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メラミ先輩

「お早うございます、ヒロト様」

 いつものように一〇時きっかりにディアの姿が現れる。長い銀髪を綺麗にまとめ、いつものキャリアウーマンスーツに身を包んでいる。豊かな丘陵がブラウスを押し上げ、大人の女性ならではの色気を感じてしまう。


 コタツに寝転んでいたヒロトは起き上がると、挨拶をする。


「あ……おはようございます、ディアさん……」


 相変わらず美人だな、とヒロトは思った。

 美人は三日で飽きるというが、美人なものは美人だ。最初に見たときほどの感動を覚えないだけで時折ちょっとした拍子にその事を再確認させられる。


「えっと、ヒロト様、一体、どうなさいました……?」

 そう言ってディアは小首を傾ける。フェイスラインからこぼれた髪が、白い首元を流れ、ブラウスの中に入る。


 綺麗な髪だな、触りたいなとそんな事を思ってしまう。


「――なッ!?」

 ディアが顔を後ずさる。


「ひ、ヒロト様! 先ほどから一体何なんですか!」

 今度は真っ赤にしながらもじもじしている。


 怒らせてしまった。しかし怒った顔も可愛い。もっと近くで見たいと思う。


「からかわないでくださいッ!!」

 ディアが動揺して大きな声を出した時、ちょうどその時、クロエが水差しのあるトレイを持ってコアルームに入ってきた。


「お、おはようございます、クロエさん! あ、あの、あのヒロト様が! 変なんです!」

「ああ、そっか。昨日、会談途中に帰っちゃったから知らないのか」

 クロエは納得した顔で頷いた。


「いま主様はね、嘘が付けない状態なんだよ」







 ダンジョンバトル開始と同時にヒロトは対戦相手のダンジョンへと移動した。相手方たっての願いにより、会談場所はダンジョンで開かれる事になっていた。


 ダンジョン同士を繋ぐゲートを潜る。灰色の洞窟が風光明媚な景色へと一変していた。燦々と降り注ぐ太陽、風になびく緑の絨毯、水辺のほとりに建つ大きな風車。全体を覆う薄灰色の汚れが経年変化の妙を感じさせた。


「すごいね、ディアさん」

 ヒロトは風車へと続く踏み固めただけの道をゆっくりと歩いていく。


「はい、塔型のダンジョンは珍しく全体でも両手の数ほどしかありません」

「ごめん……綺麗だね、って意味」

「これは失礼しました」

 恥ずかしそうに俯くディア。ヒロトは穏やかな笑みを浮かべる。


「ぷぷ、主様、残念。ディアには景観を楽しむ感性はありませんでした」

「失礼な! クロエさんだって以前、雪景色を見て寒そうって言っていたじゃないですか。それに私はサポート担当としての役目を優先しただけで美しい景色を美しいと感じる心くらい――」

「あ、まるまる太ったウサギ」

「え、どこです!? ち、違いますよ、ヒロト様。可愛いウサギ見たいなって思って……」

「うそー! 食欲ぜんかーい」

「クロエさん! 今日という今日は許しません!」

 追いかけっこを始める二人。


「二人とも楽しそうだね。今度子供達を連れてピクニックでも行こうか」

 こういった大自然の中に居ると心まで開放的になるのかもしれない。


「いや、マスター、止めてくださいよ。こんな綺麗な場所で喧嘩なんてしないでって」

「おい、ルークよ。そこはダンジョンバトル中にだろ」

 普段は慎重なヒロトは護衛役である古参組まで緩んでしまっているのには理由がある。


「おーい、ぴーろーとーくーん!?」

 風車の真ん前で満面の笑みを浮かべた少女が、余った白衣の袖を旗のように振り回しながら叫んでいるからだ。











 挨拶もそこそこにギルド<メラゾーマでもない>の盟主ダンジョン<メラではない>の本拠地に入る。遠めに見えた風車小屋は実際にはお城のようなサイズだった。


 ダンジョンにありがちな外観よりも内部の方が広い理論も健在のようで通路には無数の扉が延々と並び続けていた。


 一階の南側、三五番目にあった扉に招かれるとそこは日当たりのいい工作室のようだった。学校の図工室を思わせるそこには巨大な作業机がある。卓上に散らばっていた工具やらネジ、バネを触らないように席に着く。


「では、改めまして! 自己紹介から! <メラではない><メラゾーマでもない>、じゃあ何なんだって? そうです! わたすが布良真奈美メラミでーす!!」

「お久しぶりです、メラミ先輩。相変わらずお元気そうで何よりです」

 ガイアに拉致されてから三年近く経ったというのに彼女は全く変わっていなかった。サイズの合わない白衣、分厚い瓶底眼鏡、長い赤茶色の髪をおさげにして、頭頂部に一本アホ毛を書けばメラミ先輩の出来上がりだ。


「うん、相変わらずのクールさ! 安定のスルースキルだね、ピロト君。で、うしろのメイドちゃん達があたしの眷属達で<ホムンクルス>の右からプリンちゃん、ババロアちゃん、パンナコッタちゃん」

「マスター。パンナコッタは私です。彼女はタピオカになります。皆様、どうぞお見知りおきを」

 ヴィクトリアンメイド姿の四人の少女が深々と頭を下げる。全員が全員、まるで作られたように整った顔立ちをしていた。


 同じ顔、同じ背丈、同じ姿勢。髪の毛の色だけが違っていてそれぞれ金髪、銀髪、赤髪、黒髪と分かれている。デザートの色に合わせているらしい。古風なメイド服と腰に佩いた日本刀が凄まじい違和感を醸しだしていた。


