐る自分の経験を話した時、

「これでありさちゃんも私たちの仲間入りなんだね! おめでとう!」

 如月きさらぎしおりに肩を叩かれて、ありさはびくっとした。全くうれしくとも何ともないのだ。ただ、芹奈に気に入られたらしいのでただ胸を撫下ろしているというだけで。

「あまり称揚もちあげ過ぎない方がいいわよ。成果を出さない人間は容易に捨てられるんだからね」

 依然として醒めた弥良。

「で、最近何かいいことでもあったの、織香様?」

 ありさが不満なのは、弥良は人によって態度の違いが激しいということだ。栞や織香みたいな先輩には慇懃なくせに、ありさ相手には調子に乗った風を崩しもしない。

 幸いだったのは、他の魔法少女たちがそんな風に同調しないことだ。弥良の文句なんて簡単に受流す。そんなわけで、ありさは辛うじてこの雰囲気に耐えていた。


 食堂に魔法少女たちが並ぶ時間が今日も始まる。

 ありさは基本口数が少ない。大体興味のある話題なんてほとんどない。そもそも関係が少ない。

「みーくんにね、豪華な腕時計を買ってあげられそうなの!」

 みーくんの言葉が出る時、織香は珍しく嬉しげで幼い顔になる。

 みーくんは、織香が自分の部屋に飾っている、帽子をかぶった男の子のぬいぐるみである。ありさはいつも通りかかる時、織香がみーくんを抱いているのを見た。訓練室に入る時ですら。

 守春や芹奈によく叱られないな、と感心してしまう。そうでもしなければ精神の均衡を保てないのは分かる。ここは学校の狎合の場ではないのだ。

「みーくんは私をずっと裏で支えてくれたの。だからみーくんは私が守るの!」

「すごい、みーくん!」 弥良が叫ぶ。

 ここで何か挿入しなければいけいないだろうと思った。


「でも、ここにみーくんはいませんけど?」

 ありさが適当な所につっこみを入れる。

「は?」 織香は急に嫌そうな顔に変わる。

 今、そばにみーくんはいない。隣の席には栞と織香がおり、反対側にありさと弥良。

「また怒らせた、織香先輩を!」

 いきりたつ弥良。

 しかし織香は肩をすくめて頭を横に。

「そうじゃなくてね、弥良」

 顔のしわが強く、深刻な表情になっている。

「昨日私をみーくんが押し倒してきたの。だから疲れてるだろうと思って休ませてあげてるのよ」

 重大なことであるかのように、彼女は語った。ぞっとした。

 それが意味する所が、自分の理解を越過ぎていたから。もしそれを理解してしまえば、ますます、この狂った環境の中でしか生きられなくなるのではないかと、そう直感したからだ。

 この空間には、男がいない。恋愛関係を結べる人間なんていない。ここにいる魔法少女たちは、そんな孤独を癒す代わりにはなりえない。結局は化学工業によって庇護され、育成されている対象に過ぎないのだから。

 ある意味、その過酷な現実を無視するためにも、そういう虚構に埋もれる他ないのかもしれないが……。

「何冷たい顔してるのよ、ありさ」 弥良が容赦のない詰問。

 頬杖を突きながら。

「それだからあなたはここの世界に未だ順応しきってないんだよ。あなたみたいに外の世界で苦しんできた人は逆に混乱するのかもしれないけどさ」

 何気に意味深な発言に、ありさのもやもやとした思考が止まる。

「何言うの、あんたにこの子の中身が分かるとでも言うの?」

 とがめる栞。

「別に?」

 ありさは面食らって返す言葉がない。


 弥良が語りかけた時、誰もが眉毛が垂下がっていた。魔法少女としての自覚に醒めていき、巷の女の子らしさを脱棄てていく。

「私は……生まれた時からこの会社の中で生きてきた。生まれつきの魔法少女として育ってきた」

 その空気の変化にありさは驚いていた。誰もが、育ちの良さそうな服装をしているだけに、この閉じた世界での空気を醸していく様は眩暈めまいがした。

「外の世界は危険な場所だと思ってる。人が簡単に死んでしまうし。何を考えているか分からない奴だってたくさんいるし。それに比べれば、ここの暮らしは自由がない。……けど、安全がある」

 織香はすっかり先ほどの乱した様子をかき消し、先輩めいた澄ました顔を浮かべている。

 弥良はこれにつけこんで、

「あなたはどんな風に生きてきたの? 私たちが悲惨な人生だって心で思ってるんじゃない? でも、本当は感謝したいくらいさ」

「そんなこと、言われたって……!」

 ありさはうつむいて、下半身を静かに震わせた。

 栞は人差指をぐりぐり回してからかう。

「ほらほら。そうやってありさを追い詰める~」

 このままだとあの時の自分が蘇ってしまうかもしれない……。煽りに屈したくないのに、弥良に対する反感が理性では抑えきれない。

「でもまあ……仕方ないんだろう。そういう環境で育ったんだから?」

 織香がとうとう叫ぶ。


「私は氷を司る魔法少女よ。もしあなたが火を出すなら私が凍らせてあげる」

 気迫にさすがの弥良も黙ってしまう。

「すご~い、織香姉貴」 栞の掌を返したみたいな安堵ぶりに、またもや肩透かしを食らう。

「まあ私の力を使えば殴りかかられても相手の衝撃を跳返すくらい、容易なんだけどね」

 ありさはふと、孤独感にさいなまれた。自分が異物であるという錯覚を抑えきれない。最初こそ彼女たちに順応しようとした。自分から化けの皮をまとおうとした。それが早くも崩れかかっている。


