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12 再び、戦場へ

「何の通知……?」

 やはり変わりばえのない、いかめしい明朝体で液晶に字が記される。特殊な技術で、ほとんど刺激のない光で、暗闇でも淡く輝くという特徴が、かえってその不気味さを強調している。

 

『任務:工場の潜入。敵対企業「ルクス商会」による改造人間技術の抹消』


「『抹消』だって……?」

 ありさは決まりの悪い顔。

「魔法少女は命じられれば破壊工作だってやる。珍しいことじゃない」

 経験ありそうな声。

「そんな、人聞きの悪そうな仕事……」

「人を殺すわけでもないのに」 織香はありさから目をそむけながら答える。

「私はそういうことを五回くらいやったことがあるから。そう難しいことじゃない」

 ありさは、どう返すべきか迷った。魔法少女として生きることだけが、今自分の生きるための道であることは理解している。だが、そこで与えられる命令だ。

「魔法少女はこの進藤化学工業だけじゃなくて色んな企業で開発されてるのよ。だから企業同士の潰合も当然起きる。私たちは自分の企業の技術を守るためにも闘わなくてはならない」

 企業のために。企業のために……闘わなくてはならない。それでしか、末恐ろしい気分になった。

「そうしなきゃ、私たちが企業に飼われてる意味がない」

「異常ですよ。こんな……人間が遺伝子改造されて、何十年も続いてるなんて」

 ずっと知らない世界の出来事だったのだ。こんな想像を絶する実験が幾度となく繰返され、今なお続いている。

 何もかもが信じられなくて、今でもなお現実味がない。

「でも……そこから逃出すわけにいかない。命ある限りは、そこから目を離してはいけない」

 もしかしたら、死ぬより怖ろしい。

「やはりあなた、優しいんだ。驚くわね」

「……私だって好きで魔法少女に改造されたわけじゃない」 けれど、小声でしか。

「ありさ、次の任務、がんばってね?」

 ありさの肩を叩く織香。何も言えなくなるありさ。

「じゃ、私はみーくんの世話をしなきゃいけないから。今日はもうここで」

 簡潔というよりは粗雑なあいさつを交わして、織香は出て行った。



 目の前にその女が現れた。

「会いたかったわよー、織香!」

 あまりにも対照的な二人の表情。

「私はあなたなんかに会いたくなかった」

 そのまま通り過ぎようと。

「あらー、すっかり忘れたの? 私がいなきゃあなたの命は今頃なかったってことを」

 織香は歯を食いしばる。

「一体そんなこと言って……何のために?」

「分かる? あなたは私の恵によって活かされているにすぎない。もし私が掌を返せば、あんたはすぐ工業の庇護を失うしかない、弱い存在」

「この女……!」

「最近ね、なかなか都合のいい存在が見つかったのよ。この魔法少女開発を進める上でいい実験材料がね。そいつから力を引出せれば……あなただってごく一匹のモルモットでしかなくなる」

 芹奈の目は、どこまでも物を見る目だ。人間としてのぬくもりなんて一欠片もない。

 人体実験と異界生物解剖に十年近く精を出したことに因る、その人間らしさの欠乏。織香は、この女こそ魔法少女にふさわしいのではないか、という気さえする。

「都合のいい存在って、何よ」

「あなたがさっき訪れた女の子のことよ。まあ妬けないことね」

 まさか自分の行動が読まれていた……!? 織香は自分が通ってきた道を思わず振返る。

 なぜ、ありさなのだ。ありさと芹奈の間に何か示合でもあるってのか?

「ありさについて何か知ってるとでも言うの!?」

「私が素直に機密でも教えてあげるっての」

 唇を弧に曲げ、不敵に笑った。誰に対する笑いなのか、まるで見当がつかなかった。


 芹奈は笑顔を解こうともせず手を振りながら横を通りすがる。

 織香はその手をつかもうとしたが――外れた。その次には、どんどん距離が離れていき、暗闇の底へ輪郭が消えた。ゆっくりした歩みだったはずなのに?

 驚く織香。まるで、何かの能力を使ったとしか思えない歩き方だった。

 いや、そんなことを気にしている場合ではない。ありさのことを疑う暇なんてない。


 私にとって重要なのは……この会社の体制に抗うことだ。


 ◇


「なぜ、ありさなんかと一緒にこの任務につかなきゃならないのよ!」

 弥良は相変わらずの不機嫌な声でいる。

『構成員:菅ありさ、武藤弥良、如月栞』と書かれているのを見た時、誰もが肩に重荷を背負った気分だったろう。無論会社の威信をかけた任務にそのような私情は禁物だが、常日頃顔を合わせている仲だけにこの場でもついつい私人としての面が出てきてしまう。

