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ライオンとウサギ

「うそ!」

「早っ!」

「これは驚きましたね」

「まさかのスピード解決だな」

 その決断の早さに<迷路の迷宮>側のメンバーが絶句する。


「よし、それじゃあ皆、帰ろうか」

「待て待て待て。ピロト君、せめて理由くらい教えてよ」

「じゃあなんでOKしたんですか」

「そりゃピロト君への信頼の為せる業さ」

 いい笑顔でメラミに半眼を向ける。しばらくそうしているとモジモジし、クネクネし、何故か髪を掻き揚げながらうっふんあっはん艶かしいポーズを取り始める。


「……本当は?」

 少し冷たい声で尋ねると、彼女は姿勢を正して答えた。


「……はい、これまでの失敗のほとんどはピロト君が止めてくれたにも関わらず、その制止を振り切ってやってしまっていたからです」

「成長しましたね、メラミ先輩」

 ヒロトはメラミの頭を撫でる。二人の関係は、言うなればのび太とドラえもんのようなものだ。ただしのび太が秘密道具を開発する側だったために始末に終えない。


「じゃあ理由を説明しますね」

 呆けているメラミ先輩に<闇の軍勢>の脅威について説明する。かのダンジョンマスターが如何にして二二〇〇万DPもの資本をダンジョンに投入したのか。


 更に近隣ダンジョンを脅し、無理矢理仲間に引き入れている事を。


 そして次回の年間王者決定戦での優勝を阻止できなければもはやかのギルドを止める事が出来なくなる。


 だから、今止める。


「弱小ギルドである<メラゾーマでもない>が居たら邪魔になるから退いてくれって?」

 説明を終えた後、メラミは不愉快そうに言った。


「端的に言えばそうなります」

 ギルド<メラゾーマでもない>のダンジョンバトルはまさしく辛勝というべき内容だった。参加した四ギルドすべてが一〇〇〇万DP以上のスコアを稼いでおり、二位との差は五〇万DP程度しかなかったのである。つまりギリギリの勝利だったわけである。


 投資額は四位以下でもギルドメンバーを全員残せる八九〇万DPだった事もあり、薄氷を踏むような勝利だったに違いなかった。


 五つのギルドを蹂躙しつくした<闇の軍勢>や四〇〇万DPという参加ギルド中最小投資額で圧勝した<宿り木の種>、高い情報収集能力を誇り、二位以下にダブルスコアの差をつけて勝ち進んだ<聖なるかな>と比べるとあまりにも弱すぎる。


「それは頭一つ抜けている<闇の軍勢>を、<聖なるかな>っていう怪しげな新興宗教集団と組んで袋叩きにしたいから?」

「はい、端的に言えば」

 穏やかなメラミの表情が曇っていく。


「……ごめん、ピロト君。あたしそういうの嫌いなんだけど」

 メラミは変人であるものの、根っからの善人である。困った人から相談されると助けずには居られない。これまで引き起こしてきた事件の数々も、大元は困った誰かを助けるための行動だった。


 そんな背景があるからこそ、数々の奇行や暴走を許されてきたのである。


「はい、知っています。それでもお願いしています」

「あたしは難しい事は分かんないけど、ピロト君がやっている事ってその魔王さんがやっている事と何が違うの?」

「全然違うし! 魔王は無理矢理他のダンジョンを従えてて、ギルドバトルの度に使い捨ててる! 主様はそんな事、絶対にしない!」

 クロエが椅子を蹴倒しながら言う。まるで獣が威嚇する時のようなうなり声を上げている。


 メイド達が一斉に武器に手を添える。


「みんな、止めて」

「クロエも抑えて」


「ねえ、ピロト君、それ確かめた?」

「ケンゴ君がそう言っています」

「ああ、会長さんね。確かにこんなつまらない嘘を付く人じゃないね。でも、勘違いの可能性は? だって追放されたダンジョンだって今は復帰しているんでしょ?

 それならピロト君達と変らないじゃない? 会長さんの判断が間違っているだけかもよ? だってすべては会長さんの推測なんでしょう?

 助けを求められたっていっても随分前の話のようだし。今は改心して仲良くやっている可能性だってある。

 そもそも周囲が脅しているとか言っているだけで本当は合意の上かも知れないよ?

