歳相応の少女
<魔王城>。数千を超える戦士達が挑み、その全てを返り討ちにしてきた強大なダンジョンだ。
凶悪な名前とは裏腹にそのダンジョンは美しい白亜の宮殿であった。高い塔の最上階は魔王の住処になっていて、彼女は<魔王の間>と呼ばれるコアルームで一日の大半を過ごしている。
コアルームは日当たりのいい南向きの部屋で配置されている家具や調度品はどこか上品で落ち着きのある美しい品々ばかりが選ばれている。
陶器の飾りが可愛らしいシャンデリア、毛足の長い濃紺の絨毯、天蓋付きのベッド、可愛らしい猫足のローテーブル、飾られた一輪挿しのひとつにさえ神経が行き届いている。
部屋の調和を乱すのがダンジョン関係の品々だ。まずは中央に配置された黒々とした鋼鉄の玉座である。ここがダンジョンのコアルームである以上、必ず存在しているものであった。
更に部屋の隅に並んでいるトロフィーも無粋だった。事ある毎に増えていく武功の数々は、全てが金色や赤といった下品であり、過度な装飾が凝らされており、部屋の調和をこれでもかと掻き乱すと悪い意味で評判であった。
「あーもう! 皆、馬鹿ばっか!!」
それに彼女はクッションを投げつける。たった一投で全てのトロフィーをなぎ倒し、魔王マシロは小さな吐息を漏らした。
「ホント、馬鹿! ばかバカ馬鹿!」
その後、魔王は天蓋付きのベッドに飛び込んでバタバタと手足を振り回した。
マシロは相当に荒れていた。壮絶なまでの美しさを誇っていたはずの美貌は脆くも崩れ去り、怒りの収め方を知らない歳相応の少女の姿がそこにあった。
「お疲れ様、マシロ」
<魔人狼>のウルトはそう言って、主人の横に座った。金色のアダマンタイト製の騎士鎧が鈴のような音を立てる。
ウルトは艶やかな金髪を肩口で切りそろえたスレンダーな女性だ。人間で言えば二十歳前後だろう。切れ長の瞳、通った鼻梁、尖った顎、どことなく中性的で神秘的な雰囲気を台無しにするのが、頭から生えた可愛らしい獣耳とふっさふさの尻尾である。
「ねえ、ウルトさん。どうして皆、あんなに危機感がないの!」
<闇の軍勢>の主力たる四種族のモンスターはいずれも強力な戦闘能力を持つ隠れモンスターだ。しかし同時に強力な戦闘ユニットであるが故にレベルアップに多くの経験値を必要とする。しかし、きちんと育成しなければ効果は発揮されず、召喚コストが高いだけの使えないモンスターに成り下がってしまう。
「きっとマシロが頼りがいがあるせいさ。マシロがいれば大丈夫、いざとなったら何とかしてくれる、そんな風に甘えているんじゃないかな」
「そんな信頼要らないわよ。それならせめて約束した納期くらいちゃんと守って欲しいわ……これじゃあ勝てる戦いも勝てないじゃない!」
次回のギルドバトル、通称<年間王者決定戦>は優勝者だけが集められてその雌雄を決する戦いだった。いずれ劣らぬ強敵ばかりであり、前回のように楽に勝てる相手でないことは明白だった。
まず怖いのが序列第二位<逆十字教会>率いる<聖なるかな>だ。帝国で生まれ、僅か三年の間に規模を拡大、世界中に根を張りつつある巨大宗教組織が何の勝算もないまま戦いに臨むはずがない。その類稀なる情報収集力できっと手を打ってくるに違いない。
次に序列第五位<メラではない>が代表を務めるギルド<メラゾーマでもない>。その奇天烈な名称から考えて間違いなくあの<天災発明家>布良真奈美が創設したギルドとみて間違いない。怪物めいた発想力と実行力を持った彼女が本気になった時、どんな手段を講じてくるかマシロには想像さえ付かなかった。
そして現状、最大のライバルと目されるのが序列第八位<迷路の迷宮>を擁する<宿り木の種>だ。そこは戦巧者で知られるダンジョンでダンジョンバトルでは負け知らずの快進撃を続け、一〇八連勝という大記録を打ち立ている。昨年末には元ナンバーズの<ハニートラップ>相手に完勝し、堂々のナンバーズ入りを果たした。
