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法王

 資本金集めに戦力の育成、それだけでは足りないとヒロトは感じていた。


 進化したゴブリン軍団は確かに強力だろう。彼等は最低でも一ツ星級のモンスターであり、しかも進化後も限界値までレベルアップさせる予定だ。一ツ星級の<ゴブリンウォーリア>でも召喚直後の二ツ星モンスターを凌ぐ実力を持つ事になる。


 更にレア個体である<ゴブリンキング>も多数生み出されており、スキル<王の統率>によってステータスが強化される。下手したら三ツ星級モンスターに匹敵するくらいの戦闘能力を得られるかもしれない。


 それでいて召喚コストはわずか八DP。設置コストは十倍買取りになるため八〇DPとなるわけだがそれでも破格のコストパフォーマンスと言えよう。撃退スコア=配置コストというギルドバトルの仕様にこれほど適合したモンスターは他にいないだろうとヒロトは思っている。


 まともにやれば負ける事はない。


 しかし、それは一対一での話である。ギルドバトルは基本的にバトルロイヤル戦なのである。極端な話でいえば<宿り木の種>が<闇の軍勢>との戦いに勝利できたとしても、残る二つギルドが<闇の軍勢>に打ち負かされてしまった場合、勝者は<闇の軍勢>になってしまう。


 <闇の軍勢>からすれば手強い<宿り木の種>は後回しにしてそれ以外のダンジョンの攻略だけ行うという手もある。


 <闇の軍勢>に勝てる勢力は<迷路の迷宮>をおいて他に無い。<トロール>や<サイクロプス>のような巨人、<ウェアウルフ>や<ヴァンパイア>といった魔族、<レイス>や<ファントム>などの死霊系のから成るという軍勢が極限まで育成されていたとしてそれを他のギルドが防ぎきる事が可能だろうか。


 ――いや、無理だ。


 現に<闇の軍勢>は単独で対戦相手であった四ギルドの戦力を蹂躙している。<闇の軍勢>が戦ったA組には序列第五位の<_:(´ཀ`」 ∠):'>――パンデミックと読むらしい――率いる<_:(´ཀ`」 ∠):'s>――パンデミックスと読むらしい……名前に絵文字使うなよ――も居たそうだ。他のギルドもナンバーズ間近の上位ランカー率いるギルドばかりであり、どれも一七〇〇万DP近くを投じた強力な戦闘部隊を編成していたそうだ。


 四ギルドの総資本額は六八〇〇万DP。これほどの大軍をたった二二〇〇万DP分の軍勢が圧倒したという。


 いかに強力なゴブリン軍団を用意したとしても、圧倒出来るほどの戦力差は生まれないだろう。残りの二ギルドに足を引っ張られて敗北するなんて可能性もあった。


 確実な勝利を得るために踏み込んだ手を打つ必要があった。









 ダンジョン入り口に作った会合会場。純銀製の椅子にゆったりと座った青年は穏やかに微笑んだ。


「初めまして深井博人さん、いや<迷路の迷宮>のほうがいいですか?」

 第一印象は白だった。白髪、白皙、白い法衣カソック。漆黒の瞳だけが浮かび上がって見える。


 胸には掛けていた逆十字を左手で掲げ、右手に握った権杖ジェズルを振るう。


 若い、のだろうか。若く美しい一〇代の少年ようにも見えるし、穏やかな物腰のせいか二〇代にも見える。その老成した雰囲気から四〇代と言われても納得してしまうような不思議な容姿をしていた。


 どこかで見た事のあるその容姿にヒロトは記憶を探った。


「初めまして、えっと……貴方はたしか中等部で教鞭を取ってらっしゃった」

「おっと、ご存知でしたか。確かにわたしくはそちらの中等部で神学と宗教学を教えておりました神代聖也と申します。今は<逆十字教会>のダンジョンマスターですね。しかし――」

