第二夜:『車輪の唄』
9月1日分となります。
お題は、「任意の楽曲をテーマ及びタイトルとする」です
テーマ+タイトルをBUMP OF CHICKENさんの「車輪の唄」としてます。
それではどうぞ
それは、まだ僕達が小学生だった時の頃の話だ。
僕と幼なじみの彼女は、いつも二人で遊んでいた。他に友達がいないわけじゃなかったけど、だいたいは二人で遊んでいたのだ。
僕達が住んでいる町は、都会と言うには自然が豊富で、田舎と言うには、少し騒がしい。けれど、半々かというとそうでもない。自然が7ぐらいで、都会要素が3ぐらいだ。つまりは、都会の良さを少し取り入れつつも自然が溢れている感じだ。決して、中途半端なんかじゃない。
そんな町だから、山や川で遊ぶこともあれば、近所の少し大きいショッピングセンターに行くこともある。
そして、今日も今日とていつものように二人で遊ぶ。そんな日常が繰り返されるはずであったのだ。
それは、ある夏の日のことであった。
いつもは、どちらかともなく誘い遊びに出かけていた。今日は僕が、彼女を誘いに出かけた。
「なっちゃん。あーそーぼー!」
彼女がそれに答える。
「ケンちゃん…。いーいーよー!」
僕の名前を呼んだ時に、少し詰まっていたが、その後はいつものように彼女は返事をする。しかし、僕はそのことには気づいていなかった。いや、気づいていても特に気にしなかったのかもしれない。僕は楽しみでいっぱいだったのだ。
彼女が家から出てくる。そして、いつものように僕に声をかけるのだった。
「ケンちゃん。今日はどーする?」
「うーん、そうだなぁ。山もいいし、川もいいな。公園で遊ぶのもいいし、ショッピングセンターでの鬼ごっこも楽しそうだなぁ」
僕は盛大に悩んでいた。楽しいことがいっぱいあると何をするか悩むものだ。
そんな僕に彼女が言った。
「もぅ、ケンちゃん。ゆーじゅーふだんだよ」
「なっちゃん。それってどういう意味?」
「わかんない!」
僕達はしばしの間、無言であった。
少しした後、彼女は口を開いた。
「ねぇ、ケンちゃん。もし他にしたいことないなら、行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「うん。いいよ。どこに行くの?」
「山。山に行きたいんだ。私たちのお気に入りの場所!」
「いいよ!僕達の秘密の場所だね。さっそく行こうよ」
そういうや否や僕は山に向けて歩き始めようとした。しかし、足が前に進まなかった。彼女が僕の服を掴んで止めていたのだ。そして、彼女はこう言ったのだ。
「ケンちゃん。歩きじゃなくて今日は、ケンちゃんの自転車に乗っていきたいんだ」
僕は、自転車を取りに1度家まで戻ると、約束した場所へとペダルを踏み出す。 山へ行くのにわざわざ自転車を使うことはあまりないだろう。彼女の言い分はこうであった。
いつもは歩きで行ってるあの場所へいつもとは違う自転車で行ってみたいそうだ。しかも僕と一緒に。また違った景色が見られそうで。それにあの道はそこまで急でもなければ険しくもないから大丈夫でしょ、ということらしい。
確かにあの道だったらいけそうだけど、秘密の場所へたどり着く最後の道は結構急だった気がする。それでも違った景色が見れるのは楽しみだ。この時の僕は、そんなことを考えていた。
約束の場所へとたどり着くと、既に先に来ていた彼女に向けて手を振る。彼女もそれに気づくと僕に向けて手を振ってくる。
彼女と合流すると、自転車の後ろに乗せて走り出す。僕は、後ろに向けて声をかける。
「なっちゃん。危ないからしっかりつかまっててね」
「うん!」
彼女は笑顔で答えた。
最初のうちは、後ろにいる彼女と話しながら、時折周りの景色を見つつ楽しでいた。これが平坦な道ならいざ知らず、山道を後ろに人を乗せて漕いでいるので、だんだんと僕は余裕がなくなってきていた。息も乱れ始めていた。後ろから聞こえてくる彼女の「がんばって」という声に助けられながら来たけど、そろそろ限界かもしれない。
そんな折、再度後ろから彼女の声が聞こえてくる。
「ケンちゃん、がんばって!あともう少しだよ」
僕はその声には返事が出来なかった。それでも、あと少しという言葉を聞いて、頑張らなきゃという気持ちになり、最後のスパートをかけたのであった。
そして、僕たちは辿り着いたのだ。秘密の場所へと。
そこには何もない。見晴らしの良い景色が見えるのだ。そこから見下ろす景色はいつだって格別なものだった。だからこそ、僕たちのお気に入りの場所であり、秘密の場所なのだ。