 ねえ、ピロト君。一度、魔王さんにも直接話を聞いてみたら?」

 研究者気質のメラミ先輩は一度疑問に思ったことは解決せずには居られない性質である。だからケンゴの言葉が本当なのか確かめたくて仕方が無いようだ。



「そんなの、どうやって?」

「例えばバトル文通とか?」

 メラミ先輩は尋ねるように言った。


「バトル文通は相手が断ると分かっている時にしか使えませんよ。もしも相手がバトルを受諾してしまえばそのまま戦う事になってしまう」

「分からないじゃない。相手だって話したがっているかも知れないでしょう? 最悪、受諾されても退ければいいだけだし? 何ならあたしが声を掛けてみるよ」

「ダメです! 危険すぎる」

 ヒロトが声を上げると、メラミ先輩は大きく目を見開いて――もともとまん丸の大きな目だが瓶底眼鏡のせいでより大きく見える――ゆっくりと細めた。


「ねえ、ピロト君。もしかして今、あたしの事、心配してくれたの?」

「…………はい」

 嫌そうにヒロトが頷けば、メラミは破顔する。


「えへへ、ありがとう。メラミ先輩、とっても嬉しい。ねえ、キッスしていい? 小鳥さんのやつでいいから」

「この人痴漢です」

「失礼しちゃう。あたしは痴女だよ! き・み・だ・け・の」

「はぁ、先輩は相変わらずですね」

「あたしはあたしだからねー。ねえ、ピロト君。魔王さんって何でそんなに必死なんだと思う?」

「必死? 魔王が?」

 瓶底眼鏡の蔓を抑えながらメラミ先輩は大きく頷く。


「だって魔王さんってランキング第一位なんでしょう? しかも二年連続だなんて快挙だと思うわ。それなのに今も必死になって、ギルドランキングでも一位を取ろうとしている。そんな圧倒的な強者が形振り構わずこのダンジョンバトルに賭けているの。本当によく分からないわ」

「そうですね……何ででしょう」

「そもそも前回の予選だって二二〇〇万DPも使わなくたって充分に勝算があったはずでしょう? ものすっっごく強いのにまるで追い詰められた獣みたいに死に物狂いで殺しに掛かってる。何か王者っぽくないんだよねー」

 メラミは瓶底眼鏡の位置を直しながら続ける。


「あたしね、昔から疑問だったのよ。獅子は兎を狩るのに全力は出さないんじゃないかなって。死力を尽くすならバッファローとかシマウマのような食い出のある獲物を狙う時にするべきでしょ? 普通なら兎みたいな可食部の少ない小動物なんて見向きもしないだろうし、近くに来たからラッキーって手を伸ばすくらいだと思うの」

「いや、あれはどんなに力があっても奢るなって意味で」

「うん、もちろんそれは知ってる。でもね、本当にライオンがウサギを本気で狩るとしたらどんな時なんだろうって思うのよ」

「……何でしょうね。例えば子供に狩りの練習をさせるために捕まえるとか、非常にお腹が減っているとかじゃないですか?」

「そうね。あるいは――そう、誰かに命令されている……とか?」

 メラミの言葉に、ディアは目を見開いた。


 高位の存在であるダンジョンマスターに命令できるような立場と言えば――


「そんな事はありえません! 昨年末から至高神様は奴がダンジョンマスターへの接触する事を禁じています」

 ディアが自らの考えを否定するかのように首を振った。


「ディアさん、大丈夫ですか」

「あ、いえ……失礼しました。大丈夫です」

 <ハニートラップ>の一件、影で迷宮神が動いていた事は聞いている。ショウも被害者だったと聞いて、心が少しだけ軽くなったのを覚えている。


 奴は特定のダンジョンを優遇するような明らかなルール違反を犯した。ディアさんは至高神等を始めとする上位神に訴え、正当な理由無くダンジョンマスターに近づいてはならないという新しい制約を課す事に成功したという。


 今後、迷宮神がダンジョンマスター達に直接働きかける事は不可能だ。迷宮神が領袖を務める派閥に所属する神々だってほとんどが力のない下級神。そんな連中にナンバーズ級のダンジョンマスターをどうこうする力はない。


「ご、ごめん、ディアさん。根拠もなく適当な事を言っちゃてたかも」

「僕からも謝ります。メラミ先輩は悪気はないんです。ただ考えなしなだけで」

「……い、いえ、取り乱して申し訳ありません」

 お互いに頭を下げたところでメラミが口を開く。


「とりあえず、ここで議論してても仕方ないね。直接、本人に聞くことにするよ」

「……メラミ先輩もギルドバトルに参加するってことですか?」

「もちろん、だって聞いてみたいじゃない? 魔王ライオンさんが形振り構わずあたし達ウサギさんを狩る理由!」

 こうなってしまったメラミ先輩を止める方法はない。ならば失敗を最小限に留められるよう努力するだけだ。


「僕の言う事、ちゃんと聞けますか?」

「はい、分かりました!」

「じゃあ、参加してもいいです」

「あれ、何か違くない……? ま、いっか。安心してピロト君。何があってもメラミさんはピロト君の味方だよ! ……な、なので、また危なくなったら助けてくれますか?」

 恐る恐るといった表情でメラミは言う。


 それは高校時代と全く同じ表情なものだから、ヒロトはなんだか懐かしい気持ちになった。


「もちろん。先輩は僕が守りますよ」

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