「ご丁寧にありがとうございます。僕は<迷路の迷宮>のダンジョンマスターで<宿り木の種>でギルドマスターを務めています、深井博人です。こちらがサポート担当のディアさん、眷属のキール、ルーク、クロエになります」


「うんうん、相変わらずピロト君は礼儀正しくて大変よろしい。ディアさんに、キールークロエさんね。覚えた覚えた」

 アホ毛を揺らしながら頷く小柄な少女を、クロエは胡散臭そうに見る。


「主様主様、この人、本当に大丈夫なの?」

「うん、変態だけど危険人物じゃないから大丈夫だよ」

 メラミ先輩はパソコン研究部やロボット工学研究部、人工知能研究部などのサークルを次々に立ち上げ、その全てで全国規模の賞を取った天才理系女子である。


 最終的にはそれらの部活を<メラミ総研>なる謎の研究機関に統合しており、五つ分の部費を使って遊び呆け――もとい、研究に邁進し続けていた。


 ちなみに学内では大のパソコンオタク・ロボットオタクとして知られていて、学内で勝手にイントラネットを構築したり、ドローンを組み立てて飛ばしたり、AI技術を使ってドローンを自動運転させてみたりと様々な実験を繰り返してきた。


「あ、いや、ちょっと危険かも」

「ちょいちょいちょーい、メラミ先輩のどこが危険だっていうのさ。これほど人畜無害なマッドサイエンティストはいないでしょうに」

「あ、マッドな自覚あったんですね……まあ、でも……先輩といったらドローン鶏糞竜巻旋風脚を引き起こし、」

「うっ」

 メラミ先輩が胸を押さえる。


「暴君ハヤシネ退職TELLの引金を弾き、」

「はうっ」

 今度は頭を抑える。


「盗撮犯追跡者システムが実は盗撮未遂事件の発端となり、それから――」

「ひぅ……もうやめて! メラミ先輩のライフはもうゼロよ」

 わざとらしく泣き崩れるメラミ。


「マスター、僕、それすっごく気になります」

「大将、俺は二番目が気になる。あとで教えてくれや」

「結局ろくでもない事に変わりない」

 眷属達の呆れた表情にメラミは本格的になきそうになっていた。


「三人ともやめたげて。本当に先輩のライフなくなりそうだから」

 微苦笑を浮かべるヒロト。彼女と知己を得てしまったために巻き込まれた事件は数知れず。メラミの失敗の大半は上手く行ってたのに調子に乗って出力を上げたり、不要機能をつけてしまったりといううっかりが多かった。それこそ往年のドラえもんの一話を彷彿とさせるようなアホらしい失敗だ。


「う、ごめんよ、ピロト君、生まれてきてごめんよ」

「はいはい、大丈夫ですよ、先輩。みんなもう怒ってないですから。幸いどの事件でも怪我人や逮捕者も出なかったわけですし。先生一人退職しちゃったけどこれは皆も喜んでいたし」

 心なしか元気のないアホ毛の頭をぽんぽんと撫でてやればメラミ先輩はすぐさま復活してしまう。


「漲ってきたー」

 そして拳を振り上げ、声を荒げる。


 相変わらず子供みたいな人だとヒロトは思った。ともあれその子供めいた自由な発想力とその類稀なる技術力、桁外れの実行能力によって様々なトラブルを引き起こしてきたメラミ先輩なわけだが、迷惑を掛けてきた以上に周囲に貢献してくれている。


 ヒロトもお世話になったその一人で、所属していた法学クラブのために様々な判例を蓄積したデータベースを構築してくれた事がある。幾つかの条件を入力するだけで判例が閲覧出来るというもので、裁判所の検索システムの使い勝手が悪いため、操作性の高いWEB画面が欲しかったのである。


 しかも過去の事例だけでなく、自動的に最新の判例を収集する機能を作成。更にこういった判決が出やすいといったグラフを作れる機能を作ってくれた。他にも過去の検索条件を残せたり、レコメンド機能を実装してくれたりと様々な機能を追加してくれている。


 学内有数のシステム屋さんとして認知されており、彼女のおかげで我が校では事務局でさえ知らないシャドウシステムが無数に存在しているという。


「さてと愛しのピロト君、昔話に花を咲かせるのは後にして本題に入ろうか?」

「キール、今強引に変えたね」

「だな、話持って行き方下手くそすぎて逆に笑えるな」

「二人とも、そこは黙っているのが優しさだと思います」

 眷属達の容赦のない突っ込みに、メラミの口元が悲しげに歪んだ。


「皆、ヒソヒソ話は聞こえないようにね」

 ヒロトは困ったように息を吐く。


「じゃあ、改めて。メラミ先輩。次のギルドバトル、辞退してください」

「OK」

 メラミ先輩は軽く了承するのだった。


テイクⅡ

「お、おはようございます、クロエさん! あ、あの、あのヒロト様が! 変なんです!」

 そうです、わたすが変なダンジョンマスターです。



テイクⅡその2

「では、改めまして! 自己紹介から! <メラではない><メラゾーマでもない>、じゃあ何なんだって? 


(じゃーん)


 ハンバーグだよ!!」


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