神話の魔法使い
ギルドバトル開始からほどなくしてメラミは白旗を掲げながら<闇の軍勢>のギルドダンジョンへ侵入した。
「おっ邪魔しまーす……あ、やば――」
そして無数の攻撃魔法――<火炎槍>と思しき高位の火魔法だ――に襲われる。
「<反転>!」
慌てて魔法を発動させる。メラミの目の前に青白い魔法のヴェールが作られた。
神代の時代の古代魔法は直撃コースにあった炎の槍を優しく包み込み、滑らせる。真っ直ぐに突き進んでいたはずの<火炎槍>はまるでU字パイプの中を通り抜けるように方向を変えた。
反転。進行方向を一八〇度引っくり返された<火炎槍>は発動者たる<闇の軍勢>へと襲い掛かった。
戦場にきのこ雲が生まれる。高位の火炎魔法<火炎槍>が<連鎖>して爆発したことで巨大な火柱が生まれたのだ。
爆発の範囲内に居た魔物はもちろん周囲に居た多くのモンスターが余波――莫大な熱量や猛烈な爆風――によって倒される。
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■現在のスコア
メラゾーマでもない 二二七万pt
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「すいませーん、メラミと申しますー。魔王さんにお取次ぎ願えますかー?」
メラミは白旗を掲げながら言う。敵部隊を半壊させたとは思えない気安い口調であった。
「ぐるああぁぁぁ――ッ!」
当然、仲間を殺された<闇の軍勢>は敵対者を見逃すはずもなく、人狼や吸血鬼が一斉に襲い掛かってくる。
「ちょっと話くらい聞いてくださいよ、もう<神域>!」
仕方なくメラミは失われたはずの古代魔法<神域>を発動させる。使用者の周囲に聖なる結界を作り出す恐るべき防御魔法だ。闇の種族である人狼や吸血鬼が結界内に侵入しようと試みるも触れた瞬間に吹き飛ばされていく。それどころか、あまりに強力な神聖により半数近くが浄化されてしまった。
「ねえ、ちょっと落ち着いてよ……魔王さんとお話させてくださいって。聞きたい事があるんですってば!」
続いて三ツ星級の<単眼巨人>が走り寄ってきて巨大な戦斧を振り下ろしてくる。魔族にとって恐ろしき領域でも亜人の一種たる巨人族には関係がない。
それでも古代魔法の名は伊達ではない。<神域>の薄いヴェールが巨大な戦斧を弾き返す様は異様でさえあった。
「あぶな! 死ぬかと思った!」
メラミは争い事が嫌いである。白旗を掲げて交渉しに来たのに問答無用で攻撃されるなんて言語道断。さしもの平和主義者だって頭に来てしまう。
「話も聞いてもらえないなんて! もういい! あたし、もう怒ったんだから!」
メラミは言って<瞬間移動>でダンジョンへと戻っていった。
ギルドダンジョン<メラゾーマでもない>の<決戦場>は屠殺場と化していた。居並ぶオークの群れを<宿り木の種>に所属するゴブリン集団が次々と倒しているのだ。
不思議なのはオークの群れが何の抵抗も示さないことであった。一ツ星級モンスター<ゴブリンウォリアー>の振るう剣が無抵抗のオークの頭部を跳ね飛ばし、両の手足を切断する。
その後、天然の狩人たる<ゴブリンハンター>達がオークの死体に群がって素早く解体していく。短剣を胸に突き刺して魔石を抉り出し、骨と肉と内臓に分解していくのだ。
分けた部位は台車によって運ばれ、魔石と骨と肉の山が築かれていた。饐えた血肉の臭いが漂う光景にクロエも若干困惑気味である。
それでも一万匹を超えるゴブリンの軍勢は首領たる<ゴブリンキング>の指揮の下、黙々と流れ作業を続けていく。昼夜を問わず続けられた解体作業により、一日足らずで二五万匹ものオークは部位ごとに見事に解体されてしまう。
