一話 どうして、こうなった。 ②
自分で書いてて泣いたとか言う草も生えないシーン。
そんな彼に、転機が訪れた。
屑の顔など見たくもないと言い出した父親が、彼を帝都へと追い出したのだ――表向きは、出稼ぎに行かせる、という目的で。
その村にいる誰もが真意を理解したのだが、そんな話はどうでもいい。
少年は歓喜した。
夜中、音を立てずに狂喜乱舞した。
まさか、この地獄から抜け出すことができようとは。
へいへい、屑野郎はとっとと失せますよ御館様。 お嬢様もそのほうが気楽でしょう――
悲しむべきはその呼称。 もはや彼は、家族を家族と認識していなかった。
早く出ていけ馬鹿息子。 いや、貴様はそもそも息子ではないな。 こんな屑は、せめて生涯をかけて家族に貢献するべきだ。 お前もそう思うだろう、レミィ?
そうね、パパ。 的が居なくなるのは残念だけど、私の朝食にもう二個パンが増えると思ったら、許してあげないこともないわ。
それは、こちらも同じだったようだ。
カーロン……。 その――
彼の母親が何か口を挟もうとした、その時。
奥様、ご慈悲に感謝してもしきれませんが、無能にそんなものは無用でございます。 屑は屑らしく這いつくばって生きていきますので、どうかご心配なく――
カーロンはいつも決まって、この口上を使った。
彼の母親であるセーレンは、実の息子に対するあまりの仕打ちに耐え切れず、何度か口を挟もうと、息子を守ろうとしたことがあった。
それが、彼にとって救いだった。 しかしセーレンにそれをさせては彼女の立場が悪くなる。
いつもより精気に満ち溢れた姿で荷造りを行うカーロンを見て、セーレンは声を押し殺して泣くこともできず、ただ突っ立っているしかなかった。
実を言うと、この転機を作り出したのはセーレンだった。
どうにかしてカーロンを、せめてここではないどこかへ逃がすことはできないか?
必死に考えた結果、彼女の頭に浮かんだのがこの策だった。
愚者二人は喜んで賛成した。 これで賢者志望などと言うのだからもはや笑いすら起きない。 天才とはこうも屑なのだろうか? そんなことすら思えてくる有様だった。
と、言うわけで。 不肖カーロン18歳、めでたく帝都へ出発である。
人を愛しなさい。 人を頼りなさい。 あの人たちと違って、もっとやさしく、温かい人間は、世界にはたくさんいますから――
セーレンが涙腺を決壊させながら告げた言葉に、カーロンは人生で初めて、涙を流したという。
大丈夫ですよ母上。 誰よりも貴方が、それを教えてくれました――
何年ぶりだろうか。
親子は互いに抱擁し、今生の別れを惜しんだ。