継承
「ごめん、取り乱しましました」
「いや僕は気にしていないので。あと先輩、日本語が変です」
深々と頭を下げるメラミ先輩に、ヒロトはいつもと変らぬ笑顔を浮かべていた。
「くっ、ピロト君に相手にされない」
「マスター」
「どんまいです」
「私達がついています」
「今夜はぱぁっと飲みましょう」
メイドさん達が励まされてメラミ先輩は復活した。
「うん、分かってたよ。あたしに脈がない事くらい前々から知っていたさ。むしろ抱きつけてラッキーだったと思うようにするよ。それはそれとして、ねえ、みんな、いいよね?」
「ええ、もちろん合格です」
「マスターが選んだ方ですから」
「元より反対などしておりません」
「今夜はしっぽり飲みましょう」
「タピオカ! アンタさっきからお酒が飲みたいじゃん!」
「あはは、ピロト君、ちょっと待っててね」
そんな風に言い合いながらメラミはメイド達を引き連れ、工作室から出て行った。
しばらくして大荷物を持って帰って来たかと思えばメラミ達は工作机に次々と何かを並べていく。
「先輩、これは?」
「あたし達の発明品。今回のお礼だよ。全部持ってって」
分厚い紙束、大きな宝石をはめ込んだ歪な短剣、幾何学模様の刻まれた鉄板、色とりどりの液体を入れたガラス瓶等だった。渡された品々に装飾の類はなく実用一辺倒っぽい見た目。メラミ先輩らしい仕様である。
ヒロトは早速目の前の紙束を拾い上げ――六法全書くらいの厚みのが一〇冊以上ある―目を通していく。
「先輩、これ……」
それはガイア特有の物理法則<魔法>に関する研究資料のようだった。
「ちょっと待って、結界張るから……」
メラミの足元から巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「よし、OK。この部屋は世界から切り離されました」
「これって確か空間魔法ってやつですよね?」
以前、ディアが迷宮神等からの防諜のために似たような魔法を使っていたのを思い出す。
「うん、そうだよ」
神代の魔術師達が用いた古代魔法をこともなげに披露しつつメラミは言った。
「えっと、どうやって?」
ダンジョンマスターはDPを使うことで多くのスキルを手に入れる事が出来る。しかし<空間魔法>を始めとする一部の特殊技能は取得する事が出来ない。
「この二年半、色々と研究していたの。特にダンジョンやそれを制御するダンジョンコアの解析を中心にね。そうしたら空間魔法も覚えられたわけ。ほらダンジョンコアだって同じことやってるじゃない? ならあたしにも出来るだろうってやってみたら無事、習得出来ました」
ダンジョンには多くの部分で空間魔法が使われている。身近なところでいえばヒロト達がいるこのダンジョン<メラではない>にも使われている。
<メラではない>は見た目だけなら大きな風車小屋でしかないが、その内部構造はそこらの町をすっぽり収容してしまうくらいの広さがある。この不可思議現象は空間魔法によるものだった。
とはいえ、ダンジョンコアとは迷宮神を始めとする神々が作りだした神秘の産物。その難解さは人の身に余る。それを平然とこなしてしまうメラミの非常識っぷりにはさすがのヒロトでさえも唖然としてしまった。
「これはあたし達の二年半の研究成果。一部は掲示板に流してしまったけど、八割以上は未発表」
紙束を開けば<土壁>の魔法を使った簡易コンクリート敷設方法や、罠<火吹き壁>を使った<連鎖>いわゆるクランクバズーカの作成方法といった掲示板でも知られた情報が乗っていた。
「こんな貴重なもの受け取れませんよ」
「違うのよ、ピロト君に持っていて欲しいの。技術ってきちんと伝えないと残らないから」
メラミ先輩は眼鏡の位置を直しながら言う。
「このダンジョンはね、古代の魔法使いや錬金術師達の隠れ家だったの」
ガイアでは優れた魔法技術を利用した文明があった。そしてよくあるファンタジー世界のそれのように平民による革命が起きて、その技術は散逸してしまったという。
今でこそガイアでは魔法使いはエリート職業だが、当時は魔女狩りや魔法使い狩りが行われていたようで、古の魔法使い達は人の住まない僻地へと逃げ出したのだという。
「魔法使い達は一族単位でコミュニティを作ったそうよ。その魔法使い達の住処というのがダンジョンの原型ってわけ。この風車はなんと二〇〇〇年以上も昔に建てられたものなんだそうです」
魔法使い達は狭いコミュニティの中で婚姻を繰り返す事により、その数を減らしていった。近親婚によるリスクはよく知られた話である。
しかし、身分を隠して外の人間と婚姻を結べば血は薄まり、弱体化する。人口減少や能力低下などにより技術は継承されなくなっていき、いずれはダンジョン自体を維持できなくなり、最終的には放棄された。
「で、あたしはその魔法使いの遺跡をまるっと接収したのよ。ダンジョンコアで遺跡の操作権限を奪った感じかな?
