色
ティティは手にしていた羊皮紙を握りつぶした。
「酷い……」
後方へと運ばれていく同胞達を見ながら呟く。
荘厳な神殿、その中にあって顔を掻き毟り、のた打ち回りながら倒れ込む仲間たちを見るのは心が痛んだ。
敵は一万匹ほどのゴブリンだったそうだ。白銀の鎧に身を包んだ彼等は見張りの眼を掻い潜り接近。襲い掛かって来たという。
油断していたつもりはない。
敵は戦巧者で知られる<迷路の迷宮>が率いるギルドだ。後背を脅かされる可能性を考慮して一〇〇〇名もの人員を出入り口の確保のために残していた。
悪鬼が如き力を見せるゴブリンとてこの大部隊相手ではどうにもならない。そう思っていた。事実、アレさえ居なければ今頃巨人達はあの小鬼共を蹂躙して勝鬨でも上げていただろう。
――異端の存在を無視した。それこそが、油断だった。
黒衣の騎士。それは単独で敵陣に乗り込み、中空を駆け巡りながら戦場を荒らしまわったという。二振りの魔剣によって巨人達を屠り、傷つけた。
奴の手による死者は一〇名ほどだったが、傷病者は一〇〇名を超えているそうだ。敵が使った毒はむしろ呪いに近い悪辣なものだったようだ。携帯している毒消薬程度では何の効果も現さない。後方へ移送し、腕の立つ神官が相応の時間を掛けて癒さなければ回復できないそうだ。
一人二人ならともかく一〇〇名以上の呪いを解呪している暇はない。戦況が落ち着かない今、そんな余裕はなかった。範囲回復などを使って現状維持に務めるのが精一杯だ。少なくともバトル期間中に戦線に復帰する事は出来ないだろう。
――こんな襲撃を繰り返されたら……。
城攻めどころの話じゃない。戦況すら傾けかねないほどの暴力。三ツ星級の巨人族をして足止めさえも出来ない強者。
「ずいぶんと好き放題言ってくれる」
この羊皮紙はその奴からの手紙だった。大将同士による一騎打ちを所望する決闘状だ。決闘は明日の正午。決闘に当たって奴は三つの条件を提示してきている。承諾しなければ再び好き勝手に暴れるという。
神殿中央まで単独で来る事。
決闘が終わるまでは城攻めは行わない事。
最後は殺されても文句は言わない事。
「最後のは言うまでもない……」
亡くなった同胞達の目蓋を閉じてやりながらティティは壮絶に笑った。
「ケンゴさん、僕はどうしたら強くなれますか……?」
「どうした、藪から棒に」
日課になっている模擬戦を終えた後、ルークは意を決してケンゴに尋ねた。
優れた戦士にはそれぞれ色が出る。
キールさんは銀だ。華やかに見えて繊細、粗雑に見えて緻密、その知性でもって戦いを分析し、その時々で最善と思われる選択をする。正道を歩いている。
クロエさんは黒だろう。敵の隙を付くために最適化された動きをする。打ち合っていたと思ったら消え、いつの間にか背後に回られている。見えない事、理解されない事を是とする。故に次にどんな色で攻めて来るか分からない暗殺者の牙。
老師は難しいけど赤っぽい。血の色のような赤。猛烈な戦意を滲ませながら重く強烈な斬撃を烈火の如き勢いで放ち続ける。数多の戦場で戦い続け、魔物を殺し、人を殺し、数え切れない屍の頂点の上から睥睨する傲慢不遜なドラゴンみたいな戦い方をする。
これまで見てきた一角の戦士達には須らく色が付いていた。
じゃあ、ケンゴさんは何かを言われると自信がない。透明あるいは虹色だと思う。変幻自在のトリックスター。前触れもなく鋭い刺突を放ってきたり、持ち前の豪腕を思いっきり振り被ってきたり、態勢を崩したと思ったらフェイクだったり。ダンジョンマスターだから魔法だってバンバン使う。四大元素の魔術を直接的、時に間接的に使用する。気が付けば追い詰められていたなんて事もしょっちゅうだ。
