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04 地下牢の少女たち

「あなたが菅ありさ?」

 弥良はありさの前に立ち、じろじろとその顔をにらむ。

「年齢にしてはかなり背が低いね。どんな家庭で生まれ育ったのやら」

「……別に好きでこんな身長になったわけじゃないです」

 菅ありさは、この面々になじめる気がしなかった。十五歳という幼さは、この閉鎖的社会である魔法少女練兵所では微妙な地位を与えざるを得ないものだった。

 坂本織香(十七歳)、如月栞(十三歳)、武藤弥良(十一歳)など、この界隈には若い少女たちしか存在しない。考えていることのわからない大人たちが闊歩する外とはまるで別の宇宙。

 そんな連中に囲まれ、ありさは肩幅が狭い思いだった。

「せいぜい芹奈様に失望されないように努力がんばることね……私は期待しないけど」

 弥良に対してありさはいい気分がしなかった。それと同時に、邪な興味を持ってしまった。


 弥良の次には、より背の高い子、織香がありさに話しかけた。

「あなたはどういう力の魔法少女? 何か聞かされてる?」

 彼女たちの中で織香は最年長であり、姉貴分として慕われているらしかった。

 茶髪で尻の曲線も豊かに、すでに乳房も発達してきている。女性としての魅力が顕われてきている。

 ありさは彼女の姿に、自分の姉の姿を重合わせずにはいなかった。

「いえ……何も」

「私は氷の力は使える。その気になればこの空間を凍てつかせることだってできる。もっとも、一度変身しないと力は使えないけどね……」

 魔法少女という言葉と言えば架空の産物としてしか知らなかったありさにとって、自分を魔法少女として自覚している彼らの状況は異常だった。だが、その異常さにもすぐ慣れた。

 よく考えてみれば、彼女はありさが受けた『手術』をもっとも早く受けて、その鍛練を長く積んできたわけだ……。ぞっとしたが、そんな感情を伝えるわけにはいかなかった。

 そこでありさは、この少女たちに友達というような関係を期待してはいけないことを新たに知った。



 ありさは、一週間近く、部屋と食堂を往来し続ける生活を送った。進藤化学工業の歴史とか、異界の生命体や物理法則について詳しく指導を受けたが、正直な話それを覚える気には。むしろ、人々との出会の方が印象に残った。

「ありさ様、今日は何かお変わりありませんか?」

 世話しているのは野辺のべ守春しゅしゅん(四十二歳)という肩幅の広く、ややいかつい割には気立の優しい男で、どの魔法少女に対しても差別わけへだてせず、ありさに対しても親身に接してくれるのだった。

 男がそもそも少ないこの空間では守春は数少ない変者の一人だった。ありさにとっては芹奈や織香よりも守春の方がずっとしゃべり易かった。実際に深く話しこんだわけではないが、物腰がそう感じさせたのだ。

「こういう空間で何カ月も過ごして、退屈しません? 会う人とかも同じ……だし」

 ありさはその日、思い切ってこう尋ねることにした。

 聴いた守春は、ふと顔をそむけてはにかんだ表情。

「いや、私にとってはここの生活の方がずっと望ましいんです」

 少し間を置いて、

「私は生まれた時から日光を浴びて生きられない性質でしてね。どんな時でも特殊な服を着て出歩かなければ怪我をしてしまう体質なんです」

 

 守春も守春で何か人に言えない過去がありそうな雰囲気だった。

 ありさはそんな男を安心させようとして、片手で握拳を創りつつ、


「今日は第五訓練室で変身の練習があるんです。初めての変身で」

 それが魔法少女としての初めての訓練だった。

 ありさは、意外と不安な気持には襲われなかった。変身あれほど持っていたこの世への嫌悪感なんて、魔法少女として課された責務の重さの前に抱いてる場合じゃなかった。

「私は期待していますよ。ありさ様が進藤工業随一の魔法少女になられることを」

 守春は屈託のない笑顔で応えた。芹奈とは別種の笑顔だった。

 二人が話すこの円形ホールから、第五訓練室まではすぐそこ。両開の扉の上、ものものしい字で『関係者以外立入禁止』と書かれていた。この広大な牢獄では、機密につぐ機密が床から天井まで覆っている。



「よく来てくれたわね、未来の希望、菅ありさ!」

 芝居ぶった動きで、両手を挙げる芹奈。

「もしあなたが来てくれなかったら、私は一体どうしようかと……」

 まるで他の子にも言ってそうなセリフだ。ありさは、何か嫉妬みたいな癪に障る感情を受けたが、あえて口には出さない。

 守春によれば、芹奈に対し他の魔法少女の評価を訊くのはご法度らしいので。

「今日は、初めての変身訓練でしたね」

「そう。魔法少女ミラクルありさとしての初めての変身」

 部屋の壁、埋めこまれた予定表に『ミラクルありさ変身』と読んだ時には笑ってしまった。

 まるで自分が何かのヒロインになってしまったかのような錯覚があったから。しかし、二の腕に目をやる時、すぐ冷酷な現実に引戻される。数センチも伸びる、金属の板。ごく細いが、透明な液晶の向こうに、液体が空であると知らせる溝。


「より正確に言えば、異界生物のdnaからその力の一部を体に引寄せるってことね。憶えてる?」

 ありさは再び、怯えそうになった。ショックのためか記憶が朦朧あやふやになってはいたが、この体には人間ではない生物の肉片が備わっている。それどころか、地球の生物ですらない!