「うーん、助かったよ、クロエちゃん」
クロエが振り返ると、そこには瓶底眼鏡に白衣を来た小柄な女性が嬉しそうに立っていた。
「メラミ、久しぶり」
「うんうん、相変わらずクロエちゃんはかあいいね。この耳とか、尻尾とか、それなのにこの冷めた表情がとってもキュート」
「で、進攻状況は?」
「クール! さすがピロト君の眷属だね。まだ会って二回目なのにこの冷たい対応、お姉さんたまんないよ」
「真面目な話」
「うん、ごめん。<決戦場>まではまだ二日くらいは掛かると思うよ」
現在<メラゾーマでもない>には二〇〇〇匹ほどの魔物が侵入してきていた。いずれも<闇の軍勢>に所属するモンスターであり、三ツ星級にまで育成された高位の魔物であった。小国くらいなら一晩で滅ぼせるほどの大戦力だった。
これほどの軍勢を跳ね返せるほど<メラゾーマでもない>は強くない。メラミのダンジョン<メラではない>はナンバーズでこそあるものの、古代ダンジョンの技術や防衛機構を流用しているおかげでランクイン出来ているに過ぎない。モンスターの質や量だけでいえば上位ランカーにも及ばないだろう。
ギルドメンバーだってメラミが創設した部活<メラミ総研>の部員達が集まって出来ただけの組織であり、ゲーム風に言うならば魔法の研究や魔導具の開発を専門に行う魔術師件錬金術師ギルドみたいな存在だった。
当然、戦闘能力も低い。
そもそもこのギルドバトル<年間王者決定戦>に参加したのだって、メラミが魔王との会談を行いたいためだ。それが破談になった以上、彼女には勝負を続ける理由もない。
「ふん、今頃、敵も焦ってるでしょうね!」
「……クラウンジュエル作戦だっけ?」
「ああ、あれはまあ物の例えだけどね」
<メラゾーマでもない>ではギルドバトルへの投資金額の二五〇〇万DP――数にして二五万匹もの<オーク>を召喚している。
そしてメラミは<闇の軍勢>が攻め込んでくる前にこの資産を<宿り木の種>に譲り渡す事にしたのだ。
故に<クラウンジュエル>。敵対的M&Aを受けた企業が、買い手が欲しがっている資産や事業を第三者に一時的に売却――疎開させる事を指すビジネス用語――する防衛手段だ。株式というパイを競い合うのが似ている気がしてメラミはこんな作戦名にしたのだった。
「大丈夫? 危険じゃない?」
「そのためのホワイトナイトでしょう? あたし達が戦力を補充を終えるまで守ってくれるって。ギルドバトルで命を賭けるつもりなんてないからね。危なくなったらすぐに降参するよ、勝敗なんて気にしないよあたしゃ」
若干、やさぐれた様子でメラミは言った。もちろん<メラゾーマでもない>だって何の目的もなしにポイントを譲り渡しているわけではない。
ギルドバトルでは自陣地で損害が発生した場合、所属に関係なくコストの二五%分が手に入る。オークを倒させた時点で六二五万DPもの稼ぎになる。
それに戦力の拡充が終わるまでは<宿り木の種>に守ってもらえるため上手く行けば自陣地内で<宿り木の種>と<闇の軍勢>の両雄が潰しあってくれる美味しい展開にもなりかねないわけだ。
「もちろん、あたし達だってタダでやられるつもりはないしね」
メラミは眷属であるメイド四姉妹を連れて、骨の山へと向かった。メラミは山の下に描かれた精緻な魔法陣に目を細め、その輪郭をそっと撫でた。
「はじめるよー、皆配置についてー」
長い袖を旗のように揺らし、メラミが指示を出す。
『深遠の底に眠る者よ、悠久の闇に沈む者共よ、今一度深遠より戻りて我が身我が力となりてあらゆる命を道連れにせん――』
古の魔法を習得した魔術師達は謳い始める。
