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11 お風呂場のたわむれ

「来てくれたんだ」

 指を舌でなめながら、気持ち悪い笑顔を浮かべてありさを見つめた。

 ここでは隠匿かくしだてすることなど何もない。誰もが自分の裸体を堂々と晒し本当の姿を三百六十度、見せつけている。

 壁にはピラミッド状の建物の左右にきらめくような色合いの高層ビルがずらり、空は夕焼。近未来、科学の叡智といった様子をこれ見よがしに主張しているかのよう。

「さあ、座って」

 栞は浴槽の縁に尻をおろして、その隣を指さす。ありさは、それに従うしかなかった。恐る恐る、栞が襲いかかってこないか畏れながら近づく。

 身長は、栞の方が微妙に高かった。数センチ。


「なんで、そんなに私が……好きなんですか?」 ありさは硬直して、口調までかしこまってしまう。

「何? まるで私が怖いって感じの顔だけど」

「だって……私たち、まだ会ったばかりだし」

 ありさはやはり前言ったことを繰返す。栞はようやくその笑顔を沈めて、表情に乏しくなる。

「こんな所ではね、女しかいない。女、女、女……むさ苦しいって思わない?」

 栞はいつにまして重い声で語りかけた。

「確かに、男と言えば守春さんとか龍光さんとかいないよね」

「そう。でもそんな男たちは心を許せる相手じゃない。残念だけど、私たちは男がいなさ過ぎて、あまりに人間関係に支障をきたしている。女には話しにくいことでも、女と話すしかない」

 

