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頬を叩いたその手を取る

「殺す!」


 瞬間、殺気が膨れ上がった。後方から突き出てくる白銀の剣――ルークの得物で疾風剣<フェザーダンス>だ――を老騎士ランブリオンが防ぐ。


 二振りの剣が火花を散らす。


「貴様、何をする!」

「あなた達は危険だ。今、この場で排除する」

 鍔迫り合い。二人の剣士は一斉に離れると再び切り結ぶ。留まる事を知らぬ疾風が如き鋭い斬撃にランブリオンは知らず後退してしまう。


 瞬間、剣が飛んでくる。投擲。優れた剣士であるランブリオン卿は少年剣士の奇策に驚愕しつつも紙一重で躱す。しかし無理な体勢を取ったため僅かな瞬間、ルークへの注意が逸れてしまう。


「何処に――」

 忽然と姿を消したルークを探す。


 下がる。足元から殺意を滾らせた青年が迫っている。自らの影に潜り込まれたのだ。失態に気付くも遅すぎた。


「――シッ!」

 豹の如く素早くしなかやかで鋭い動きは老練な騎士であるランブリオンでさえ対応できない。


 老騎士が吹き飛ぶ。身長一九〇センチを超える巨躯が一〇メートル近くも吹き飛ばされていた。


 そのままもんどりうちながら宙を舞い、硬い壁に叩きつけられる。胸に衝撃。目の前に少年の足がある。


「ぐ、なにが――」

 そして気が付けば老騎士は踏みつけられ、首には剣が突きつけられていた。


「ランブリオン卿! 迷路の主よ、裏切ったか!?」

 司祭ロンデルモートが叫び、敵対者を睨みつける。


「あ? それはこちらの台詞だ! 返答によっちゃ、殺すぜ?」

 しかし隣に立つキールが怒気と共に言葉を返した。抜刀した長剣を掲げている。膨らんだ肩から滲み出るような猛烈な武威はその一撃が放たれなくてもどれほどの威力が込められているか瞬時に理解出来てしまった。


「<聖域サンクチュアリ>」

 しかし彼とて<逆十字教会>の重鎮である。僅かなやりとりの間に神への祈りを捧げ終えていた。


「しゃらくせえ!」

 キールが魔剣を一閃すれば結界は破壊されてしまう。最上級の神聖魔法である<聖域>も四ツ星級にまで成長した戦士の一撃には耐えられないのである。そればかりかその剣風によって神父は吹き飛ばされてしまっていた。


「で、お前は、主様の正体を知って、どうする?」

 そして法王を守護する司祭は絶望する。王の背後には獣耳を生やした獣人少女が立っていたからだ。


 守護すべき主の首には白刃が添えられている。


 更に会場のダンジョンの出入り口には数名の黒衣を纏った軽戦士――恐らく凄腕の暗殺者達――が立っていた。


 こうなればこちらも敵の首魁をと目を向けた時には主を守るべく黒衣の剣士が二人、存在していた。背後に一人、天井にも一人居るだろう。


 ――もしや最初から居た、のか。


 戦慄する。そしてダメ押しのように会場の扉からは武装した白銀の騎士達が現れる。全員が魔剣らしきものを所持していた。帝国の近衛兵だってこれほどの装備は持っていない。一人ひとりが凄まじいまでの武威を放っていた。それこそランブリオン卿と伍するほどの戦士ばかり。


 そんな連中が風切るような速度で会場に乱入してくる。重い甲冑を身に付けているとは思えない軽快さだ。数は見る間に増えていく。二〇を超えた辺りから面倒になって放棄した。多分五〇〇くらいだろう。


 そんな五〇〇名のつわもの達が隊列を組み、旺盛な戦意をぶつけて来る。全員が全員一角の戦士達だ。一部の隙も見当たらない。特に先頭に立つ隊長格の数名からは襲撃してきた眷属達に準ずるほどの武威を感じた。


