城攻め
何百度目かの投石が行われた。人一人をすっぽりと覆い隠すほどの巨大な岩石が投石器によって天高く飛ばされ、敵軍へと殺到する。
それを見た巨人族は全身が隠れるほどの大盾を掲げる。一枚二枚と盾が重なり、岩石を受け止める。
「くそ、崩せねえ……」
隊列こそ乱れたものの、犠牲者はほとんどでなかったようだ。せいぜい一人か二人やれたらいい所だろう。
「は、圧倒的だな」
巨大な盾が十枚も並べば城壁が迫ってくるように思える。巨人だけならまだいい。その足元を固める人狼や吸血鬼も厄介だ。隙を付き、浸透してくるゴブリン戦士を確実に撥ね退けている。
一番厄介なのが死霊族による後方支援だ。一定間隔毎に範囲回復魔法が放たれるため、敵兵は多少の傷を恐れずに戦う事が出来る。
キールは着実に迫ってくる敵部隊を相手に焦っていた。指揮所へと続く進軍経路は全部で五つの城壁で守られている。既に一つは陥落させられ、もう二つ目も遠からず落ちるだろう。
ギルドバトル開始から三日が経った。本格的な防衛戦が始まったのは緒戦を終えて二時間ほどしてからの事だった。巨人族が盾を並べ、人狼や吸血鬼がゴブリン達を一蹴。橋頭堡を築いた。それから半日ほどどのように城壁を攻めるべきかと試行錯誤して翌日から進攻を再開した。そう考えれば一日一つずつ落ちている事になる。
「少しは休ませろってんだ!」
キールは叫びながら太い矢を投げつける。それは狙い過たず前線付近で指示を出していた隊長格の心臓を穿った。
キールが投げつけた矢は破城弓で使用される大型のものだ。羽根がついているだけでほとんど槍といっても過言ではないだろう。鏃は切っ先こそ鋭いものの、奥に行くほど分厚くなっていく。さらに棘まで付いていて突き刺さると周囲をごっそり丸ごと破壊する凶悪な代物である。
さしもの生命力の強い三ツ星級ユニットとて心臓から内臓までをズタズタに引き裂かれれば即死する。
「相変わらず、腹立つくらいに優秀だな!」
隊長格を殺され、多少の混乱はあったもののすぐさま別の人狼が指揮を執り始めた。進軍はすぐさま再開される。
「よし、全員撤退だ! さっさズラかれ!」
キールはそう言うと防衛部隊を引き連れ、撤退を始めた。
敵は強い。しかも優秀すぎる。死を恐れぬ獣の如き勇猛さと狙った獲物を確実に捕らえる狩人の冷淡さを兼ね備えている。このまま手を拱いていれば確実に攻略されてしまう。
「こんな戦い、いつまで耐えればいいんだよ」
キールはそう言って城壁を降りていった。
「投石、盾を集めろ!」
ウルトが叫ぶと巨人族が盾を重ね、飛来する岩石に対応する。
敵の投石器や破城弓からは引っ切り無しに砲撃が飛んでくる。巨人族はその度に少なからぬ被害が出た。
「人狼隊! 敵の浸透に気を付けろ、奴等は何処にいるか分からんぞ! 前線、休むな、進め! 後少しだぞ!」
ウルトの命令を伝えるため伝令役が走り去る。攻城戦開始から三日、彼女は一時も休む事無く前線に立ち続けている。声を荒げ、指示を出し、味方を鼓舞し続けている。喉が痛い。回復ポーションを使いたいが、今は戦場だ。いつ怪我を負うか分からない状況ではうかつに使用する事も出来ない。ある程度、時間を空けなければ回復薬は効果がないのである。
回復魔法は前線部隊が優先だ。ただでさえ後方部隊の台所事情は切実だ。一定タイミング毎に消費の激しい範囲回復魔法を行使しなければならない。魔力は常に枯渇気味、貴重な魔力回復薬を一日に何本も消費しながら何とか回している状況だ。命に別状のない痛みで彼等の負担を増やしたくない。
不意に目も霞む。この三日、ウルトは一度も眠れていない。どんな策略を弄してくるか分からない以上、指揮官たる自分が休むことなど出来ようはずがなかった。
「ふぅ……」
体力回復薬を飲む。部隊の指揮を任されている以上、集中を切らす訳にはいかない。だが、ティティお手製の魔法薬はとにかく不味いことで知られている。その分、効果は抜群にいいから始末に終えない。
残り二〇〇メートル。前線部隊は一〇〇メートルぐらいにまで迫っているだろうか。今の所、敵は特別な事をしてきていない。攻城兵器による砲撃とゴブリン戦士や暗殺者による浸透攻撃、慣れてしまえば大した事は――
――いや、あるね。皆、疲れ切ってる。
二四時間、片時も休める時がない。いくら見張り役が居るとはいえ、怒号、悲鳴、剣戟の音を聞きながらリラックスする事なんて出来ようはずがない。
「城壁、警戒!」
城壁の上に立つ白銀の騎士――緒戦で目にした敵司令官――の姿を見つけ、ウルトは声を上げた。
その声は僅かに間に合わなかった。その命令が届くよりも先に白銀騎士の腕から太い槍が放たれていたのだ。
「ロベルト!」
倒されたのは信頼する副官の一人だった。白く柔らかな毛並みを持つ若くて真面目な士官だった。疲れ切った兵士等の中で味方を鼓舞し、前線を支えてくれた有能な人狼の戦士だった。
駆け寄る。胸に大穴が空いていた。不思議と血は出ていない。当然だ、心臓を失っているのだから。
「すいま、せん、ウルト、様……おれ、けいかい、忘れて……」
「そんな事はいい。すまなかった。お前が疲れているのは分かっていた。もっと早くに交替させるべきだった……」
「……おれが、望んだ、こと、です」
「ありがとう、ロベルト……言い残す事は、あるか?」
「おれ、役に、立てました?」
「ああ、立ったとも。百の同胞に相当する働きを示したとも!」
ウルトは涙を流しながら言えばロベルトは弱々しく笑った。
「……お願い、します」
ウルトはロベルトの首を掻き抱き、その頭部を噛み千切った。そのまま飲み下す。
これは人狼族特有の手向けだった。彼の種族の生命力を非常に強い。そのせいで致命傷を負ってもしばらく生きてしまう。余計な苦しみを与えないための慈悲であった。
そしてこの慈悲は強い戦士の手によって行われる事を望まれる。強き者の一部となれれば、その後、その者が浴するであろう武勲を分け与えらてもらえると考えているからだ。
部隊を立て直した頃には、白銀の騎士は既に城壁から退いていた。
敵への恨みは抱かない。これは戦だ。殺し殺されるのが当たり前なのだ。だから彼の強き者には尊敬の念さえ抱いている。
――私は私が悔しい。
弱いからあの男に届かない。勝利も得られず、仲間だって守れない。
「こんな戦いがまだ七日も続くというのか……」
それは自身の無力を苛む刃だった。




