魔王軍の戦い
ギルド<闇の軍勢>は<魔王城>で召喚出来る四種族によって構成されている。<人狼>、<吸血鬼>、<単眼巨人>、<死霊>による混成部隊だ。
各種族のモンスターはそれぞれ五〇〇〇ずつ居り、いずれも半年間に及ぶ育成を経て三ツ星級のモンスターにまで進化している。一匹もいれば小さな町程度なら滅ぼせるだけの戦闘能力を持つ化物が二〇〇〇〇も揃っている計算だ。
そこらの中小国家など及びも付かない強大な戦力だ。その気になればオルランド王国はおろか大陸全土さえ支配出来るかもしれない。
そんな<闇の軍勢>は部隊を四つに分けていた。ダンジョン防衛兼予備戦力として一〇〇〇〇を残し、<聖なる者>に三〇〇〇、<メラゾーマでもない>に二〇〇〇、そして本バトルにおける最大のライバルである<宿り木の種>に五〇〇〇を差し向けた。
各部隊の陣頭指揮には<魔王>が最も信頼する眷族達が執っている。
強力な軍勢に優れた指揮官、正に最強の布陣だった。魔王がこの戦いに掛ける気合も分かろうというものであった。
ちなみに本体を指揮する総大将はダンジョンの最古参である<真祖吸血鬼>シエルとしていた。<巨いなる暴君>ティティは<聖なるかな>へ派遣され、<死霊王>プリムは<メラゾーマでもない>の攻略に当たっている。
そして最も経験豊富な指揮官である<魔人狼>ウルトは<宿り木の種>の担当だった。
「吸血隊、死霊隊、前進!」
ダンジョン出入口を金髪を肩口で切りそろえた美しき人狼が睨みつける。
<魔人狼>ウルト。魔王の眷属にして四ツ星級モンスターだ。豪奢な騎士鎧を鳴らし、腰に佩いた魔剣を引き抜く。
その切っ先を敵へと掲げた。
「<火炎槍>、三〇秒後、連鎖!」
ダンジョンバトルの開始に合わせて命令を下す。
ウルトの狙いは先制攻撃である。
掲示板の書き込みは規制されている。ギルドバトルに参加する四ギルドに関する情報が一切書き込めない――書き込んだ瞬間に消されてしまう――状態となっていた。
そのため<闇の軍勢>には<宿り木の種>が取る戦術は分からない。この先には強力な軍勢が待ち構えているかも知れないし、凶悪な罠が待っているかも知れない。あるいは何もないかも知れない。
――分からないから恐ろしいのだ。
だからこそ、その憂いを最強の一撃で破壊する。
ウルトが取った戦術は実に単純だった。魔物だろうが、罠だろうが、まとめて吹き飛ばしてしまえばいい。
上級火炎魔法<火炎槍>。それを二〇〇〇名以上の人員で<連鎖>させる。これにより神話に謳われる<彗星召喚>にも比肩する超高威力の範囲爆撃へと変貌させる事が出来た。
このような運用が出来るのも<闇の軍勢>が高位の吸血鬼や死霊を大量に抱えているからである。種族的に魔法適正が高い彼等を育成、初期状態から三ツ星級にまで育て上げる事で低コストで大量の高位魔導師を確保出来たのである。
「魔法射出後、人狼隊は強行偵察だ。橋頭堡を確保しろ。その後、巨人隊が盾を抱えて前進、その後、後衛部隊を送り込む」
出入り口の安全が確保出来たら一気に進攻する予定だった。斥候能力の高い人狼のが先行し、巨人のが前線を押し上げ、強力な魔法使いである吸血鬼や死霊といった後衛部隊の火力によって<宿り木の種>を攻略する。
ダンジョンバトルが開始される寸前――
「総員、撃てええぇぇ――ッ!」
ウルトが言うと同時、魔物達の杖から燃え滾る灼熱の槍が飛び出し――
次々と打ち抜かれていった。
閃光と轟音。飛び出した<火炎槍>が爆発するとその衝撃により、周囲の魔法が巻き込まれて誘爆する。
視界はゼロ、聴覚さえも塞がれた状態でウルトは飛来する<何か>を切り払った。
「これは矢か!?」
次々と放たれるそれは凄まじい速さであった。砂煙で視界が悪くなっている事もあってウルトでさえ己の身を守るので精一杯だった。
「うぎゃッ!」
「ギシャァァ――ッ!」
「何だ、これ――ひぎぃ!?」
「シュゥゥゥ!!」
前線に立つ吸血鬼や死霊達から悲鳴が上がる。吸血鬼はともかく実体を持たない死霊には物理攻撃は効果がない。
――これは、銀の矢か!?