「女の子より、男の子の方が話しやすいってわけ?」

 ありさは尋ねた。

「そういうのもちょっと違う……多分私は、人のことをモノとしてしか見れてないのかもしれない」

「モノとして」

 ふと自分の境遇を思出し、ありさは再びぎょっとした。

 確かに自分もモノみたいに扱われてきた。親とか姉とか、ただ血が近いとか、住んでる場所が近いというだけで同胞としての意識を推しつけられた。

「女は共感を求めるから。自分の意見に従わない奴なんて邪魔者でしかない。でもありさは簡単に人になつかないよね」

「そりゃ、なつけるわけないよ」 皮肉めいて突放した。

 それすらも親近感を覚えるらしく、顔のほころぶ栞。

「そこらへん、私に似てるかなって思って。他の魔法少女たちはみんな自分たちが同じ存在とかってだけで馴れ馴れしくするんだから。」

 ありさの太ももを揉みながら静かにささやいた。

「ねえ、ありさ、私たちは一蓮托生って関係なんだよ。私たちは二人で一人になるために生まれてきた」


 肩を揺さぶりながら、


「今はまだこの進藤化学工業のでもその役目を終えたら、私たち二人でさ、誰も知らない場所に旅しにでかけようよ。そこで二人きりになってね……ふふ……」

 またもや自分の世界に入浸る栞を見るに堪えず、そっぽを向いた。

 その先に、小林留美子がいた。タオルで自分の体を拭きつつ、冷めた目で。

「あんたたち、仲が良かったのか」

「いや! これはですね……」

 すると栞がありさの体をさすりながら紹介。

「そう! 私たちははらの中にいた時から巡会う仲だったんです~!」

 ありさはただ単に恥ずかしいだけではなく、罪深い気分だった。あの時、自分が指示いいつけに従わなかったせい(あるいは、おかげ)でその命がある。

 留美子は眉をしかめず、淡泊な顔のまま、

「それで? ありさはその運命を受入れてるのか?」

「受け……入れてませんっ!」

 栞の手を振払い、急に立ち上がって、ありさは湯の中にひっくり返った。

「あばばっ!」

「ちょっと、ありさ!」

 栞がつかみかかろうとした。そして、金属の板に手を触れた。

 そこにだけ、触覚はない。栞のふくらみかけのピンクの肌が大きく映る。

 ありさはそこで、自分も含めて――ここにいる子供たちが実験を受けている、人間ではない存在だと思い出してしまった。

「ねえ、ありさ? 私の話、聴いてる?」

 栞がなおも懲りず、ありさの両肩に手を置いてくどく。


「……私、帰る」

「はあ?」

「私たち二人で、どこかに行った所で、この運命から逃れることなんて、できはしない」

 嫌な気分で、湯船から上陸していく。

「それはね、進藤化学工業が保証してくれるのよ」

 栞の妄言を無視して、ありさはしきられた洗面所の列の一つに入った。

 鏡をのぞいて、自分の顔がやけにこぎれいなことに気づいた。

 家にいた時は、もっと頬がこけていて、目に隈ができていたのだが。


「一体何があったのやら」 ありさの隣、肩をすくめる留美子。

「ありさ……待ってよ」

 栞は湯船につかったまま細いありさの背中に懇願。

 ありさは心を鬼にして、無視した。話し相手になってくれるのではないかと期待したものの、これでは良好な関係など維持できそうにない。再びぶり返す孤独感。

 ありさはかなりの程度迷ってから、しきり越に留美子に言った。

「留美子さんは……どういう経緯でここに?」

「お風呂のこと?」

「じゃなくて、この進藤化学工業に」

「そんなこと訊くのか」

 初陣の時のことを話すわけにいかないのが、どうしてももどかしい。


「私は物心つく前から親がいなくてさ。孤児院からこの練兵所に引取られた」

「そうなんですか……」

 留美子にしても、やはり深い闇を背負っているに違いない。

 ありさは段々、この話題について振れない方が良いのではないかと思った。

「ずっとここ以外の人間の生活なんて見たことがない。あんたはその面、やけに詳しそうだしな」

 返事が、うまくできない。

 ありさは留美子と話したかった。一体自分のことをどう思っているのか、

 いきなり熱湯がかかった。ありさは一瞬栞に浴びせられたのかと思ったが、

「選別だ! 背中を洗ってやる!」 響くのは留美子の声。

「ああ、うらやましい……!」

 栞が焼餅をやく声。タイルがびしゃびしゃ鳴る。

「ちょっと、滑るって……!」

 論争が始まり、ありさはますますタオルをつかむことができず、目も開けられない。

「私が洗うんだよ!」「ここが私が」

 どちらとも、譲ろうとせずにありさを弄ぶ。ほとんど嫌な気分になり、誰かへの関心など持ちたくもなくなるありさ。

 この地下牢では、少女であることが相手に取入る唯一の手段であるかのようだ。



 ありさはほとんどほてた顔を手でなでながら風呂を出た。更衣室や廊下の造りはやけに和風で、一級の旅館と言ってもよさそうな雰囲気が出ていた。

 栞はもはや恐怖感に近い嫌悪を感じ始めていたが、さすがにそれほど非常識な人間ではないのだろう、ここまで追ってはこなかった。

 そもそも栞に構っていられない理由がある。織香だ。彼女と会って話をしなければならない。決して雑談を求めている気配ではないと覚悟はしている。

 和風の部屋を限る扉を開けると、急に無機質な灰色の通路が現れた。平方十メートルほどあり、天井には四角窓を隔てて偽りの青空がのぞく均質な空間。

 そこから各魔法少女たちの寮まではすぐ隣。向かえば向かうほど、廊下は狭く、低くなっていく。


「……ありさ」

 しばらく歩くと、織香はありさの部屋の前でじっと立っていた。

「あの時は……すみませんでした」

 とつぶやいただけで、頭は下げなかった。他の人が見ていたら、どうなるか分かったものではない。

「じゃあ、あなたの部屋でしゃべろうか」

 ありさをカードキーを錠前に推しつけて、開ける。外にあらゆる部屋の中は完全にプライバシーが保護されており、覗見される恐れはない。


「何で命令を違反して、私たちの前に出たの?」

 正直言って、留美子にも同じことを言われるかと思ったのだ。

「織香さんがあんな目に遭うなんて耐えられなかったからです」

「……なぜ? あなたはまだ見込のある魔法少女よ。私なんてもうさかりを過ぎてるのに」

「そんなのどうだっていいです。私は織香さんを助けたかった!」

 本当は、自分こそどうなっても良いはずだった。よく分からない人間たちに導かれ、魔法少女として改造されてよく分からない場所にしょっぴかれて。もはや死んでるのか生きてるのか分からない状態だった。

 けど心の中では常に生きていたかった。誰かの価値を認めてもらいたかった。認めてもらわなければ死んでも死にきれない……そんな気分で、ありさは自分の道を突進んだ。

 そのことに後悔はしてない。けれど。


「魔法少女にそんな常識は通用しない。私はいずれ、魔法少女として自分を保つことはできない……いつか、理性を失って暴れるしかない運命」

「運命とか……そんなの!」

「本当なら、あなたは処分されてもおかしくない。魔法少女にとって工業は神と言ってもおかしくない。けど工業にとって魔法少女は単なる捨駒なのよ……」

 最初からそんな気はしていたが実際に言われるとかなりきつかった。あの松阪芹奈の熱心に満ちた視線も、過度の期待を寄せる言葉も、結局は自分を特別な存在であるかのように錯覚させる芝居に過ぎないとか。

「でも、ありさみたいな人がまだ生きているなんてね。こんな所にいるべき人間じゃない」

『こんな所』に言葉全体のストレス。

「織香さんって、どうしてここに? 芹奈さんってその時もいらっしゃったんですか?」

 すると織香が急に気色ばんだ顔になった。

「芹奈……あの女が――」

 すると突然、壁の電子掲示板から通知の音が鳴った。

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