狂信者共
ギルドバトル開始から三日が経った。<巨いなる暴君>ティティはギルド<聖なるかな>へと繋がる出入り口の前で待機を続けていた。
正確にはのんびりしていた。いざ戦いになれば無類の強さを発揮するティティだが、指揮官としての能力は低い。部隊の指揮を副官に任せてしまうと途端にやることがなくなってしまうのだ。
「ティティ様!」
帰って来た伝令役の巨人族の表情を見てほっと胸を撫で下ろした。
「探索が終わりました。あとは決戦場を残すだけです」
「うん、わかった。ありがとう」
ダンジョンの内部は入り組んでおり、探索に時間が掛かってしまった。四種族の内、もっとも探索を苦手とする巨人族しか使えなかったのが痛かった。
ダンジョン<逆十字教会>が率いる<聖なるかな>は厄介というかある意味で予想通りというか強力な光属性のダンジョンであった。闇属性の種族が突入すると使い物にならないのだ。人狼や吸血鬼はもちろん闇の精神体である死霊族に至っては長時間いるだけで浄化されてしまう。
もちろん光属性への対抗策は用意しているが、このダンジョンの探索ばかりに力を入れても仕方がない。対戦するダンジョンは三つもあるのだ。
「あとよろしく」
ティティは副官にそう言うと、伝令役の先導の元、ダンジョンへと踏み込んだ。
半日ほど歩いて到着した<決戦場>は一言で言えば白亜の神殿であった。総大理石製の真っ白な空間だった。床も、太い石柱も、天井を覆う屋根でさえも白く塗りつぶされている。
「きれい」
荘厳な光景にティティは感嘆する。
「ありがとう、お嬢さん。この部屋はお気に入りなの」
神殿の最奥に一人の美女が浮かんでいた。二対の翼を有したそれは宗教画からそのまま出てきたような印象を与えた。白い衣に白髪、白皙、紅く塗りつぶされたような大きな瞳だけが浮かんで見える。
五ツ星級<大天使>。高位の精霊、天使族の長であった。
「お姉さんもきれい」
「ありがとう、お嬢さんも可愛らしいわよ」
大天使は優しく微笑み、
「それじゃあ、早速だけれど我が愛しき子供達に殺されなさい」
すると柱の影という影から天使達が現れた。
――わたくし達はきっと仲良く出来ると思うんです。
「それで先生は具体的にどうやって戦うんですか?」
<逆十字教会>との会合で、伸ばされた手を握りつつ、ヒロトは問いかけた。
「ああ、それについては大丈夫さ。切り札は用意してあるからね」
「切り札?」
「そう、驚かないでね」
法王セイヤが指を鳴らすと瞬間、天使が現れた。
「なッ」
「これ、は……」
ケンゴやウォルターでさえも凌ぐ強大な気配にヒロトはおろかディアでさえ驚愕する。
「<大天使>といいましてね、わたくしが持つ切り札なんです」
「……つまり、貴方は、天使を引き当てたのですね」
「ええ、その通り」
レアガチャチケットを使うと三ツ星級以上のレアモンスターを獲得する事が出来る。もちろんダンジョンのテーマや性質によって獲得しやすい種族は異なってくる。
聖職者にしてセイヤが手に入れたのは四ツ星級の<天使>。竜種や幻獣と並び立つ高位の精霊の一種だ。その召喚コストは実に五〇〇万DP。正に規格外の超レア個体と言えよう。
<逆十字教会>のテーマは<信仰>。属性は<光>。天使族が最も得られやすい状態だった。とはいえその確率は千分の一が百分の一になった程度である。法王セイヤはそのリアルラックによってこのレア個体を手に入れたわけである。
「アルファエルと申します。どうぞお見知りおきを」
純白の貫頭衣から生えた二対の翼を折りたたみつつ、アルファエルは優雅にお辞儀をする。
「彼女はダンジョン構築直後から仕えてくれる眷族でしてね。色々とやっていただいていたら進化して頂けまして……あ、そうそう彼女の存在はランブリオンやロンデルモートにも内緒にしていたのですよ」
呆然とする聖騎士や枢機卿に向けて、いたずらを成功させた子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
「……毎回、絶妙なタイミングで奇跡が起きると思っていたが」
「なるほど、この方が秘密裏に神秘を作り上げていたのですね」
逆十字教と既存宗教との戦争ではこれまで数え切れないほどの奇跡が起きてきていた。例えば敵する神殿の本拠地が大洪水に見舞われたり、敵騎士団の拠点で地割れが起きたり、あるいは法王が布教に訪れた町がスタンピードに襲われた際には、敵陣のど真ん中に雷が落ちたりしたこともあったという。
これ等の奇跡は全てアルファエル達、天使族の戦士がもたらした物なのである。
「主様主様、なんか、それずるい気がする」
「ああ、卑怯だよな」
「結局の所、人々を騙していたわけですもんね」
古参組の非難がましい視線を法王は泰然と受け流す。
「おや、失望されましたか?」
「いえ、それが一番手っ取り早い方法ですからね。古くからその地に根付いた信仰を覆すのは容易い事じゃありません。目の前で有り得ないような奇跡を見せつけない限り人の考えは変えられない」
逆に言えば神話に語られるような神秘性を目の当たりにすれば人々も考えを変えざるを得ないわけである。
「その通りです。彼女達が居なくばこれほど早く教えを広めることは出来なかったでしょう。ぽっと出の新興宗教は手段なんて選んでいられませんから、多少は大目に見てほしいですね」
