ルークの覚醒
ルーク・メイズ。またの名を<天剣>と呼ばれている。無辜の民を救い続ける<メイズ抜刀隊>その一番槍に付けられた称号である。
由来はその独特の構えにある。左右に持った長剣を鳥が羽根を広げるように天高く掲げる事からそう付けられたそうだ。
一見、隙だらけのように感じられる構えだが、ルーク的には別に剣なんて振り被る必要はない。人体構造上、最も威力の出る<袈裟切り>を最短距離で放てるのだからそれを採用しない手はないだろうと思うのだ。
それを他人に言うと「すごい」とか「天才」だとか煽てられるのであまり口にはしないのだが。
「重いなぁ」
いつからか周囲の褒め言葉に素直に喜べなくなった。
自分は剣だ。剣を使って戦う事しか能がない。剣を扱えて当たり前。一度、戦場から離れれば何にも出来ない役立たずである。
キールさんは違う。彼は剣なら短剣から両手剣まで扱える。それだけでなく斧も槍、鎚にいたるまであらゆる武器を使いこなす事が可能だ。ついでに弓矢や投擲も大得意で長距離から敵の頭目を射抜いて見せるなんてしょっちゅうだ。
一番凄いのはその指揮能力だろう。超一流の戦士でありながら指揮官としても超一流なのだ。あれだけの戦闘能力を備えながら豊富な知識と優れた頭脳でその時々で最適な戦術を選び出す事が出来る。
その万能さによってあらゆる戦場であらゆる役割をこなす事が可能なのだ。マスターからの信頼も厚くギルドバトルでは総指揮官に任命されていて、ダンジョンの構成について度々意見を求められていた。
クロエさんも凄い。黒豹族特有のしなやかな身体から繰り出される短剣術は時に目で追えない事すらある。加えて彼女には暗殺術がある。影に隠れ、闇に潜み、どんな危険な任務でも容易くこなせてしまうほどの技量がある。
彼女ほどダンジョン運営に役に立っている人もいない。ダンジョンの出入り口があるお屋敷だけでなく買取ったメイズ区画の警備を一身に担っている。捕らえた密偵を懐に入れ、才能のある子供達を選抜して<メイズお庭番衆>なんて組織を作ってしまった。更に三〇〇〇名超という奴隷達の生活を守る<メイド・メイズ>の長でもある。
マスターの隣に常に侍り、仕事に夢中なって食事を抜けばすぐさま気付いてコアルームまで夕食を運び、夜も更ければベッドへと連れて行く。ディアさんが来れば持成し、闇商人のジャックさんが来れば伝言を受け、仕事を選別し各部署へと割り振っていく。
それでいて日々の鍛錬も欠かさないのだからたまらない。一体、いつ眠っているんだろう。
とにかくクロエさんなしに<迷路の迷宮>は絶対に回らない。マスターが大切にしている子供達がいつも笑顔で居られるのは彼女の献身があればこそだ。
――僕は違う……僕は劣化版なんだ。
やっている事といえば子供達の鍛錬に付き合う事くらいだ。といっても老師から聞いた事を自分なりに解釈しながら伝えているだけ。老師ほどの経験はないから結局、一段も二段も劣化したものになるだろう。
老師も剣だった。あの人は戦っている時以外はいつも呑んだくれていて、剣を持たなければ気のいい酒飲みのお爺ちゃんだった。でも強かった。誰よりも、圧倒的に、いっそ壮絶なまでに強かった。僕なんかじゃ到底敵わない遥かな高みに立っていた。
それでもいいと思っていた。いずれ経験を積めば老師にも追いつけるって信じていた。幸い僕はまだ成長限界を迎えていない。レベルアップは遅いけど伸びしろがある。一〇年、二〇年と時間をかければいつかは追いつけると思っていた。
――そんな訳、なかったのに。