元々古の魔法使い達が作り上げたダンジョンだから防衛能力が最初から高くて……特に何かやることもなかったわ。でも最初はよかったの。この塔には書庫があってね。一万冊以上の蔵書があったから。
魔法という未知の技術書がね、ごまんとあったの。きっと技術継承に苦労したんだと思うわ。古代の資料とは思えないほど分かりやすく体系化されてて、あたしは夢中で読んだの。そしたら一年で読破しちゃった。暇を持て余す私!」
「うわ、暴走しそー」
思わずクロエが呟きに、ヒロトは深々と頷いた。
段々とメラミ先輩のハチャメチャっぷりが分かってきたようだ。
多分読破された一万冊の本だって、普通なら優れた指導者の下、年単位の歳月を経て理解するものなのだろう。それを一年足らずで習得するなんて尋常な事ではなかった。
本当の天才とはメラミ先輩のような存在を言うのだ。ヒロトもよく頭がいいとか、知恵が回るとか言われるが、そんなレベルの話じゃない。彼女は興味を持った事柄について恐ろしいほどの理解力を発揮する。
メラミはこれまで五つの部活を立ち上げ、その全てにおいて全国クラスの賞を取ったり、コンクールに出場したりしていた。世の秀才達が数年かけて出す成果を一ヶ月程度で作り上げてしまうのである。
彼女が好き勝手やっていられたのは、その天才的な頭脳を学校が認めて支援しているからでもあるのだ。
「まずあたしは収益の改善から始めたわ。だってダンジョンシステムだと美味しい物を食べるためにDPがかかるからね。そういえばピロト君、知ってた? DPって地脈からだけじゃなくて風の流れや水の流れ、あらゆる所から取得できるって。
そう、この風車よ! ここは粉引き小屋に見せかけたDP収集装置だったの! しかもダンジョンシステムを介さないから税金も取られない。税金? 実はね、地脈から取れるDPは実は膨大なものだけど、そのほとんどはシステムやダンジョン維持に使われていて一部しかダンジョンには入ってこないのよ。だからあたしは考えたわ。それならもっと風車を作ってしまえばいいじゃない、と」
メイドさん達が工作室のカーテンを開けた。そこには雄大な丘陵地帯が広がっていたが、美しい大自然の中に数え切れないほどの人工物(風車)が屹立しているのが見えた。
緑の絨毯を滅多刺しにする灰色のコンクリート群、風車をつけた数百本の柱がくるくると羽根を回し続ける姿は冒涜的な光景に思えた。
「うわ、台無し」
「これはひどい」
「自然への冒涜だな」
眷属達が口々に言う。
「いや、これがメラミ先輩だよ。いやこんなのは序の口さ、基本的に人には迷惑かけないけど掛けない範囲で走り続ける」
無尽蔵の発想力と行動力を持つ彼女は、言うなれば無限の体力を持つハムスターのようなものだ。休む事無く滑車を高速回転させ続けている。そして時々、ネジが外れてゲージの中がむちゃくちゃになるのである。
「そして今度は寂しくなったわ! だって担当の人は週一でしか来てくれないし、何だかエリート思考が鼻に付くし、モンスターは喋らないし。だから話し相手を作ったの! そこで目を付けたのが<ホムンクルス>。
召喚した場合は単なる人型モンスターなんだけど、手ずから作った場合は違うの。見た目こそ一緒だけどそれぞれ趣味嗜好は違うし、繁殖させた場合と同じで素体となった相手の能力が高いほど知性や身体能力、魔力が上がるってわけ。
