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13 「循環」の栞

 弥良はさっさと手を止めない。そして苛立った声で問うよう、

「どうしたの? ありさも早くしてよ」

 ありさはただ、人を襲ったりするわけではないから最初は楽だろうとばかり思っていた。

 しかし、いざ自分が『破壊活動』にしなければならないとなると急に胸が苦しくなった。

「まさか……できないとでも言うの?」

 栞が横に立って静かにささやく。影でよく見えない表情に、異様な怖さがある。

「何だよ……折角私が見込んであげたっていうのに……」

 どこまでも身勝手な失望。

「やなやつ」

 ありさは立ちすくんだ。これまでに続けたあらゆる鍛練が、今ここで力を使わなければ全くの無駄になる。守春や芹奈の幻滅した顔が目に浮かぶかのごとく。


 栞も弥良もそれ以上何も言わず、コンテナを燃やしたり、あるいは拳で穴をあけて中を物色したりしていた。

 ありさの体内から何か金属めいた物が動き出した。しかし、何かが生えてくる前に、異様にとどろく動物の鳴声。

 蛇みたいな胴体に、虎か熊みたいな頭と腕のくっついた見るからにおぞましい猛獣。

「何なの、あれ……!?」

異世虎コトヨトラね!」

 またコトヨか、とありさは嫌な気分になる。

「私たちを最初からつけてたってわけ」

「さあ、暴れに行くよ」

 栞がすっと虎たちの前に立つ。対するコトヨトラたちの叫びはまるで虎というよりは何かの滝か炎のたぎる音みたいで、命とは別の何かが体内に宿っている気がした。

「し、栞!」 不意に叫ぶありさ。

「私の力が何だか分かってる?」 したり顔で言いそうな口調。

 栞が右腕を突然伸ばし、手をひらひらと振る。急に虎たちが脚を上げて跳びあがる。

 舞上がる尻尾。

 しかし栞は一歩も動かない。このままでは食らわれてしまう。さしものありさも反射的に体が動いた。もはやその位置は虚空に。


 虎たちが一気に叩きつけられた。まるで時間が逆転まきもどったかのように。いや、地面にその重々しい姿を埋めこんで、瓦礫と煙をまき挙げている。

「私の力は敵の攻撃をそっくりそのまま返してあげるの。我ながらなかなかチートだと思うんだけど」

 魔法少女リバースしおりの名称の由来。

「ここはあんたの自慢の場所じゃない」

 栞などどこ吹く風、弥良がぼやく。

「何が『ミラクル』なのか知りたい所だけど」

 最初からありさの返答など求めていなかった。すでに、彼女の意識は目前の敵に集中。


 弥良が手をなぎ払うと虎たちの間に炎が巻起こった。すでにその体からは近づけないほどの熱が放たれ、足まで伸びた髪が強風にあおられている。それでも数メートルの距離をあけてありさ身体能力自身も大いに向上しているからだろう。

 ありさは、それを視てまるで地獄の光景みたいだと思った。虎たちは立ちすくんだようにも見えるが、たいした傷を負ってはいないらしく、再び前へと進始めた。

 もはや騒ぎを聞きつけた人間がいてもおかしくない。


 逡巡するありさ。まただ。また、自分は過ちを繰り返そうとしている。

 私には、何ができる……? ミラクル。奇跡。何が起きるか……分からない。それが私の能力なのか。なら、それをどうやって発揮させればいい。

「私の横に立たないで、ありさ」

 聴覚も鋭敏なために、弥良の言葉もまるで目の前のささやきに思える。

 栞が地面のコンクリートを引きはがして虎たちへと吹きつけている。

 虎たちが何かを吐き出した。どす黒い、異臭を放つ液体が数メートル先。近づくことすらままならない。温度の変化はあまり感じないが、多分生身だったら身の毛がよだっているはずだ。


 何かの本能が『それ』を命じた気がしたて、ありさはなかば無意識にひとさし指を回した。

 すると一瞬無心となり、胸が急に高鳴りだした。

 手の甲から爪が伸びる。戦闘訓練で出した時より、よっぽど鋭利で長い。

 ばねのように敵に向かって飛出した。何か緑色のもやをまとって。

 一瞬何が起きたのか、ありさでもよく分からなかった。だがその後には恐怖感で心の中が一杯になった。虎たちの顔が間近。いや、よく見るとそれは虎ではない。目は、どう見ても虫の複眼だったし、歯は苔の生えた岩。動物を真似した――正体不明の何か。だが、敵の皮膚からほとばしった血液が視線をさえぎる。

 もはや、そこからは何が起きたかありさすら理解できずに。



 ネコマタは何でも指を振る仕草をよくするらしく、それによって自分の体に変色や脱皮など様々な変化を生むらしい。しかし人間がその力を引き出したらどうなるか、全くありさは知らなかった。