ケンゴさんに会って、僕の考えは甘っちょろい子供の幻想なのだと思い知らされた。彼は異世界転移から若干、二十歳という年齢で五ツ星級の侵入者――老師と同じ頂きにまで登り詰めていた。
――今強くなければ意味がない。
あの時、交渉が失敗して戦いになっていたらどうなっていただろう。多分、倒す事は出来ただろう。僕とキールさんとクロエさん、抜刀隊の全員で囲み、波状攻撃を仕掛ければいい。<ハニートラップ>が仕掛けたのと同じことだ。休む暇もなく戦闘を強いることで体力を奪う。いずれ致命傷を与える事が出来ただろう。
でも、その時は確実に子供達は死んでいた。何人死ぬだろうか。百人、二百人、もしかしたら全員殺されてしまうかも知れない。マスターが命よりも大切にしている子供達が、だ。キールさんやクロエさんだってあのレベルの敵と相対せば無事では済まない。もちろん、僕だってやられてしまっていたかも知れない。
老師が居たら違った。一対一なら互角の戦いなっただろう。そこに眷属の一人でも加われば間違いなく勝利出来たはずだ。
マスターは優しすぎる。戦いの道具であるはずの僕等に感情移入し過ぎている。命を守るだけでは足りない。本当にあの人を護りたいなら、あの優しすぎる心まで――。
僕は強くなる。絶対に強くなる。そのために毎日鍛え上げてきたし、苦手な魔法だって勉強した。
それでもなおあの頂には届かない。じゃあ老師やケンゴさんにあって、僕に足りていないものは何だろうか。
そんなもの分かりきっている。経験だ。もちろん時間の長短じゃない。
死線。命を懸けてもなお遠い、本当の殺し合いが必要なんだ。これまではマスターやキールさん、老師といった大人達の配慮から本当に危険な戦場に投入された事はない。格下の普通にやれば絶対に勝てる相手としか戦った事はない。
今回の僕への命令だって部隊を率いて敵軍の後背を脅かし、城攻めに専念させない欲しいという要望だ。マスターは優しすぎて命令の前後には、くれぐれも無理せずとか危ないと思ったらすぐに逃げてとかが付いていた。
――ごめんなさい、マスター。
僕は殺す事にした。
序列一位<魔王城>が誇る最高幹部、五ツ星級の<大天使>を屠り、その眷属達さえ食らって見せた強大な<巨いなる暴君>を――。
<聖なるかな>、その荘厳な神殿にある隠し扉から戦場へ突入した。極力、静かに、でも速度を優先して駆けて行く。
彼等が纏う白銀の鎧は聖光に照らされた白亜の空間によく紛れた。
敵軍は神殿の属性よって巨人種だけで構成されていた。故に索敵能力は低い。
「あ、なんだ?」
最初に違和感を感じたのは見張り役の<単眼巨人>が目を向ける。足元、真っ白いキャンバスに一点だけ真っ黒なシミのような物が落ちているように見えたのだ。
「僕にぃぃいいぃぃ――ッ! 続けぇええぇぇ――ッ!!」
ルークが声を荒げた。ゴブリンの戦闘部隊を率いて敵に突貫する。
「て、てきしゅ――ッ」
見張り役は味方への警告を最後まで続ける事が出来なかった。
先行するルークは棒立ちとなっている巨人の体を速やかに駆け上がり、頭頂部まで登り詰めていたのだ。そしてルークは右手に掴んだ血色の魔剣を足元に突き刺す。
魔剣は強固な頭蓋を易々と貫いた。
そして根元まで突き刺したところで――
「<電撃>」
巨人がゆっくりと倒れていく。顔の大部分を占める単眼は裏返り、その巨体は打ち上げられた魚のように痙攣していた。
即死。いかに強靭な生命力を持っているとはいえ、脳髄に直接高圧電流を流し込まれれば死亡する。
「<突風>」