特にギルドバトルの準備期間に入ってからは何らかの収入源――恐らくマシロ達と同じような手段で配下モンスターを育成しているのだろう――を得たらしくランキングを駆け上がっていて現在のランキングは第四位になっていたはずである。
その凄まじい成長速度から今や<魔王城>に次ぐ実力者と目されている。
前回のギルドバトルでもその強さを存分に発揮されていて僅か四〇〇万DPという軍資金で約三〇〇〇万DP近いハイスコアを叩き出していた。
「魔王様も大変ねぇ」
のんびりとした口調で言ったのは、ウルトの反対側に座ったのは妙齢の女性だ。
「どうしよう、シエルさん私、今回ばかりは負けちゃうかも」
シエルは妖艶と呼ぶに相応しき美貌に穏やかな微笑を添える。きっと男共が見れば瞬時に彼女の虜になってしまうだろうとマシロは思った。
「大丈夫よ、マシロちゃんは頑張ってるもの」
軽くパーマのかかった豪奢な金髪、透き通るような白い肌、長いまつ毛に縁取られた瞳も金色だ。ウルトと同様の色彩なのは金色が高位の魔族に共通する色彩だからだ。
「ねえ、シエルさん、頭撫でてくれる?」
マシロは芋虫のように姿勢を変え、豊満な肢体にくっついた。
「あら、奇遇ね。ちょうどわたくしもマシロちゃんの髪に触りたいと思っていたの」
<真祖吸血鬼>はたおやかに笑い、マシロの黒髪を撫でる。豊満な肢体に純血あるいは開祖とも呼ばれる高位の吸血鬼であり、日光や十字架などの多くの弱点を克服、ある種の不死性さえ持つに至った彼女はその凶悪な生態とは裏腹に慈愛に溢れた穏やかな性質をしていた。
「大丈夫、今回の事で皆さん手を抜かなくなるでしょう」
「そうだといいけど……」
次回の年間王者決定戦では前回生き残った二〇〇〇万DP分の戦力に加え、新たに七五〇〇万DP分の魔物を育てなければならないのだ。
前回のギルドバトルはまだ余裕が合った。今回のギルドバトルのようなギルド対抗イベントが起きる事は予想が付いていたから密かに――昨年末の段階から――古参のギルドメンバーの所へ遠征をさせており、予備戦力を育成する事が出来ていた。
しかし今回は別だ。スケジュールがタイトすぎる。僅か二〇〇〇万DPちょっとの戦力を整えるのでさえ苦労したのに、その四倍近い戦力を用意しなければならないのだ。
ギルドランクが上昇したことにより会員枠も増えたため、これなら何とか間に合うかなと思ったら前回のバトル結果を受けて油断した馬鹿野郎共のせいで育成が遅延しはじめる始末だった。
いくら温厚なマシロでも腹が立とうというものだ。
「あれ、ティティ。どうしたの?」
王の間の扉から顔を覗かせる少女が見えてマシロは小さく手招きをした。小さい顔、小さな鼻、小さな唇、大きな瞳の可愛らしい女の子だった。瑞々しい小麦色の肌をチューブトップのような革布と、斜めがけした腰布で隠している。
「魔王、元気ない。これ飲んで元気出す」
ティティはベッドの元までくると青紫の液体が入ったコップを差し出してくる。腕はおろか全身至る所に刻まれた魔法文字の文様が妖しく光り輝く。
「……これ、いつものお薬?」
「飲んで、元気、出す」
大きな瞳が潤んだのを見えたので慌ててマシロは起き上がり、煎じ立てらしく未だに泡の立つそれを一気飲みする。苦くえぐく喉に絡みつくそれはもはや拷問ですら使えそうな味わいである。
「う、ん……ぐぐ、かぁー不味い、もう一杯!」
「分かった、作ってくる」
「ちょっと待ってティティ、もう要らないから」
「魔王、元気出た?」
「うん、もう元気百倍だよ。ありがとう、ティティ」
マシロがティティのまんまるとした頬にキスをすると、彼女は飛び上がらんばかりに喜び、顔を赤らめ、寝室から出て行った。きっと廊下ではスキップしているに違いなかった。
「鼻血出るわぁー」
マシロが呟く。天使みたいなティティを見て誰が四ツ星級<巨いなる暴君>だと思うだろうか。
巨人族の中でも一際強大な力を持つ天災級のモンスターだ。身長は十五メートル超、その巨体が保持する怪力は日常生活を困難にするため封印しているのだ。しかし封印が解かれれば最後、万を超える軍勢さえも容易に蹴散らす戦闘能力を持っている。
