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16 危険な計画

 それからは一見、何も変わらないような日々が続いた。守春は以前と変わらない様子で格闘訓練を指導している。芹奈でないためか、あまり頭の中に入らない。別に芹奈だからいいってものでもないが。

 だが、例の井尻姉妹とやらが常にこの地下牢を巡回している。特に織香がいる場所の近くに限って、二人が遠くから見張っているのだ。しかもこの二人と来たらこちら側から近づくと決まって遠ざかってしまう。だからありさ達はなかなか二人と接触することができずにいた。

 織香自身も、前に比べると口数が少なくなり、顔色も暗い。

「織香さん!」

 と叫んでも、

「……話しかけないで」と言って去っていってしまう。

「何があったんですか? この数週間に……」

 間違いなく、織香には何か複雑な何かがある。

「それは、ありさには知る必要なんてない」

 織香は冷たい目を見せて往ってしまう。

「やれやれ。あれほど仲が良かったのに」

 後ろで、詩鐘が冷やかす。ありさはかっとなった。

「あなたたちこそ、何が分かるんですか? ここに来て日が浅いというのに」

「別に? 魔法少女はお互いのことを信頼なんかしてない。そんな仲間意識なんてすぐ壊れてしまう」

「でも、織香さんがあんな風に変わってしまったら誰だってうたぐるよ!」

 是夏は、さほど重要なことでもない風で答える。

「あの人はね、芹奈様の姪だったのよ。元々は魔法少女にはなりたくなかったんだけど――」

「何それ!? 大スクープじゃない!!」

 突然、栞が割って入る。

「ちょっとあんたたち! 織香さんは今どうしてるの!?」

「けっ、人が来たか……」 舌打ちする詩鐘。

 姉妹は頑として口を開かない。

「あんたたちに教えるつもりはない。これは会社の機密にも関わることだからね」

 二人は少女らしくない冷酷さのこもった眼でにらみつけた。もはやありさと栞は言いかえす術を持たなかった。



「あいつら、本当に、嫌な奴らなんだから!」 腕くみする栞。

 それから、深刻な顔でありさに向き直り、

「……織香さんのこと、ありさも心配だよね。お願いなんだけど、私の部屋に来てくれない?」

 栞がやけに真剣なまなざしだったのでありさはぎょっとした。何か自分が悪いことをしたのではと。

「ど、どうしたの?」 今までそんな頼みを持ちかける時は、決まって気味の悪い笑顔を引提げているのが常なのに。

「だから私の部屋に来て」 栞は真顔のまま、近づく。

 妙に怖くなって、ありさは静かにうなずくことしかできなかった。


 なぜ、栞はあれほど覚悟を決めた顔をしているのか分からなかった。確かに死ぬ危険を冒しての任務だし、還ってきた時は、へえこの人、生きてたんだ――程度の軽い流し方でないと、到底やっていけない環境だ。

 しかし、栞はそんな事実のために何か重大めいたことを言う人間ではない。ならもっと想像のつかない事態があるはずだ……。


 栞の部屋に入った。意外と小綺麗な感じで、何かポスターめいたものが壁に貼ってあったがそれに注目するほどの余裕はなかった。

 そこには弥良もいた。険しい瞳だ。ありさはぎょっとした。

 きっと長く栞と口論を交わしたのだろう、今にも立ち上がりたげなものうい顔をしている。

「あんたと一緒にいるってのがかなり不都合なんだけど」

 ぎょっとしたありさの顔をじろじろ見据えながら、続ける。

「今私はね、あの姉妹たちが織香さんの命を奪おうとしてるはずって思ってるの。もちろん、こんなことはごくわずかな人にしか言ってないけど」

 ありさは、つとめて平静を装った。

 この場所ですら、盗聴されていないとは限らないのだ。

「私は……あの姉妹がとても受け付けないのよね。織香さんをつけ狙ってるし。私たちの言動すら盗聴きしている」

「確かにあれは、ただ織香さんを監視するというだけじゃない……私たち全体をまるで危険な奴だと思ってるみたいな」

 魔法少女がこの世界にとって脅威であるのは分かる。しかし、その危険視にも限度があるはずでは、とありさは思う。

「でも、どうして? 私たちは異界生物の力が目覚めなければ全く無力だというのに……」

 ありさの言葉に、栞が目を細めてつぶやく。

「社長様が魔法少女その物を消したがってるとか」

「いや、でもお父様の計画を簡単になかったことにしようなんて簡単に思わないはずだわ」

 弥良はうたぐる。

「ねえありさ、あんたは何か思ってることとかない?」


 黙っている間に、どんどん弥良は目を細めていく。

 言うしかないのか、と覚悟を決めて。


「私、聴いたの。織香さんが芹奈さんに恨みを持ってるみたいなこと。確か、私の部屋であの人と話した時に……」

 途端に彼らは、驚いていた。

「そ、それって、いつ!?」 異口同音にすりよる二人。

「あの……ルクス商会襲撃の数日前に、織香さんと部屋で。自分が魔法少女になったことを後悔してるみたいだった。とてもぎりぎりな表情で。だから多分、あの姉妹は織香さんに敵意を持ってると思う」