「は、はい!」

 ありさは、一週間ほどの必死で思出そうとした。

「この地球で言えば蝶みたいな生物みたいな。でも、あくまで」

 

 目薬ほどの容器を渡され、芹奈は耳元でささやいた。

「それを自分の腕に刺しなさい」


 容器の中の液体を板の穴に入れて、それから板を斜めに挙げて針を刺す。直後、電撃が走って一瞬姿勢を崩しそうになった。

 急に目の前に異様な靄。

 ありさは指で髪をつまみ、その目の前に示した。ピンク色の髪の毛だ。

 それだけではなく、まるで自分が別人になったかのように力が入ってきた。視界も、先ほどよりはずっとくっきりして、耳も冴えている。耳と言えば、頭に何かが生えている感触が……。

「そう、それが魔法少女よ!」

 芹奈は腰のポケットから化粧用の鏡を取りだして、ありさの頭を移した。直後、目が一気に丸くなる。その頭には、猫みたいな二つの耳。それから向こうにいるもう一つの瞳をじっと眺める。澄みきった紅の水晶。

 はじめ、意味が分からなかった。鏡の方に不審な誰かがいるのかと。けれど、自分の理性が正しくその姿を認識していることを否むわけにはいかなかった。いつまで経っても、同じなのだから。

「変身……しちゃったよ……」

 しばらくして出てきたのが、そのつぶやき。

「これこそが魔法少女としてのあなた」

 芹奈はリモコンらしい装置をぴこぴこ鳴らしながら説明。

「魔法少女になるといつもの時の何倍もの力が発揮されるのよ。常人には想像もできない力がね!」

 ありさから離れながら、その背後で、高い電子音を鳴らした。


「今のあなたなら、回避できるはず!」

 重苦しい金属音。

 壁の方で数十以上の銃口が開き、急な声を挙げて弾を装填し始める。

「え!? ちょっと待って――」

 ありさは反射的に体が動いた。自分ではない何かに操られたかのような感覚。確かに、自分以外の生物が憑いているとしか。

 数センチの距離をつめて、銃弾が通抜ける。一瞬すさまじい恐怖で、生きた心地がしなかった。

 だが、それもまた須臾の出来事。ありさが気分を落着けようとした時には、空気を切裂く音がゆっくり、重く響いていた。ありさの向こうには開いて銃口を向ける壁があり、ありさの前後左右では銃弾が『静止している』。後ろを向くと、うっすらと微笑を浮かべる芹奈がいて、床には役目を終え散らばる薬莢。意味の分からない光景だが、確かに今のありさは人間ではない何かへと変貌している。

 背後から鋭い風のうなりを感じてありさは胸をひねらせた。次の数発がくるのも理解できた。そして、のろい動きの走者を駆抜けるようにして、

「そうそう、その調子!」

 芹奈は手を叩きながら賛美ほめたたえる。

 さすが、私が見こんだ人物なだけある。

 これは保護しなきゃいけない……他の奴を捨ててでも。


 ◇


 ありさは、信じられないものを見た顔で部屋から出て行った。魔法少女から元の人間の姿に徐々にもそりつつある。その感覚の衰えに、まだ何度も立ちすくみそうに。

 天井には、格子模様のガラスの向こうに爽やかな青空が見える。何万もの画素で構成された液晶が映す偽りの空だ。圧迫感を与えないための配慮だろうが、むしろありさにとってはここが閉ざされた世界を強調する演出みたいでますます胸が締付けられる。

 すると、反対側から背の低い少女がやってきた。黄色いTシャツに赤いズボンと、派手な格好。服装の自由はここではかなり利くらしい。

「訓練受けてたのはあなただったのね、ありさ?」

 武藤弥良が脇腹に拳を当てながら。

「弥良……さん?」 年下の、それも近い年齢の子との接し方はいまだに分からない。ため口でも、敬語でも、失礼な雰囲気を与えそうな後ろめたさ。

「とても疲れました。何しろ全部が全部、体験したこともない感覚なので……」

「言うそばから、瞳が茶色に戻ってるわよ」

 弥良はそんなごまかし半分の会話には興味もないらしく、

「……せいぜい生残るがいいわ。私はあなたに何もしてやれないんだからね」

 もはや目を合わせず、横を通過ぎる。

「あと、織香さんの部屋には気安く訪れないことね」

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