 ヒロトは唾を飲んだ。<魔王城>と双璧を為す最強の一角、<法王>の名で知られる序列第二位<逆十字教会>のダンジョンマスターだ。


 トップランカーが醸し出す底知れぬ雰囲気に知らずに緊張を覚えてしまう。


「――気軽にセイントセイヤ先生とでも呼んでください」

 セイヤは言うなり権杖を放り投げ、左手を上げ、握り締めた右手を腰の方まで持っていく。テレビでよく見る星矢ポーズである。


「あの、えっと……」

「ノリが悪いですねー。そこは先生は自分の体の中に宇宙を感じた事があるか? でしょ?」

「あ、えっと……ごめんなさい……そのアニメ、見たことなくて……」

「おっと、これは失礼。セイントお兄さんでもいいですけど……」

「すいません」

 ちぇっと唇を尖らせる法王猊下の振る舞いに、お付きらしき甲冑を着た壮年男性と司祭服を着た初老男性が揃ってため息を付いた。


「猊下、だからあれほど初対面の相手に素顔を晒すのはお止めくださいと申しましたのに」

「閣下の言う通りですぞ、猊下。相手方に失礼ではありませんか」

「ごめんごめん、ちゃんとするから……こほん、ヒロト殿、それで我々にお話とは?」

 セイヤはそう言うと居住まいを正し、緩んだ表情を引き締めると当初の大物ダンジョンマスターっぽい雰囲気を醸し出し始めた。


「<闇の軍勢>を止めるため、手を組みませんか」

 今更遅いです、と思いながらヒロトは謀略を口にした。






「なるほどなるほど、私達と同盟を結びたいと!」

「というよりも共同戦線というイメージです。<闇の軍勢>を確実に負けさせるための」

「なるほどお話は分かりました。まずは相互理解を深めましょう。自己紹介なんていかがでしょうか」

 こちらとしても信頼ならない相手と手を結ぶのは出来ない。


「こちらは僕の眷属でキール、ルーク、クロエです」

 ヒロトは頷き、出席者の紹介を始めた。


「初めまして。神代聖也です。わたくし神の代わりの聖なるもの也と書きます。あ、こっちは漢字がないんでしたっけね、気軽にセイヤ先生とでも呼んでください。信徒でもありませんし、教え子のお友達ですからね、先生と呼ぶほうが正しいでしょう。ああ、申し送れました。こちらの暑苦しい宗教家二人は眷属のランブリオンとロンデルモート。私が興した新興宗教<逆十字教>の聖騎士と枢機卿をやってくれています」

 暴風雨めいた言葉の嵐に眷属達が目を白黒させた。突然の真面目な時とそうでない時の落差が激しすぎてヒロトも対応に苦慮してしまう。


「先生、付き合い辛いって言われませんか?」

「言われる言われるー。女生徒のみなさんからはセイヤ先生って黙ってたらかっこいいのにってよく言われてましたー」

 そこまで言ってセイヤは肩を落とした。


「すいません、古傷を抉ったみたいで」

「いいですよ、私はこう見えて法王様ですからね。懐が広いんです。大抵の事は気にしませんよ」

 セイヤは居住まいを正し、穏やかな笑みを浮かべて言った。


「けれどもね、神学者の端くれとして今のガイアの状況は許せなくてね。人を害する数多のダンジョンが生まれ、国は民を守るために死に物狂いで戦っているというのに最も民草を救済すべき立場にある宗教は座して眺めているだけなんですよ。

 分かりますか? 不景気でお布施が減って宝物庫の金貨が足りぬーって嘆いているだけなんです。どうです? 腐っているでしょう?」

「なるほど宗教腐敗、というやつですか」

 元神学者であり、教鞭を取る生粋の聖職者たるセイヤには腐りきった宗教というのがどうしても許せなかったらしい。


「はい、だからわたくしはこの二人と一緒に立ち上がったのです。腐った果実おしえを捨てさせ、間違った汚物いしきを潰すのです。

 たとえそれが神に背く悪魔の所業だと罵られようと、それが百年後のガイアの人々を救うと信じて! 聖なるかな!」

 聖句らしき言葉をセイヤが叫べば、ロンデルモート枢機卿が拳を振り上げる。

「聖なるかな! 猊下は我等に素晴らしき教えを授けてくれました。初めてその説法を聞いた瞬間、私は天啓を授かったと確信したのです」


 聖騎士ランブリオンもまた拳を振り上げ叫んだ。

「聖なるかな! 宗教は弱き民を救うべくして存在した! しかして今の教会の姿どうだ! 教会施設だけを守る神殿騎士団の在り方には憤りしかない! だからこそ私は教えを正道へと引き戻してくださる猊下のためにこの命を捧げると決めたのだ!」