カナリアのように美しい声色。徐々に魔法陣が光りを帯びていく。圧倒的な力の奔流がルーンで描かれた道を走り出す。
『さあ目覚めよ、<死霊騎士>!』
凄まじい力が、恐ろしい呪術が骨の山へと殺到した。
不意に乾いた音がした。擦れ合うような鈍い音が続く。まるで巨大な地震でも起きたかのように骨が振るえ、動き出し、それは完成する。
骨山から這い出てきたのは無数のアンデットであった。骨で出来た躯、頭蓋骨の眼下には虚ろな紅い光が灯っている。
「コオオォォォォォ――」
骨を鳴らして其れは嗤う。
一ツ星級アンデット<骸骨騎士>。無残に殺された死骸――魔物の骨から生み出される骸骨兵士の上位種だ。
古の死霊術師は死した魔物の死骸をアンデットとして復活させる事でダンジョンの防衛戦力に再利用していたと言われている。古代魔法の真髄を極めたメラミは先人の技術に倣って強力な不死の軍勢を作り出したというわけである。
骸骨騎士が整列する。その数は五万。彼女達は無印の雑魚モンスターから一ツ星級の精強な戦闘部隊を作り上げたことになる。
「剣を掲げよ」
メラミの命令に従い、<骸骨騎士>達が漆黒の剣が掲げた。元はオークの骨から作られた武具なのだが、死霊術の呪いにより真っ黒に染め上げられている。流された強力な魔力によって今や鋼鉄のにも劣らぬ強度と鋭さを手に入れている。また同色の強固な鎧や盾まで所持しており、下手な騎士団よりも充実した装備と言えるだろう。
「うーん、まあまあ、かな」
「中々難しかった」
「改良の余地はありますね」
「この規模の生成は初めてですから」
「アルコールが、足りない」
圧倒されるクロエを尻目に、魔術師達は不満げであった。
「かなり強そうだけど」
「そりゃね、あたし達が丹精込めて作り上げた魔法陣から生み出されたんだもん。弱かったらたまらないよ。それでも完璧じゃない。もう少し改良の余地があったんじゃないかって思うのよ」
死霊術によって作られた普通のアンデット――ダンジョンシステムで召喚されるアンデットのほうが本来はイレギュラーなのだ――はレベルアップなどの成長をしない代わり、生まれた瞬間から一定程度の戦闘能力を有している。
レベル固定で召喚されるというイメージだ。そしてその初期レベルは死霊術師の力量によって上下する。
そして高位の存在たるダンジョンマスターであり、古代魔法の真髄を極めたメラミとその眷属達の力量は神話時代の魔術師に匹敵する。
隔絶した死霊術師によって作り出された<死霊騎士>の戦闘能力はレベルにして二〇前後のステータスを持つに至った。召喚されたばかりの二ツ星級ぐらいなら軽くあしらえる戦闘能力だ。
「休憩するよー」
しばらく五人は休憩に入った。魔力回復薬を飲みながらのティーパーティだ。クロエもそれにご相伴になる。女子が三人集まれば姦しい。倍も集まれば喧しい。眷属の一人が紅茶にブランデーを混ぜようとして叩かれたりしてひどい。ギルドバトル中とは思えないゆるーい雰囲気だ。
「こんなんで、いいの?」
「もちろん。魔力を回復させるには術者がリラックスする事が一番なの」
この一連のどんちゃん騒ぎも効率的に魔力を回復させるための手段だったというわけである。
「じゃあ次に行くよ!」
続いてメラミ達は集められた魔石の山を囲み始める。
『産まれよ、真理の果てに辿り着きし巨いなる者よ、真理の言葉を持つ我に傅け――』
地響き、大地の中に光り輝く魔石が取り込まれていく。大地の揺れが次第に大きくなっていき、突如収まる。
『生まれ出でよ、<ストーンゴーレム>!』
次の瞬間、地面から次々に腕が生えた。大地そのものが立ち上がるかのようにクロエには思えた。