「……どうして」 ありさは感情の薄い栞の顔を不気味に思った。

「だってって、織香さんが芹奈様を訴えたんでしょ? だから芹奈様が拘禁されて……今は彼らに監視されている。どう考えたって織香さんがそのままでいられるはずがない」

「ありさは嘘がつけないから、多分それも真実よね」

 弥良はすぐに冷静な顔に戻って、

「それよ。栞はそれをありさに言いたがってたの。織香さんは多分上層部に危険に思われているから……不測の事態を防ぐために行動を起こしたいってわけ」


 深刻そうに腕をくむ栞。

「じゃあ、進藤化学工業にも反感を抱いてるってことね」

「でも……なら……どうする? 私たち、どっちの味方をすれば?」

 ありさにとっては、最初から答えは決まっていた。

 織香を守りたい。たとえ自分の身を危険にさらしても、あの陰険な姉妹から織香を助けなきゃいけない。

 だが栞と弥良にはもう一つの守るべき存在があった。会社だ。会社に対する忠誠のためには、いかなる障害をも破壊しなければならないのだ。

 ありさはそれを知っていた。だからこそ、妥協するわけにはいかなかった。

「みんなで織香さんを守る」

「なるほどね。でも、どうやって?」

 そう言われると、ありさは黙り込んでしまう。

「大体、反逆罪だよ? 会社を敵に回すってことだよ」

「私は賛成しない」

 ありさは泣きそうになった。


 弥良が面倒くさい顔で話しだした。

「ありさがどうしても織香さんを助けたい、そのために会社の意向に背く(ここで大部小声になった)というのなら、その手段がないわけじゃない」

 驚きに満ちた吐息。しかし、聴かれることを恐れて声は出ない。

「戦闘訓練の時には扉を開けることはできない。だから外回りの時、渡された容器を持ってこの地下牢を占拠する。そして……上層部と対立するのよ」

 その提案は、あまりに衝撃的だった。ありさですら、自分が間違って聴いているのではと疑った。

「弥良の言葉はなかなか聴捨てならないけど、そうも言ってられない」

「でも、織香さんは進藤化学工業にいたくない。そして私たちは助けなきゃいけない」

 と、ついていけない様子でありさ。

「大体、容器なんて奪ってどうするの? すぐに使い果たしてしまうだろうし」


 危険な計画に打解ける二人。


「私だってこれがあまりに非現実な方法ってのは分かってる。ましてこれが姉妹に漏れたら一貫の終わりだし……守春さんにもこのことを伝えるわけにはいかない。あの人も監視されていたからね」

 ありさが言う。

「でも芹奈さまが何もしないって可能性、とても考えられないよ。今の状況に手をこまねいている、なんてはずはないからね」

「伝える方法は? もしかしたら全部監視されてる可能性だってある」

 そこで弥良の提案。

「外の人間に分からせずに相手に伝える色々ある。そもそも気づかれさえせずにできるだけ」


 ありさにとっては、怖ろしくてならない。彼らは、この閉ざされた世界でみんなを騒ぎに巻きこむことすら厭わないのだ。魔法少女という人間でない身にされた以上、嘆いて見せても仕方のないことだが。

「じゃあ、事情が分からない人だって――」


「全員事情が分かってたら、反乱だなんて言わない。そもそも密告者も出るかもしれないんだから」

 やはり、魔法少女は信じあってはいないのだ。

 そして、人の命を決して重いとも考えていない。あの時栞か、あるいは弥良が人を撃ったのも、そこに事情があるのかもしれなかった。


 ◇


「ありさたちはどうしてるの?」

 芹奈は檻越の龍光に問うた。

「今のところは、特に変わりはないな」

「お前は恐くないんだな。これからどうなるのかが」

「織香はどうなると思う?」

「お前はちゃんと質問に答えろ」

「あなただって会社に対する忠誠なんてない癖に?」

 これが、一種の茶番でしかないことなど元から知っている。龍光がひそかに企てる大いなる計画。それに芹奈は乗りたかった。

 魔法少女を用いた世界の変革。この世界をずっと縛り続けて来た常識とやらを全てをひっくり返してやる。

「ああ。お前はしかるべき時にここを脱出する。そして魔法少女を率いて上層部に反乱を起こすのだ」

「合点したわよ」

 芹奈はもはや自信満々に笑っていた。


 白川龍光は芹奈の自信に満ちた顔を虚しく見つめながら。

 織香が恐らく長く生きて行けるはずはない。必ずここから脱出するだろう。

 そうすれば必ず会社は機密を守るために彼女を消さねばならない。だが魔法少女を一人も犠牲にすることがあってはならない。織香が大切だから? 魔法少女が貴重な軍事兵器だから? しかし、そんな推測は当てにならない。

 魔法少女は、より大きな目的のために存在するものなのだから。

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