しかしてその内情は恥ずかしがり屋な普通の女の子であり、しかも封印中の己の姿がひどく子供っぽい事を気にしている可愛い女の子なのである。
「はぁ、ティティにまで気を使わせちゃった」
マシロは申し訳なさそうに呟く。全身に刻まれた文様は彼女自ら施した鎖。己の体を小さくする封印術式なのである。大人しくて頑張り屋さんの力持ち。それがティティの本当の姿だ。戦場で暴れ狂い、敵の悉くを殲滅する彼女を見てもマシロの認識は変らない。
「ギルドへの勧誘は私とティティが担当したから。マシロが苦労しているのを知っているんだよ」
再びドアのほうに目をやれば蒼白く光る半透明の美少女が浮かんでいた。
緩くパーマのかかった髪、好奇心旺盛な猫みたいな瞳を輝かせ、大きな口に満面の笑みを浮かべている。首元に大きなリボン、頭には美しい羽飾り、胸元の空いたタイトなベスト、レースの付いたミニスカート。ステージ衣装めいた可愛らしい装いをしている。
「プリムまでどうしたの?」
「ティティがあの薬持ってるのが見えたから。はい、お水、持ってきたよー」
<死霊王>。取り付いた者に昼夜問わず悪夢を見せ続け、絶望させた上で魂を吸い取る真正の悪霊は、苦労性の主のお世話をするのが何よりも大好きな風変わりな死霊である。
「ありがとう、プリム! ちょうど欲しかったところなの」
プリムは嬉しそうに――アイドルのライブに出演すれば瞬時にファンの心を掴み取ってしまうような――愛らしい笑みを浮かべる。
もちろん実体があればだが。
死霊であるため、物に触れる事は出来ない。そのため彼女はスキル<ポルターガイスト>を使うのだ。プリムが腕を振ると水差しの入ったトレイが魔法のように――正確にはスキルなのだが――文字通りに飛んでくる。
「プリム、あなた最高よ」
それに飛びついたマシロはコップに移すこともせず、水差しに直接口を付ける。
「あの連中、本当に面倒くさくてさ。ティティもそれを気にしてたんだよ」
資本金の出資をお願いするためのギルド会員を見つけるのだって一苦労だった。
ギルドバトルでの強行――ギルド会員を首にしてでも二二〇〇万DP分の戦力を使用した事――のせいで悪評が立ってしまったのか、これまで頭を下げて加入申請を出してきていたダンジョンさえもが急に手の平を返してきた。
一時脱退させたギルドは残らず席を戻したし、その際にはギルドバトルで獲得した大量のDPやチケットを分配しているというのに何が問題だというのか。
このままでは資本金を集められないため、この対応のためだけに貴重な<進攻チケット>を使用し、相手ダンジョンに乗り込んで直談判を行ったくらいだ。
のらりくらりと加入を断ってくるダンジョンマスターへの説明はプリムが行った。バトルで得られるDPやチケットはきちんと分配する事やモンスターの育成を手伝った場合のメリットを懇々と説明したのだ。それでも、どうしても、受け入れてくれない場合、ティティが封印を解き、ダンジョン内で暴れ回ることで強制的に無理矢理仲間入りさせた。
口端から水が零れるのも構わず飲み続ける乙女の姿にプリムは微苦笑を浮かべながら指を回す。ハンカチで濡れた首元を拭い、マシロが愛してやまないショートケーキを運んでくる。
「ありがとう、マシロは今日も最高に格好よかったよ」
「ねえ、プリム。今日もあの唄歌って?」
プリムは頷くとマシロが大好きな日本の曲を歌い始める。悪霊が放つポルターガイストとは思えない美しい調べが、マシロの怒りを沈め、疲れ切った心を癒していく。
「ちょっと眠いかも」
言うなり、マシロは目を瞑った。しばらくもしない内に小さな寝息を立て始める。
「おやすみなさい、マシロちゃん」
「おやすみ、マシロ」
「ボクがいい夢見せてあげるからね」
つい先ほどまで鬼神めいた壮絶な笑みを浮かべていたとは思えないほど愛らしい寝顔だった。
<魔王>マシロは眷族達の前でだけその仮面を外せるのであった。




