3話 ルームメイト②
ギャグ回
一応、言っておくが。
彼は善人ではない。 いや、聖人ではない、と言うべきか。
目の前の美少女が『相部屋でもいい』なんて言い出したのに、
『いやいやそれは。 別の部屋を用意しますよ』
――なんて言うほど、偉くはないのだ。
「なぁ支配人、二人部屋空いてる?」
「はい。 空き部屋が一つありますが」
「じゃぁそれで」
即決。 一切の躊躇いもない。
「お代は金貨3枚です」
「オッケー。 はいこれ」
「頂戴いたします」
三万円相当の貨幣をポンと手渡すカーロン。 そして恒例、
「あ、これおまけね。 金貨じゃないのは許してくれー」
銀貨一枚を手渡し。 リンゴの時は銅貨(百円相当)だったような気もするが、あまり関係ないだろう。
「んじゃ、行こうか」
名前も聞かずに乙女と同室に泊まろうとするカーロン。 一体どうしたというのだ、前世ではもっとビビり――もとい、控えめだったろうに。
「は、はい」
そんなんだから、女子がビビるのだ。 名前くらい聞いておくべきだろう。
「――あ、名前聞いていなかったな」
緊張のせいか急に足が動かなくなったエリアに向けて、カーロンはそんなことを言った。
「名前、ですか」
「そう。 俺はカーロン。 ヴィンハイム村のカーロンだ。 君は?」
恐らく貴族様だろうと見当を付けながら、カーロンが問いかける。
「私はエリア。 エリア・トライスターです。 よろしくお願いします」
やっぱりな、とカーロンはほくそ笑んだ。 腹黒いことに、妙なところが計算ずくなのである。
「貴族様かぁ。 どうしよう、想定していなかった」
いけしゃぁしゃぁと嘘つきやがってこの野郎。 ――と、彼の心の声を聴いた人物なら思うだろう。
「失礼しました。 今からでも部屋を分けましょうか?」
「いえいえ、お気になさらず」
「ですが……」
「大丈夫ですから」
白けた問答が繰り返される。 ……なんだろう、平安時代に求婚された女性は、必ず一回はお断りしなくてはいけないとか言う慣習が思い出される。
「ありがとうございます。 ――それでは、参りましょうか」
急にエリアをエスコートし始めたカーロン。 戸惑いながらも従うエリアを見て、『しっかしほんとうに美少女だなぁ』なんて思っていたりする。
部屋に到達し、ドアを開ける。 エリアを中に入れればエスコート完了。 後は好き放題である。
「寝相は良いほうなので、安心してくださいね」
「は、はい。 わかりました」
今言う事だろうか、それは。
しかし彼も、何から話せばいいのかわかっていなかったりした。 何しろ女子とホテルインしたのはこれが最初なのだから。
「さて、と。
この宿には浴場があるそうです。 入ってきたらいかがでしょうか」
カーロンの言葉にエリアは『ピコーン』と言う効果音でもなりそうな勢いで顔を上げたが、
「浴場……。 私、メイドに背中を流してもらっていたものでして、その」
今更ながら、自分が一人で浴場に入れないのを思い出した様だ。
「お付きの方はいずこに?」
「それが……。 家を飛び出してきてしまいまして。 社会勉強だーと言って、執事も連れず」
危機管理力のない娘だなと、カーロンは苦笑した。
「そうなのですか。 なかなか危険でしたでしょうに。 どなたかに乱暴等されませんでしたか」
「いえ、今まではしっかりした宿に泊まっていたので。 背中の件は、宿の方にお願いして――」
――ならばなぜ、今は金欠なのだろうか? 彼が心底疑問に思ったのは当然と言える。
「では、なぜこのようなことに」
「えーとですね」
それを聞くとエリアは、頬を赤らめて目を逸らしながら――ついでに可愛らしい仕草を織り交ぜて――
「……酒場で、食べ過ぎちゃいまして」
「――は?」
流石のカーロンも、間抜けな顔になってしまった。