 あの芹奈のことだ。ひょっとしたら即興の命名なのかもしれないが。



 栞はしたり顔を浮かべ、指を鳴らした。

「なるほどね……ならその方法がある」

 そして、更なる注射を自分の腕に。

「ちょっと……私の体が――」

 地面に足をついていたとばかり思っていたありさが、急に虎のまわりを旋回しだした。

 弥良の放つ火が虎たちを怯やかし、ありさの爪が刀のように長くなり、その表面に突きささって深く切り刻んだ。ありさは回る目と震える頭で気が遠のきそうに。

 その動きを操るのは栞。物を元の位置に戻すという能力を使い、何度も二人の運動を繰返しているのだ。元の異界生物の力は精神操作だ。その危険な性質のために常に何重もの檻に閉鎖とじこめられていたのだが。

「ははっ! すごい! 私、操ってるよありさ! 弥良、同じことできる?」

「何を無茶な――」「ここは戦場だから」

 ありさの真似をしなきゃならないことに若干の不満を持ちながらも、弥良は反射的動きで腕に注射を刺す。

 がさりと暗闇の中、背中が割れて網目だらけの羽が突出る。織香と同じ、虫の異界生物なだけに。

「うう……!」 弥良もうめき声をあげながら虎たちの間を高速でめぐり始めた。もはやありさはほとんど気を失ったまま、その鋼鉄の刃で破壊を続ける兵器へと変貌した。

 その運動が何回ほど繰り返されたか。



 アスファルトの表面、虎たちの血と死骸が煙を巻上げる。煙の立ちのぼる元、急速に肉や骨だった物が欠片も残さず蒸発していく。本来この世に存在することが許されないため、『向側』に還ってしまうらしい。『向側』での彼らがどんな姿か知る由もないが。


 弥良はかなり疲労していたし、事実浅からず栞を恨んでいたが、それを言葉には出さない。

 栞はありさの顔をじろじろ観察する。

「やはり力を消耗しすぎたね……」

 栞の脇に抱かれたありさは、元の姿に衰え、白目、瀕死。

「ほらね、こいつは魔法少女と言うにも片手落じゃない。やはり排除されるべきだわ」

「あのさ、私の栞にそんなこと言わないでくれる?」

「またそんなこと――」

 彼らに、何やら冷たい視線が注がれていた。魔法少女の特性のために、その敵意は何倍にも膨れ上がって心臓を圧した。

 人がいた。ずっと見ていた。

 体格からして、恐らくここの職員なのだろう。

 舌打ちした弥良は、その胸を炎の槍で貫いた。

 ありさは、それを目撃してしまった。閉じつつあるかすかな視界から。

「人が……死んだ」

「何を。こんなの朝飯前の状況よ」

 ありさが何かを叫ぶ顔になっていたので口元を抑えた。すると再び気を失った。

 栞も元の姿に戻ったが、弥良もまたそろそろ元の姿を保てなくなっているらしく、首元が薄暗く光っていた。つまり、ここで三人普通の人間になってしまえば、ここの連中に始末されるのは目に見えてる。

「もうすぐ脱出しなきゃいけない」

「それは確かに。仕方ないな」

 弥良は両脇に二人を抱え、翼を広げて飛び去った。



 ありさは異様な空気を感じ取った。

 上に見えるのは夜の暗闇ではない。砂利に厚い壁で塞がれた地底だ。

 立っているのか、座っているのか、よく分からない。

「お前は、いつも一人だ」

 闇の地平線に、一人の人影が立っている。頭は影に覆われ、誰なのか分からない。しかし、その服装や体形はありさとよく似ていた。

「結局、誰にも看取られること無く、死ぬのかもな」

「さっきの人は……死んだの?」

「らしいな」

「……嘘」

 ありさに衝撃が降りた。驚くことすらできなかった。

 決して、生半可な覚悟でこんな所に身を置いていたわけではない。人が死ぬことは覚悟していた。だが、本当にそれが起きるとなると、覚悟が足りなかった。

 誰が殺したのか、すでに知っているからだ。それは、栞か、弥良かだ。当然ながら彼らがいい人間などとは微塵も信じていなかった。機会さえあれば、自分を抹殺するだろうことくらい容易に予想できた。けど、二人にだって普通の人間の女の子としての心があったはずなのだ。日常を楽しむ心が。そのためなら残酷なことなんてできるわけがないのに。けれど彼らはそれをやってしまった。もはや、彼らを以前と同じような眼で見ることはできないかもしれない。


 だがそれを詰問しようかと思っている内に――睡眠まどろみが訪れた。

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