3話 ルームメイト④
「――なんで、止めたんですか」
エリアがふと、そんなことを言った。
「そうですね。 ……簡単に言えば、意気地なしだからです」
やい、意気地なし。 部屋まで連れ込んで堪能しないとは何事か。 ――と言いたくなるところだが、貴族子女は流石にまずいと、理性がストッパーをかけるのも無理はない。
名家の子女にとって、『初夜』は結婚まで取っておくべきものである。 少なくともカーロンは、そう認識している。
余程世俗にまみれたり、不幸な目に遭わなかったりしない限りは気にしなくていい事なのだが、こうやって世間知らずのまま飛び出してくる貴族の美少女は本当に危険である。 うっかり食べようものなら最悪、抱いたほうの首が飛ぶのだ。
「意気地なし、ですか。 ――ふふっ」
そうやって、エリアは笑った。
「いえ、貴方は優しい人ですよ。 だからこそ、私に乱暴をしなかったのでしょう?」
隠してもわかるんですよ、と言う感じである。 どうにも、カーロンは一枚上手だと錯覚していただけらしい。
「いえ、それは――」
「まぁ、どちらでもいいです」
否定しようとするカーロンの声を遮って、エリアは優しい声をかける。
そして。
「その判断は正確ですよ、カーロン。
貴方があのまま欲望に身を任せていれば、叩き斬っていましたから」
いつの間にか、カーロンの首に剣が添えられていた。
これこそはトライスター家の至宝、星剣トライスター。
彼女が家から持ち出した、家督継承の証である。
「――ははっ、笑えない冗談だ」
言葉が出ただけでも、大したものである。
カーロンの首から冷汗が流れた。 恥ずかしいなんて感情より前に、死んでいたかもしれなかったという恐怖が、全身を走り抜けたのである。
「まぁでも、今度からは気を付けましょうか。 毎晩これでは、ただの人斬りです」
何も、言えたものではない。
この少女はただの腹ペコ美少女ではなく。
素人目に見ても達人の剣士である、腹ペコ美少女だったのだ。
そこを見間違えた、カーロンの負けである。
「――それは酷い。 と言うか今日も、何時斬られるか分かったものじゃないですね」
負け惜しみと言うよりも、純粋に怖いという理由で。
カーロンの口からこんな言葉が滑り落ちるのは、責めることができないだろう。
「そんなことはしません! 貴方が襲ってこなければ、どうと言う事はないのですから!」
「――信用できません。 一人部屋がないか確認してきますね」
金は余分に飛ぶが、命には代えられない。
エリアの抗議を無視して、ドアへ直行しようとするが――
「斬りませんから! 大丈夫ですから! だからいなくならないで下さい!」
エリアに泣きつかれて、問答を繰り返すこと三十分。
『剣をカーロンの近くの壁に立てかけておき、異常が発生しない限り朝まで触ってはならない』
という条件で、渋々了解を出したカーロンだったが。
今度は逆に、何時剣を引き寄せてくるのか、気が気でない夜になったようで。
風呂上がりのエリアが如何に男性を悩殺する気満々だろうが、すやすやと無防備な姿をさらしながら寝ていようが、カーロンはもう一切、心を動かさなかった。 生存本能が性欲に打ち勝った瞬間だった。
カーロン、まさに藪蛇。