一ツ星級<ストーンゴーレム>。古代の錬金術師が好んで使役していたという守護者である。動きこそ鈍いが、その巨躯から繰り出される攻撃は強力無比。また耐久度も高くいかな闇の軍勢といえど倒すのに苦労するであろう存在だ。
「うん、会心の出来!」
メラミはゴーレム達の滑らかな動きを見て破願する。
正規の手順を経て生成された<ストーンゴーレム>もまた術者の力量によってその性能が上下する。ハードウェアレベルでの性能はもちろんだが、特にソフトウェアによる性能差が如実に現れるという。
優れたソフトウェアが精密かつ機敏な制御を可能とし、高速な機動を実現する。洗練された動作を取れるが故に戦闘能力も必然的に高くなるのだ。
生み出されたゴーレムの数は五〇〇〇を超える。メラミは元々ロボットエンジニア志望であり、錬金術の中でもゴーレム練成は大得意だった。<迷路の迷宮>にいる<シルバーゴーレム>には見られない素早い動きは彼女の作り出した術式がダンジョンシステムのそれを凌駕しているからに他ならない。
このストーンゴーレム達が本来の等級以上の戦闘能力を持つ事はもはや疑いようがない。
「よし、休憩!」
そして再びお茶会。ガールズトーク。今度は誰が好きなのみたいな恋愛トークだ。しかしメラミとクロエの想い人は言うまでもなく、<メラではない>には男性は一人も居ないためメイドさん達に好きな人などできようはずもなかった。
「じゃあ、仕上げだよ!」
メラミ達は最後に残った肉の山を囲んだ。
『冥府の住民よ、我が声を聴け! 我が声を導に参られよ! そして我等の願いを叶えよ!』
五芒星が鈍く輝く。魔物の血肉が溶けるように消えていく。幾つもの漆黒の穴が穿たれ、そこから次々と異形の者が姿を現す。
<悪魔召喚>。召喚術の中でも特に難易度の高い術式だ。魔界と呼ばれる地上の裏世界へのゲートを開き、生贄を撒いて通りがかった悪魔にかたっぱしから声を掛ける。悪魔が居そうな場所へのゲートを開けなければ空振りする事も多々あるという。
「よし、当たりだ!」
メラミが快哉すると同時、山羊の頭部に黒い翼を生やした人型が現れた。遅れて蝙蝠の翼を持つ角と牙を生やした鬼が四つ、付き従うように姿を見せる。
クロエは思わず腰の剣に手を掛けてしまう。いずれの敵と戦っても苦労するだろうと思われたからだ。特に山羊頭はまずい。強すぎて勝てる気が全くしなかった。
「大丈夫だよ。悪魔達は交渉が終わって成立するか、失敗して帰還するまでこの魔法陣から出られないから」
メラミが悪魔達との交渉を開始し始める。悪魔は精霊に近い存在であるため契約を違える事はしないが、無料で願いを叶えてくれるほどお人好しでもない。難しい願いには難しい代償が求められる。
メラミは悪魔達にギルドバトルへの参加を要請した。ギルドバトル開催期間中、こちらに危害を加えない事、<闇の軍勢>と可能な限り戦闘を行う事、バトル終了後は即刻冥界へ還る事を条件とした。
報酬はバトル終了後、生き残った骸骨騎士やストーンゴーレムを引き渡す事を約束する。ついでに彼等が倒した魔物の素材は自由にしていい、とした。悪魔達が真面目に働けば働くほど配下モンスターは生き残り、冥府への持ち帰る素材も増える。
「よかろう、契約成立だ」
代表らしき山羊頭の悪魔が約する。残りの悪魔達も同意の言葉を口にする。
「総員、迷路内に突入! 侵入者を迎撃して! やり方はお任せします」
<死霊騎士>と<ストーンゴーレム>が隊列を組んで迷路内へと侵入していく。悪魔達は敵の出鼻を挫かんと先行するそうだ。
「……すごい……これが神話の魔法使い……」
もしかしたら最初から自分の出番なんて必要なかったんじゃないかなぁとクロエは思うのだった。