「巨人隊、盾を抱えて前へ! 魔術師を守るんだ!」
ウルトは命令と分析を同時に行う。銀は魔を払う特性があり、<闇の軍勢>の四種族の場合、闇の種族である人狼、吸血鬼、死霊に特攻効果を持っている。
特に死霊隊は大きな被害を出してしまった。幽体である彼等は一般的なモンスターに比べ耐久力が低いのだ。単純な物理攻撃が通用しないのだが、銀製武器はダメージが通るため簡単にやられてしまう。更に他の種族なら前方の味方に当れば矢は止まるわけだが、実体を持たない死霊族の場合、矢は威力を減じる事無く後続へ突き抜けてしまう。
ウルトは死霊隊の前に移動し、自らを盾にした。飛来する矢を切り払う事で味方を守るのだ。
「巨人隊、死霊隊の前に移動しろ!」
時間を稼いだところで大盾を抱えた巨人隊が射線を塞ぐ事で被害は止められたわけだが、多くの被害を出してしまっている。
ウルトは矢の一本を掴むと臭いを嗅いだ。酷い悪臭だった。
ご丁寧な事に敵は銀の矢じりを聖水に漬け込む事で浄化を行っているようだった。闇の種族であり敏感な嗅覚を持つ人狼族なら近くにおいておくだけで気持ちが悪くなる。
「徹底しているね」
バトル開始と同時に敵を吹き飛ばすつもりが、先制攻撃を受けてしまった。
油断はない。今回は敵の動きがこちらの予想を上回っていただけ。指揮官(戦術)の差である。それが口惜しい。
「武器もそうだが、敵の射手も凄まじい」
ウルトでさえ容易に見切れないほどの強弓を次々に放ってくる。この威力に加えて弱点属性も加われば耐久力の低い死霊系モンスターなど一たまりもないだろう。
――敵の主力はなんだ……?
ウルトは思考を巡らせる。<宿り木の種>の盟主である<迷路の迷宮>の主力は謎に包まれている。
ダンジョンの設定ではスライムや触手などの不定形の<粘菌>であるのだが、それを使って戦っているという話は聞いた事がない。
そもそもまともに戦ったという話自体を聞かないのだ。数多のダンジョンは複数の階層に及ぶ巨大な迷路を前に手も足も出なかったと言われている。
少なくとも粘菌系モンスターに弓の使い手は存在しない。凄まじい業前は深い森に住むエルフ族のようであった。
「まさか、本当にエルフ……亜人族は召喚できないはず……いや、その思い込みは危ない……吸血鬼隊、魔法結界を展開!!」
不意に悪寒を覚え、吸血鬼部隊に魔法結界を展開させる。
ウルトの直感が<闇の軍勢>を救った。
旺盛に飛び交っていた銀の矢が収まった直後、今度は無数の<火矢>が飛来する。少なくとも千以上――あるいは万にも届かんというそれはまるで迫り来る巨大な火の壁のようだ。
炎の壁が魔法結界にぶつかる。小さな火の矢が次々に爆発し、連鎖反応を引き起こす。地獄の業火が結界を隔てた直ぐ外で暴れ狂った。
「死霊隊も結界を作成しろ! 総員、全魔力を注ぎ込め! 絶対に破られるな!」
半透明の魔法結界にヒビが入る。漏れ出した業火が巨人達に襲い掛かる直前、死霊隊による追加の結界が間に合った。
炎が収まる。結界の内側は黒煙に満たされている。
――次は何が来るんだ……?