ルークは自らの足元へと魔法を放った。強力な風の魔法がルークを弾き飛ばす。下級魔法程度で程度でダメージを受けるようなステータスではないからこそ出来る芸当だ。
ゴブリン達には悪いが、置いてけぼりだ。そもそもルークには一万もの大軍を充分に指揮出来るほどの力量はない。その辺は予め生まれながらの指揮官たるレア個体、三ツ星級<ゴブリンキング>に一任してあるのだ。
ルークは神殿の屋根を支える石柱を蹴りながら高速移動を開始する。その速度はまさしく疾風迅雷。<単眼巨人>の間をすり抜けながらその最大の特徴である単眼を左手にある至極色――黒く毒々しい赤紫――の剣で切りつけて回る。
敵部隊は巨人種だけで構成されている。彼等は強く硬く速い。一本道を走らせる分にはその歩幅から速く走れる。長い腕を振るえばそのヘッドスピードは恐ろしいものになる。
だが鈍い。
人間が素早く飛び回る蝿を捕まえられないように、体長五メートルを超える<単眼巨人>もまた石柱の間を高速起動するルークを捉えられないのだ。
ルークが駆け抜けた先にはその場でのた打ち回り、もがき苦しみ、あるいは絶命する巨人達の姿が残されていた。
三ツ星級武具<死毒剣>。<王の剣>から輸入した武具モンスター<リビングソード>の進化形態だ。その効果は<猛毒><麻痺><即死>。切りつけた相手へ複数の毒素を送り込み、各種の状態異常に陥らせる呪われた剣だ。
「次はお前だ!」
群れから外れた個体を見つけ、駆け寄って切りつける。今度は右手の血色の剣だった。
<魔法喰らい(マナイーター)>。これもまた<リビングソード>の進化形態だ。その効果は<吸魔>。触れた物から<魔力>として奪い取り、使用者に送り込む。ケンゴが持つ<魂喰らい>の亜種と言えよう。
神々の末裔たる巨人族は大量の魔力を保有している。その殆どを生命力、あるいは怪力や頑強さといった身体能力強化に割り振っているだけで生粋の魔法使いでもあったのだ。
魔力を回復させたところで再び<突風>で中空へと舞い戻る。<死毒剣>を使って敵軍の中央で荒れ狂い、再び<魔法喰らい>で魔力を回復させる。
「ごああぁぁ――ッ!」
後ろではゴブリンと巨人族が一進一退の攻防を繰り広げていた。<単眼巨人>の猛攻に多くの犠牲を出しながら、数に勝るゴブリン種はそれを掻い潜り、足元を切りつけては崩し、その巨体にしがみ付いては銀の剣を突き刺している。
弓矢や魔法による援護射撃も積極的に行われているようだ。鋭い銀の矢が単眼を射抜き、火矢による連鎖魔法が強靭な皮膚を焼く。
――そろそろ、かな。
双方にかなりの犠牲者が出ている。そして奇襲による混乱やルークのかく乱によって優位を保ててはいるが、徐々に立て直して来ているようにも思える。
「みんな、一度立て直すよ!」
ルークは石柱を蹴りながら部隊へと帰参する。指揮を任されていた<ゴブリンキング>が声を上げ、彼等は元来た道を戻り始めた。
「逃がすと、思うかああぁぁぁ――ッ!」
巨人達が追撃を目論むも、ルークが殿となって防ぐ。目玉を切りつけ、頭に剣を指しては<電撃>を放つ。
「じゃ、お土産ね」
部隊の半数以上が隠し通路に戻れたところでルークはバッグから皮袋を取り出し、地面へと叩き付ける。
「<突風>」
ルークは呪文を唱える。
「うがああぁぁ」
「眼が、」
「ひぃぃ――ッ!」
悲鳴が上がる。巻き上げられた赤い煙――唐辛子の粉末が風に飛ばされ、巨人達の眼に入ったのだ。
「じゃあ、指揮官さんによろしくお伝え下さい」
ルークはそう言って隠し通路へと入っていった。