「私は怒ってはいませんよ。ただ、何か返事に困ってしまっただけで……」

 けれど、そこから言葉が続かない。気まずい雰囲気が止まらない。


「魔法少女の皆様方にお報告しらせがあります!」

 すると食堂の扉の前に守春が立って、こちらに告げてきた。

「一週間後、ホールのスクリーンにて進藤しんどう貞之さだゆき社長のご挨拶が上映されます。皆さんも是非魔法少女としての矜持をお見せください」

「へえ、珍しいじゃない」

 進藤貞之……この進藤化学工業の社長であり、最大の権力の持主。ありさはその存在を、ただ座学でしか知らない。何でも、先代社長がやり遺した様々な事業を引き継いでやっているそうだとか。

 あまりに意識の高そうな内容だったから、半分も耳に入っているか甚だ疑わしいが。


「社長がこの事業でたくさんお金を稼いでいるから、私たちが食べていけるのよ! ほら、敬いなさい」 弥良が再びありさに叫ぶ。

「言われなくたって、分かってる」

 苛立ちを隠せず、ありさはきっとした口調になってしまう。

「言われなくたってって……」 今度は、弥良の方がうろたえている。

「皆様方、何かご不満のことがおありで……?」

 守春は瞳を左右に揺らし、冷汗を垂らした。

 機転を察して、栞が提言。

「いえ、ちょっとした喧嘩があっただけなんですよ~! こういうのって私たちの間じゃ日常茶飯事で……」

「ありさ様の顔がやや青白いようですが……」

 そうだ。ただ単に、気分が悪いだけだ。それ以上の深いものなんて、ない。

「栞さんの言う通です」

 胸を撫下ろす守春。

「いいえ。神聖な魔法少女様の間に不和があってはなりませんから」



 守春が去ってから最初に口を開いたのは最初に織香だった、

「守春さまだったから良かったけど、芹奈さんだったらどうなってたか知れないわ」

 弥良は首をかしげて、

「……魔法少女が進藤化学工業に忠誠を誓うのは当然では?」

「そうだよ。進藤化学工業万歳!」と両手を挙げて栞。

「あなた達ったら、本当に愚直……」

「何ですか、そうやって思わせぶりな態度とるのって」

 弥良がこの上なく小声になっているが、やはりありさへの異議いちゃもんを言外に含んでいるのは明らか。

 弥良は釈然としない。

 なぜ、この子はここに入れたことを素晴らしいと思わないのだろうか。今まで外の世界で打ちのめされてきたのなら当然なはずではないか。なのに私たちになじもうともしないで。

 一方、織香。その様子を微塵も見せなかったが、本当は怖れていた。

 この子は……菅ありさは、何を考えている?

 そのだるそうな顔。ただここの環境に慣れていないから、というだけでは説明できない闇を感じとった。

「あの……すみません。まだここの空気がよく分からないんです」

 何だよ、もう。ますます正しい振舞が分からなくなる。

「別に、怒ってるわけじゃない。新人に教えてやってるだけなんだから」

「ありさは結構自分に正直な方なんだね」 口角を挙げる栞。


 理由は分からないが、何か不気味な可能性がほの見える。

 魔法少女としての蓄積など皆無。外見にしても、身体能力に優れているとは思えない。しかし、それ以上に底知れないものがこの子につきまとっているとしか。

 何をしでかすか分からない。私と同じように。

「いいわ。ありさ、もう部屋に戻りなさい」

「部屋に戻るって、どうするんですか?」

 ビデオを見るか、社訓を読むか、寝るか以外の選択肢などないではないか。

「このまま話し続けたって楽しくないでしょうに」

 急に途方に暮れた気分。またもやありさは周囲から孤立していくのを感じた。今までさんざんな位味わってきたものと同じものだ。

 一体どうすればいいんだろう。結局、ここでも私は退者のけものになる他ないのだろうか。

「やっぱり……私、部屋に戻ります」

「ちょっと、まだ話は終わってないよ」 弥良が鋭い声で引留めようと。

「大丈夫だって、すぐありさも私たちと同じようになるからさ」

 同じようになる……? この私が……? 一体何が同じになるってんだよ?

 ありさはますます無視された気分になり、黙って立って出て行ってしまった。

「面白い奴」

 小さく織香がつぶやく。

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