 万事休す。ロンデルモートは死を覚悟した。






「言えよ、白いの。それとも死ぬか?」

 クロエがナイフの尖端を首筋に突きつける。白い肌に一筋の赤い線が生まれる。


「特に何も? 強いて言うなら、こちらの力の一旦を知って欲しかった、というところですね」

 この期に及んで法王の表情に変化はない。まるでこうなることを見越していたかのような態度にヒロト達は密かに戦慄する。


「わたくし達<逆十字教会>はガイア全土に地球の宗教の教えを広めようとしています。いわゆる宗教戦争というやつです。平和を訴えながら、わたくし達は腐敗した宗教組織の幹部を殺したり、危険な教えを広める施設そのものを物理的に破壊したりします。結構血腥いもんです」

 セイヤは片目を瞑り茶目っ気たっぷりに言う。


「教えと言っても、キリスト教やイスラム教、仏教、神道、ヒンドゥー、儒教。色々な宗教のいい所取りしてつまみ食いしてごった煮にした上、ガイアの人々にも受け入れられるよう私なりにアレンジを加えたものですけどね。

 それでも急速に広まった。よほど宗教腐敗が進んでいたのでしょう。

 結果として宗教戦争が始まった。戦争真っ只中のわたくし達はわたくし達の身を守るため、布教先の地理や固有の文化や権力者やダンジョンの情報を掻き集めているわけです。

 そして謎の大賢者メイズ氏や彼が保有する戦闘部隊の名はオルランド王国はおろか帝国にまで広まっていますよ。で、そんな有力な存在を調べないはずがない。メイズ氏の名前が世間に広まった頃からの活動内容を調べたわけです。

 笑ってしまいましたよ。予言の如き精度で一斉スタンピードの時期を見抜いたり、希少なレアモンスターのドロップアイテム<疾風剣フェザーダンス>を売り捌いたり、購入した奴隷や保護した難民達を一流の戦士に仕立て上げたり、その戦士達でスタンピードの群れを倒したり、しかも名前がメイズ氏でしょう? もう笑うしかないじゃないですか? それで隠しているといえるのですか?」

 セイヤはこれまで以上に穏やかな笑みを浮かべる。凝り固まった体を解きほぐすような、震えた体を温めるような優しい笑みだ。


「ヒロト君、我々の情報網はきっと役に立ちますよ。それに今ではそれなりの信者数を抱えていますから社会的な地位だってあります。別に名誉欲があるわけじゃありませんが、そういったステータスはこと情報を集める時には存外役に立つものなんです」

 セイヤは立ち上がる。クロエが迷った末に刃を引いたが、間に合わず首筋に浅い傷を残してしまった。


 しかし当の本人はそんな傷などなかったかのように穏やかな表情を浮かべている。


「ヒロト君はダンジョンという悪を変革しようとしている。

 わたくし達は悪しき教えを駆逐しようとしている。

 我々は手段こそ異なりますが、きっと目指すところは一緒なんです。

 人々に安寧を、誠実な人に幸運を、悪党には鉄槌を。

 ヒロト君、知ってました? 地球でもガイアでも握手の意味は一緒なんです。

 我々は似て非なる世界に住んでいますが、きっと人々が求めるものは一緒なんです」

 法王はそう言って手を伸ばした。

 確かに彼は全知全能ではないだろう。少なくとも悪党ではないと思う。もしかしたら誰かが不幸である事が許せない、ちょっと神経質でおせっかいな善人なのかもしれない。


「わたくしはガイアの人々が笑って暮らせる世界にしたい。だから手を繋ぎましょう」

 そんな思想を共にする相手。恐らくこの世界の誰よりもヒロトと近い人物の誘いに、 ヒロトは我知らずその手を伸ばしていた。


「ありがとう、ヒロト君。わたくし達はきっと仲良く出来ると思うんです」


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