ウルトの美しい顔立ちは今、金色の狼――化物のそれに変わっている。開戦から一方的にやられてしまって油断など出来ようはずがない。
敵はこの次にどんな手を仕掛けてくるだろうか。爆撃、立ち込める黒煙、混乱する前線、部隊の立て直しに奔走する部隊長達――
「人狼隊! 索敵を!」
ウルトは叫ぶと同時に背後を切りつける。
「グギャッ!」
手応えから僅かに遅れて悲鳴が聞こえた。白いローブを着た人型が血を流して倒れていた。手には銀色のナイフを手にしている。
「暗殺者だ! 影に隠れて襲ってくるぞ、注意しろ!」
ウルトが注意を促した瞬間、あちこちで剣戟の音が聞こえてくるようになった。
暗殺者がよく使う技術に<影縫い>というものがある。相手の影に潜み、油断したところを背後から襲い掛かってくる。幸いな事にこの場には感覚に優れた人狼達がいるため、注意さえ払えば奇襲を受ける事はない。
「小さいな、ホビット族か? 違う、ゴブリンだと?」
ウルトは自らが切り殺した敵を検分する。ローブを脱がせ、銀製の兜を剥がせばそこから出てきたのは緑色の皮膚をした妖魔だった。
――考えろ、次はどう出る!?
開戦から<闇の軍勢>は後手に回っていた。弓矢、魔法、暗殺者、敵の攻撃は多彩でこちらに休む間も与えず攻撃を仕掛けてくる。決定打こそ免れているが、少なからず被害も出ていた。
――不味い。終始圧され続けている状況は士気に関わる。
「巨人隊! 盾を掲げろ! 敵が来るぞ!」
ウルトの指揮がようやく敵の戦術に追いつく。予想通り、銀の剣を携えた小柄な戦士達が現れる。
誤算だったのはその速度だ。それは正に疾走。恐ろしい速さで距離を縮めてくる。こちらも前線を押し上げつつ迎え撃ちたいところだったが、侵入者の頭上を追い越すように放たれた矢の雨で中断せざるを得ない。
盾持ちの巨人隊は迫り来る矢に対応するのが精一杯だ。敵部隊との近接戦闘に集中する事が出来ていなかった。
「シッ!」
接敵。ウルトは人狼隊と吸血鬼隊の剣士を率いて迎撃に向かった。前線に立ち魔剣の振るう。その一振りで敵兵を殺害する。
「ギギャァ!」
敵の錬度は非常に高く、二ツ星級はおろか三ツ星級にも届こうという個体ばかりだ。しかも敵は次々にやってくる。途切れない。
幾度か剣戟を交え、斬り殺す。兜を脱がせれば出てきたのはまたしてもゴブリンの顔だった。ウルトが倒した個体はその大きさから二ツ星級の<ゴブリンナイト>と思われた。
前線から悲鳴が上がった。復帰する。仲間達に襲い掛かるゴブリン剣士を倒しながら何とかして戦線を保ち続ける。
――強い! これがゴブリンだというのか!?
