2話 母のくれたもの②
カーロンは、足が速いほうだ。 ……と言っても、凡人に毛が生えたくらいだが。
あちこちで雑用としてこき使われた上、父親に理不尽な走り込みをさせられたこともあった。 村での生活は地獄そのものだったが、凡人は地獄でこそ育つのかもしれない。
転生する前はさして早くなかったなぁと、カーロンは前世を懐かしんだ。 因みに、自分の名前は思い出せない。 何らかの要因が絡んでいるのだろうが、今の彼にはわからないことである。
小休止を挟みながら全速力で走れば、今日の宿にはたどり着けそうだ。
そんな目算でいたカーロンは、その実本当に、街へ日が暮れるまでに辿り着いた。
「通行料を」
「はいよ~。 騎士サマもご苦労さん。 これチップね」
通行料は銀貨三枚。 日本円にして三千円ほど。 カーロンは門を警備する騎士の手に銀貨を三枚渡し、ついでとばかりに追加で一枚、銀貨を手渡した。
「あ、あの」
「なんですかい? 麗しい騎士サマ」
いきなりの出来事に困ったのか、女騎士はカーロンを呼び止めた。 これが昼間なら早くしてくれと言うブーイングも飛んだだろうが、今は夕方に差し掛かろうとする時刻。 後ろはいない。
「チップとは、いったい」
そこか、とカーロンは心の中で苦笑した。 ……がしかし、顔には出さない。
「そうですねぇ。 『ご褒美』と言う意味ですよ」
適当に答える。 本来の意味だと、この騎士は嫌がりそうだ。
「そんな、受け取れません」
「いいんですよ。 男が見栄張ってるんだから、笑顔で見守ってくださいってば」
「で、ですが……」
彼女はまだ引き下がろうとしている。 しかし残念かな、バレバレである。
「それじゃ、失礼しますね」
嬉しいのを我慢している少女を残して、カーロンは街へ繰り出した。