今日は違った。格別なんてものじゃない。それは最高の景色であった。夕暮れどき。お日様が沈んていく時間帯。その景色がまさに目の前に広がっているのだ。それはとても綺麗だった。それだけじゃない。自転車で登りきった達成感を感じていた僕には、より最高のものに感じられたのだった。
彼女も僕と同じように感じたのかこう言った。
「ケンちゃん。夕焼けきれいだね」
「うん。すっごく綺麗だよね」
二人は、そう一言二言交わすとしばらくの間ずっと景色を眺めていた。
しばらく時間が過ぎると僕はもう帰ろうかと彼女に伝えようとしたところ、彼女が僕に言った。それはとても思いがけないことであった。
「ケンちゃん。あのね、私、明日この町から出ていくことになったんだ。」
「えっ?なっちゃん。どういうこと?そんなの聞いてないよ。急に出ていくだなんて・・・」
「ずっと黙っててごめんね。ちょっと前から決まってたの。でも中々言い出せなくて・・・」
彼女は顔を伏せた。
僕は、全く理解ができなかった。彼女がこの街を離れるなんて考えたこともなかったのだ。彼女と離れたくないそんな気持ちになった僕は、気がついたら口からその気持ちが溢れ出てしまっていたのだ。
「なっちゃん!それってやめにできないの?僕、なっちゃんと離れたくないよ!」
「そんなの無理だよ、ケンちゃん。私だって、ケンちゃんと離れたくないもん!でも無理なんだよ」
僕は、目頭が熱くなっていた。ゆだんすると、すぐにそこから涙がしたり落ちそうで。必死に耐えていた。
そんな僕に対して、涙を流しながら彼女は続けて言う。
「ほんとは、ケンちゃんに何も言わずに行こうかと思ってた。でもダメだった。ケンちゃんの顔が浮かんできて。もう会えないなんて嫌だと思ってた」
そこで彼女は一息ついてから続けて言った。
「でも今日会えて、ケンちゃんの顔を見て会えないのは嫌だけど、絶対にまたいつか会えるって思ったの。そう思ったら、嫌だけど私頑張れる気がして…だから…」
その後は、言葉にならなかった。ひとしきり彼女は泣くと、帰ろ、と僕に言った。
いまだに僕の頭の中はぐちゃぐちゃで訳が分からなくて、でも涙は出そうで、感情が溢れそうだったけど必死に耐えた。
そこから先のことはあまり覚えていないけれど、僕は再び彼女を後ろに乗せて送って行ったのだ。後ろを振り返ること無く。涙を零しながらペダルを漕いでいたのだ。
翌日。
僕は彼女の見送りに駅まで来ていた。まだ頭の中や感情に整理はついていなかったけれど、絶対に来なければと思ったのだ。
僕は、券売機で1番安い切符を買った。液のホームまで見送りに行くためだ。改札でお別れなんて言うのは絶対に嫌だったのだ。
僕は切符をひとしきり大事に握りしめると駅の中へと入っていった。
僕は、ホームで彼女と会う。どうやら彼女の方も僕を待っていたようだ。
僕は、彼女に声をかけようと思ったが、言葉が出てこなかった。伝えたいことはたくさんある。でも言葉にならなかったのだ。
そんな僕に彼女は、言葉を投げかけたのだった。
「ケンちゃん!これでお別れなんかじゃないからね。ぜったい、ぜったいまた戻ってくるからね。また会おうね!遊ぼうね!」
「うん…。ぜったい、ぜったいまた会おうね」
短い言葉ではあったが、そう言葉を交わし、僕は彼女を見送ったのであった。
それから十年の月日が流れた。ぼくは、大人になった。いまだにぼくはあの街にいる。仕事を探す時、この街を出ようと思った。しかし、出られなかったのだ。
季節は夏を迎えて、とても暑い。じっとしているから余計に暑いのだ。ならば、どこかに涼みに行けばいいのだが、僕はここから動けない。動けない理由があるのだ。でも暑い。服をパタパタさせるだけではさすがに厳しいようだ。
僕の耳には、電車の音が聞こえてくる。懐かしい音だ。昔を思い出す。
電車の音が止まった。
それから少しの時間がしてから僕に近づいてくる人が見える。
その人は僕のすぐ側まで近づいてくるとこう声をかけてきたのだ。
「ケンちゃん!ただいま!約束通りまたこの街に帰ってきたよ!ケンちゃんに会いに来たよ」
「おかえり、なっちゃん!約束守ってくれたんだね。また会えて嬉しいよ」
こうして言葉を交わすと、二人は抱きしめあったのだ。
まるで二人を祝福するかのようにどこからかベルが聞こえてくる。
長い、長い年月を経て二人は再会することができたのであった。