「あのさ、別に長くかかる任務じゃないんだから」

「長くかかるかどうかなんて関係ないよ! なんでありさが私の任務で一緒じゃないといけないかって言ってるのよ」

「私はありさと一緒でいていいけどなあ」

 三人は小走りで通路を走っていた。

「大体ありさはね、格闘技術でも最低の点数のままじゃない。そんなんで魔法少女が勤まるとでも思ってんの?」

「私のありさを責めないでくれる?」

「……私は栞のものじゃない」

 ありさは若干大きな声で叫んだ。小さい声になるつもりが、うっかり大声に。

 二人とも、面食らったようにありさの顔を見る。ありさは決まりの悪い表情になり、何も言えなくなる。正直言って、結局は任務でしかないのだからこんな所にまで人間関係を持込んでほしくない所だが。

「それより、これってまさか人と出会ったりしないよね?」

「当然でしょ。向こうだって魔法少女開発を隠してるんだから。だから表むき化学物質で起きた爆発事故に見せかけるのよ」

「ルクス商会のコンテナをぶっ潰すことでしょ?」

「そう。だからありさにはできるだけ私たちの存在がないかのように見せかけてもらえばいい」

「何? 震えてるの?」

「震えてなんかない」


 少女たちが向かうのは、いつものトラックだった。どこをどうやって辿って目的地につくのかは教えてくれないままだ。もしかしたら、進藤化学工業とかいう存在が虚無で、自作自演なのではないかとありさは疑ったことがある。しかし、それは無意味だった。少なくとも、業績や会社の敷地に関する情報は非常にはっきりと公開されており、これを何かの作為であるとみなすことは到底不可能だった。何より、訓練室では芹奈が地上の世界の情報をやけに詳しく語って聴かせるから、それほど情報が制限されている風には見えないのである。


 無言の男たちの前。いつも通り、薬品が配られ、目隠しをされる。二度目とはいえ、圧迫感あふれる瞬間にありさは息を呑んだ。しかし栞と弥良は十分慣れているのか何の声も漏らさない。ありさにも目隠しがかかる直前、栞がありさに手話のポーズをとったがありさには意味が分からなかった。


 ルクス商会という企業の詳細をありさは知らない。何でもイスラエルとか中国に魔法少女の『輸出』――この時点でありさの全身におぞけが走るのだが――しているらしい。

 となると、似たような境遇の子供たちがいるのか。もしかしたら出会ってしまうかもしれない。その時、自分は彼らに向かってどんな反応をしてしまうのだろう……?

 異界生物も、魔法少女も、進藤化学工業という枠組を越えて広がっているのなら、だとすると異界生物もこの闇の世界では公然とした存在なわけだ。だが、その秘密がいつまで守られる?

 その時期を算出しようとする前に、ふと寝ついてしまう。


 ありさは夢を見た。何の夢かは分からない。母や父が出てきたような気がする。場所は、砂地とか、雑木林が広がっていて空の色は淡い水色……。

 両親に関して、ありさが特に何か思うようなことはない。心のどこかで、あえて思出さないようにしている。思出せば、どんな傷を負うことか。それ以上に、魔法少女としての義務に追われ、家族のことなんて思い出している暇などなかった。

 一体、自分は何を言われたのだろう。もはや完全に忘却してしまっている。きっと良いことを言われたのではないだろうと思った。


 ◇


「いくよ……」

 三人がついに針を起こして動脈に刺す。痛みはない。蚊の針を応用しているからだ。

 その代わり、誰もが筋肉の収縮と急に鋭くなる感覚に襲われた。顔に土器のような文様が走って行き、肌が音と煙を立てて裂ける。

 弥良は魚みたいな鱗で体を覆っていた。しかしこう見えても火を使う魔法少女らしく、その淵に赤い光が流れている。栞は青銅みたいな黒ずんだ色の肌になっていた。

「……そんな姿なんだ、ありさ」

 弥良の頭からは何か触覚らしい鞭が生えている。元の異界生物がどんな姿か、想像もできない。

 ありさの上の方をじろじろ見つつ、

「猫耳か……いかにも弱そうな見た目」

 首をかしげつつ挑む表情。

「へえ? 私はかわいいと思うけどな!」

 栞はなだめるが、この人と言うより化物の外見ではまるで脅しにしか聞こえない。

「別にあこがれてるわけじゃないから。それより、闘う覚悟はできてる?」

 ありさたちは音を立てないように、静かに敷地の中を歩いた。あたりには何の用途に使うのか分からないコンテナやら積荷が所せしと並んでいた。なるほど、これは戦闘には向いた環境なのかもしれない。

「ここに薬品がある。これを壊すのよ」

 弥良の手から火が揚がる。

「熱っ」 不意にありさは叫び、コンテナの上に跳びあがった。

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