これは使えると思って作ったの! 選んだ素体が難しかったのか、時間はかかったけど何とか完成できて、それが彼女達!」
「我等が素体は魔導を極めし知神リーズ様」
「我等四名も非常に高い魔力と」
「非常に高い魔法行使能力を持ち」
「古の魔術を修めております」
「「「「どうぞ、お見知りおきを」」」」
メイドさん達が一斉に頭を下げる。確かに凄まじい魔力を保有していた。単純な魔力量だけなら五ツ星級にも匹敵する。
身のこなしから武術を修めた様子はないため、近接戦闘ならば負ける事はないだろうが、遠目から先制攻撃を加えられたら危ないかも知れない。なるほど、この腰に佩いた日本刀は相手に距離を取らせるためのフェイクというわけだ。
「ま、担当のリーズさんには勝手に神を複製するなって怒られちゃったけどね! まあ、クローン技術と同じで毛嫌いする人もいるわよね。そこは配慮が足らなかったわ!」
「主様主様、メラミさんって」
「うん、勢い余って神様を複製しちゃったみたいだね」
遠い目をするヒロト。彼女がアホの子で本当によかった。メラミが本気になれば世界なぞ簡単に征服できてしまうだろう。
その後、メラミ先輩ご自慢の成果物についての説明を受けた。まずは神殺しの剣、禁術が封じられたスクロール、死者以外は必ず蘇らせるという神薬といった純ファンタジーなもの。
続けて長距離通信が可能なタブレットや簡単な表計算が出来るパソコンのような現代日本の利器を魔法的に再現したもの。
最後はそれらの発明品の製造方法まで渡されてしまい、ヒロトは頭を抱えた。
「正直なところ、ありがたいというよりも、何て厄介な物を渡してくれたんだ、という気持ちの方が大きいですね。特に前半」
「うん、知ってる。だから秘密にしてね。ピロト君はそういう人だから託したんだもの」
「託すとか、不吉なこと言わないでくださいよ」
ヒロトが言えば、メラミ先輩は少しだけ表情を引き締める。
「もちろん、あたしだって何があっても生き残ってやるつもり。最近、手を付け始めた研究だってあるからね……でもさ、未来の事なんて誰にも分からないじゃない?
ダンジョンマスターなんて因果な商売をやってるんだもの。それにあたし達って所詮、迷宮神の手先じゃない。都合が悪くなれば消されてしまう可能性なんて充分にあると思う」
「それは……そうですね」
ヒロトには、メラミの懸念を一笑に伏す事も、否定する事も出来なかった。自分でさえ信じていない事をどうやって相手に信じさせる事が出来るだろう。
「あたしはガイアに、生きてきた痕跡を残したい。例え理不尽に連れてこられても、あたしはあたしなりに毎日楽しく頑張って生きてきたんだぞって誇りを持って死にたい。
そして出来るなら、あたしの事を誰かにずっと覚えていて欲しい」
「それが、これですか?」
「うん、あたしが死んでも、この技術はピロト君が継承してくれる。そしたらピロト君の中に<布良真奈美>は残り続ける」
メラミは胸に手を当て、祈るように言った。
「こんな物貰わなくたって僕は先輩の事、忘れたりしませんよ……絶対に」
「ピロト君、そのプロポーズ――」
「はっ倒されたくなければ黙ってください、先輩」
「せめて最後まで言わせてよ。でも、まあ、渡せてよかったよ。ピロト君の事、あたし本当に好きだからさ」
「はい、僕も先輩の事、大好きですよ」
ヒロトが明るく言えば、メラミは少し寂しげに笑うのだった。