徐々に息が上がっていく。全力での戦闘行為の影響だった。呼吸している暇はないのに体は酸素を求めている。
下がる。穴を埋めた人狼剣士が傷を負った。前後左右から囲まれ、一斉に攻撃を受ければさしもの三ツ星級モンスターとて防ぎきれない。
例えランクが低くてもきちんと育成された魔物は、召喚初期状態の上位ランクの魔物よりも強くなる。<ゴブリンナイト>や<ゴブリンアサシン>と思しき上位個体は<闇の軍勢>の魔物と対峙しているというのに一歩も退いていないように見えた。
「人狼隊、吸血鬼隊! 巨人隊と共に迎撃!」
隔絶した戦闘能力を持つウルトでさえも目の前の敵を倒すのに精一杯だ。幾ら倒してもきりがない。数が多すぎる。侵入した敵の数はとうに千を超え、今や万に届こうかというレベルだ。
目の前の敵ばかりに集中する事が出来ないのも辛い。時折、背後から暗殺者のゴブリン達が姿を現しては襲い掛かってくるのだ。
事態は泥沼の肉弾戦へと移行している。
弓矢から後衛を守る巨人兵は特に悲惨だった。小さく素早い敵兵に翻弄されている。銀の刃で脚部を切り刻まれ、膝を付いた所を飛び乗られ、滅多刺しにされている。まるで蟻に集られる巨像のようだ。
徐々に押し込まれていく。戦況は刻一刻と悪化していく。
――どうすればいいッ!?
歯噛みする。乱戦状態では支援回復もままならないのだ。誤射により敵まで回復しかねない。
「そうか……敵に当てても構わないんだ……死霊隊! 範囲回復準備!」
ウルトの指示により後方へ下がっていた死霊隊が魔法を放った。敵味方問わず範囲内にいる生物を回復させる暗黒魔法だ。そうなると敵も回復してしまうが――
「よし、それでいい!」
巨人隊はもちろんの事、人狼隊も吸血鬼隊も無類のタフネスを誇る種族である。敵は手練だが、そのステータスは高くない。彼等の攻撃を一発二発を食らったところで死亡する事は無い。逆に敵は小兵。三ツ星級モンスターの強力な攻撃が直撃したら一撃で倒す事が出来る。
ウルトの意図に気付いたのか、隊員達の戦い方も攻撃に偏重していく。多少、強引にでも敵に致命傷を与える事を優先する。傷は増えるが、死にさえしなければ問題ない。きちんと回復してくれると分かるなら強気にも出られる。
――問題はMPの残量か。
「死霊隊は魔力回復薬を! 吸血鬼も回復役に回れ! 敵は巨人と人狼だけで充分に対処出来る!」
圧されっぱなし戦況が、徐々に安定していく。
そしてようやく<闇の軍勢>が前線を押し上げ始める。
「グアアアァァァァ――ッ!」
ウルトが勝利を確信した次の瞬間、ダンジョン入り口付近に陣取っていた大型のゴブリン達――<ゴブリンキング>であろう――が咆哮する。
敵兵が引いていく。殿に残った一〇〇〇匹ほどの個体が、追撃しようとする人狼や巨人達が食い止める。
撤退するゴブリンの群れ、その中央に指揮官と思しき個体が腕組みをしている。隣立つ<ゴブリンキング>よりも更に頭二つは大きな身体だ。
白銀の魔剣と鎧、居るだけで周囲を威圧する強者固有の雰囲気を持ち合わせている。
ゴブリンの変異種か、あるいは禁忌の交配の成れの果てかもしれない。
ゴブリンは繁殖力に優れた魔物である。親兄弟だろうが平気で交わり子を成すという。そんな奴等を閉じ込めると近親婚が繰り返され、異形とも取れる個体が生まれる事がある。
視線が合う。兜越しにもそれが分かる。ぞくりと背筋が震えた。<魔王城>の最高幹部たる我等と同レベルの実力を持つ事は明白であった。
――あれに出てこられたら!
あのクラスを迎え撃つには自分が出張るしかないだろう。しかし指揮官不在の状態で敵の計略を凌ぎ切れるとも到底思えない。
そんな内心を嘲笑うように敵将は悠然とこちらに背を向け撤退していった。
――敗走ではない。
「追うな、戻れ! 罠だ! 死霊隊、魔法結界を張るんだ!」
秩序だった撤退の様子にウルトは敵の目論見を看破する。
その次の瞬間、千を超える<火矢>が入り口から飛来し、地獄の業火となって追撃部隊に襲い掛かった。
業火に焼かれる部下達の悲鳴を聞きながら、ウルトは狼の貌を歪めた。