優れた鑑識眼を持つルークから見てもケンゴさんの戦い方は予想が付かなかった。それでいて彼の剣は他の誰よりも最も完成しているように思えた。
訓練場の端にあるベンチに座りながら説明すると、そんな事を話すとケンゴさんは申し訳なさそうに頬を掻いた。
「なるほど色というのは分かりやすいな。恐らく人それぞれに得意不得意があるからだろう。過去の戦闘経験から徐々に定石みたいに決まってくる。ルークはそれを色として認識しているんじゃないか?」
「じゃあケンゴさんの定石は何なんですか?」
「あー、かなり卑怯な話なんだが、俺の場合は弱点や不足している能力をDPで補えるからな……あまり当てにならんと思う。ダンジョンレベルが上がる毎に好き勝手にスキルを取って、思いついた先から試している状態だ。今日の模擬戦だって色々と試していたぞ。素人と一緒だ。自分の戦術っていうのを見つけられていないんだ」
なるほど定まっていないから無色なんだ、とルークは納得する。
「いずれ必勝法ってやつを見つけ出したいところだが、なかなかな。スキルが増えすぎて色々使い切れていない」
「スキルを、使い切る……」
「俺の長所は引き出しの多さだ。道具袋を目一杯に広げて活用出来ればどんな状況でも対応出来ると思っている。スキルだけじゃなく武器や魔導具、何でも使いたい」
あらゆる武具を使いこなせるキールさんと似たような感じなのだろか。
「彼とは明確に違うな。彼は手持ちの定石を状況によって使い分けている感じだな。最適な行動だけを取捨選択するから安定していて崩れない。しかし、ルークの分析力は大した物だな、きっと眼がいいんだろう」
「でも僕は自分の色が分からなくて」
他人の分析は出来ても、自分自身の分析はてんでだめだ。自分に目を向けた途端、何も分からなくなる。
「じゃあ、俺と一緒じゃないか。それはきっと定石が出来ていないんだ」
ルークは俯いた。自分にはケンゴさんのような多彩なスキルは持っていない。
それなのに定石も持っていない。
手札はなんて精々三つか四つ。二刀流が得意なのと、暗殺術が使えるのと、最近ようやく適正のあった風と水の魔法を習得し、二つの複合属性である雷撃魔法を覚えてきたくらいだ。
――どうしよう、今すぐにでも強くならなきゃいけないのに……。
定石は見つからず、色んなスキルに手を伸ばそうにも習得には時間がかかる。俯いたルークの頭を、ケンゴは優しく叩いた。
「ケンゴさん……」
「さっきの色の話じゃないが、俺はルークの<眼>の良さにはいつも驚かされているぞ」
「僕の眼?」
ルークは顔を上げた。
「ああ、勘の良さとでも言えばいいか。俺が新しいスキルを試している時、ルークは初見でも平然と対応してくる。心でも読まれているのかと思うこともしばしばだ」
「確かによく対応できたなって言われる事もありましたけど……しかしそれは誰でも出来る事じゃないですか」
「いや、そんな事はない。キールやクロエで試して成功して、意気揚々とルークに使うと簡単に防がれてしまう事がほとんどだ」
逆にそれでも成功した場合は正式な手札として登録するんだそうだ。全員に成功した手札は状況さえ見繕えば二回目でも通用する。
「だからルーク、お前は自分の<眼>にもっと自信を持て。後は経験さえ積めば勝手に強くなるはずだ」
ケンゴさんはそんな事を言って去っていった。新たに欲しいスキルが見つかったそうだ。次の模擬戦ではそれを使ってくるのだろう。油断できない。
「僕の眼か……」
ルークはそう呟いて空を仰いだ。
夏の空は抜けるほどに青く、どこまでも澄み渡っていた。