 ヒロトは引きつった笑みを浮かべた。何故だか怪しげな新興宗教の勧誘を受けているような気持ちになってしまう。見れば眷属達も引いているようで、主人の助けを求める眼差しに気付かない振りして目を背けている。裏切者ユダがこの場には沢山居る。


「……あの、ディアさん」

 ヒロトが一縷の望みをかけて、信奉する女神を見れば彼女は心苦しそうに目を背けた。


「すいません、私も宗教には疎くて」


 ――神は死んだ。


 ヒロトは深く肩を落とした。


「ともあれ、このように暑苦しい人達ですが、人々を思う善性だけは本物です。どうぞご安心を」

 どこを安心すればいいというのか、ヒロトはこの場から逃げ出したくなった。


「しかし、僕はね、君の思想に感動すら覚えているんです。ダンジョンと人間社会の共生、なるほどこれが為されれば人々の苦しみも国々の奔走も宗教組織の腐敗さえも同時に消し去る事が出来るでしょう」

 セイヤはそう言って両手を広げた。白い法衣の裾がひらりと揺れる。


「聖なるかな! 素晴らしいです。貴方はこのガイアそのものを変革しようとしている。それに比べて私なんかガイアの既存宗教に潜り込んでちゃちな改革を興そうとしているだけなんて小さい自分自身が恥ずかしくなるくらいだ若者らしい奇抜で革新的で素晴らしい思想だと思いますわたくしも貴方の革命の一助になりたいとそう思うのです! さあ、ご一緒にいかがでしょう?」

「……すいません、僕悪魔教の崇拝者なんです」

「エホバが来た時の感じで断られた!? ……まあ、冗談はさておき、本題に入りましょうね」

 セイヤは穏やかな笑みを崩さず、椅子に深く座り直す。


「ところで、お話とは次のギルドバトルで<闇の軍勢>と極力戦わないようにしてほしいという事ですね?」

 瞬間、ヒロトの顔から表情が抜け落ちる。


「なんで、それを……?」

「簡単な推理でしょう。このギルドバトルにおいて<闇の軍勢>に対抗出来るのは貴方方<宿り木の種>だけだ。<闇の軍勢>にはとある特殊な手法を使うことで三倍以上の敵を圧倒するだけの戦力を作り出す事が出来てしまう。

 それと同等の手段を行使できる。いや確実に勝利出来るだけの戦力を<宿り木の種>は用意する事が出来る。

 だからこそ話を持ちかけたんです。一対一の勝負であれば勝算がある。しかしそこに癪者が、九〇〇〇万DP分の戦力しか用意できない我々が絡めば勝敗は分からなくなってしまう。だから余計なことはしてくれるなとそう忠告しに来てくれたのでしょう?」

 白皙に浮かぶ瞳だけが爛々と輝いている。


「その手段を当てましょう。初期モンスターを召喚し、レベルアップによる進化を促すのです。更に鍛治能力を持つ魔物を送り込み、ダンジョン内で装備品を生産する。それなら装備品のコストは材料費だけで済みますね。圧倒的に少ないコストで高位のモンスターを召喚する事が出来る、違いますか?」

 ヒロトは改めて今、自分が今一体誰と相対しているのかを思い知らされていた。この場に居るのは陽気でおしゃべりな神学者などではない。


 ダンジョン序列第二位<逆十字教会>を率いる強大なダンジョンマスター。


「違いますか?」


 <魔王>と同じく<王の座>を頂く存在だったのだ。


「ね、大賢者メイズさん?」


 <法王>。それはこのガイアにおいて一〇〇万人もの信徒を従える王であった。

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