「それについては僕から何か言う事はありません。結局、<大賢者メイズ>だって同じようなものですから」
ダンジョンシステムを利用して名を上げたのは何も<逆十字教会>だけに限った話ではない。
難民の子供を引き取り、最強の戦闘部隊<メイズ抜刀隊>を作り上げた<大賢者メイズ>だってシルバースライム狩りによるパワーレベリングの産物である。
「違う! 主様は誰も騙してない!」
「それにマスターは僕等を救ってくれました!」
「大将、自分をこんな狂信者と比べるなよ!」
「ありがとう。でも大丈夫だから」
ヒロトは苦笑いを浮かべ、激昂する古参組を宥める。
「この天使さんをギルドバトルに使用する事は理解出来ました。けれどコスト的には大丈夫なんですか?」
アルファエルはその大元が四ツ星級モンスターの<天使>である。その召喚コストは五〇〇万DPも必要だ。
ギルドバトルに登録する場合、配置コストは召還コストの一〇倍なわけで彼女一人をダンジョンに配置するだけで五〇〇〇万DPものコストが必要になるのである。
確かにアルファエルは破格の存在だが、この一体だけで乗り切るにはいささか厳しいだろう。
いくら強大な存在とはいえ個人で出来る事には限りがある。<魔王城>の軍勢と戦ったケンゴも、無数の蜂共を倒し切ったウォルターも結局は数の暴力を前に破れたからだ。
「ええ、その点については手を打ってありますよ。簡単です。コレを使えばいい」
セイヤが指差した先には一匹の翼を生やしたゴブリンが立っていた。
ゴブリンの爆発的な繁殖力はよく知られているが、それは複数の要因が重なって起きている。
まずは多産である事だろう。一度の妊娠で生まれる子供の数は五匹だ。
次に妊娠期間の短さが上げられる。ゴブリンは妊娠からおよそ一ヶ月で子が生まれるのだ。
そして恐るべき成長速度も持ち合わせている。栄養状態にさえ気をつければ二ヶ月ほどで繁殖可能になるといわれていた。
何より忌み嫌われるのがオスの特性である。ゴブリンは地上にいるあらゆる種族と交配可能なのだ。それは高位の精霊である天使族も例外ではない。
「天使?」
ティティが首を傾げる。影から現れた魔物達は<天使>と呼ぶにはいささか異形であった。全体的には美しいがどこか一部分がおかしいのだ。
例えば羽根が黒っぽかったり、緑がかった肌をしていたり、蛙のような飛び出した目玉があったり、鷲鼻であったり、乱食い歯が覗いていたりと所々に獣くささが窺えるのだ。
――でも、油断は出来ない相手。
ティティの戦士の直感が警告を鳴らす。一〇〇を超える異形の天使達はその総てが四ツ星級かそれに近い戦闘能力を持っていると思われた。
「正確にはハーフ……いえ、混血と言った所かしらね。ゴブリンとの」
アルファエルが呟く。<聖なるかな>、いや<逆十字教会>が行ったのは異種交配という変異手段であった。
まずは<大天使>アルファエルとゴブリンと交配させる。すると五匹のゴブリンハーフが生まれる。
彼女が生んだゴブリンハーフの中から成長速度の早い個体――ゴブリンの繁殖力を残した個体――とアルファエルが再び交配するのだ。
するとその翌月にはゴブリンクォーターが生まれるようになる。ここまでくると天使の因子は七五%となり、天使族に近しい容姿や特性、戦闘能力を持つ個体となる。
それはもはや<混血天使>とでも言うべき存在だった。こうして<聖なるかな>は天使族の強さとゴブリンの繁殖力を兼ね備えた特殊な魔物を手に入れたのだ。
ちなみに<逆十字教会>では以前からこの異種交配を行っていたため、繁殖用のオス個体は十分に確保出来ていた。
後は混血天使とアルファエルを交配させ、妊娠状態の彼女をギルドダンジョンに配置するだけだ。
ダンジョン内で生成されたものはコストを必要としない。例えば銀のインゴットから剣を作り出しても必要なコストはインゴットの分だけである。ダンジョン内でアンデットやゴーレムを作り出す事だって可能だ。
で、あるならばダンジョン内で出産して戦力を生産したって仕様上、何ら問題ないのである。
もちろん、倫理感さえ無視出来るなら。
そして五匹の混血天使達が生まれ、それらが成長、そして繁殖する。子供等の内、オスが一匹だけだったのは嬉しい誤算だったろう。こうしてアルファエル達は毎月のように妊娠と出産を繰り返した。
こうして<聖なるかな>はわずか半年と少しという短い準備期間で一〇〇名以上の混血天使を配置する事が出来たのである。
「惨い」
ティティは呟いた。彼女は巨人族の巫女でもある。馬鹿ではない。天使でありながらゴブリンに似たその特性から<聖なるかな>がどのような手段でもってこの軍勢をこしらえたかに気付いてしまった。
「いいえ、これは自分で望んだこと。愛。全ては猊下への愛により為しえた奇跡なのですわ!」
アルファエルは紅潮させると叫んだ。
「あなたは狂ってる……もちろん、あなたの主も、みんなッ!」
「お黙りなさい! 貴女に何が分かるというのですッ! もう御託はよろしいわね。さあ愛しき子供達よ! 猊下に仇名す獣共を蹂躙なさい!」
アルファエルの言葉と共に、異形の天使が殺到する。
こうして戦端は開かれた。




