準備
ギルド会議を終えた直後から、ヒロトは精力的に動き始めた。
次回のギルドバトル、通称<年間王者決定戦>は一二月二〇日に開催される。準備期間は半年弱となっており、この間に出来る限りの戦力を確保しなければならない。
<魔王討伐>に際してヒロトがまず始めたのが資本金集めである。<闇の軍勢>は前回のダンジョンバトル同様、ギルドランクを一ツ星級にまで落として資本を投入してくるであろう。少なく見積もっても九〇〇〇万DP超という大量の資本だ。この圧倒的な物量に対抗するためには軍資金はいくらあっても足りない。
ギルドバトルで叩き出した圧倒的なスコアから鑑みるに<宿り木の種>同様、率いるモンスターに育成を施していると思われた。如何に強力な闇の種族を召喚出来るとはいえそれだけで全ての対戦相手を圧倒出来るほどの力の差はないはずだ。
手段は同じ。だとすれば生産系ダンジョンの寄り合い所帯である<宿り木の種>では真正面から戦っても勝てないと考えていい。
だから、文字通り何でもやる。手段を選ばず資金を掻き集め、戦力を充実させるのだ。そこまでやってようやく同じ土俵に立てる。
「おはよう、ヒロト。資本金集めはどうだ?」
「おはよう、ケンゴ君……うん、まあそれなりに」
連日のハードワークにより疲れ切った表情でヒロトが食堂で朝食を取っていると、トレイを持ったケンゴがやって来る。
ヒロトが始めたのは奇しくも<闇の軍勢>と同じ一時メンバーの募集であった。ギルドへの加入申請をしてきたダンジョンマスターと面談し、<闇の軍勢>への脅威を語り、協力を依頼する。そしてギルドバトル開催時にはギルドが降格してしまうため強制退会させられてしまうが、再登録を約束する事で協力を願うのだ。
ギルド資本金には上限がある。一般会員ではギルドの等級――つまり星の数×一〇〇万DPとなる。三ツ星級ギルドである<宿り木の種>は三〇〇万DPとなる。
もちろん中間層以下のダンジョンマスター達が三〇〇万DPもの大金なんて出せるわけもないためこちらで用立てることにしているのだ。
手法は簡単で<銀のインゴット>を五DPで買取らせ、九DPで買取る手法だった。一〇DP未満の少額取引の場合、手数料はかからないためその差額をギルドに出資してもらえばいいというだけである。実質、手数料なしで資本金を増額可能なのである。
集めた資本金を全てギルドダンジョンの強化に注ぎ込み、<闇の軍勢>が保有する強大な戦力に対抗する。
平行してギルドバトルで使用するモンスターの育成も行っていた。ギルドメンバー達が持て余しているという<進攻チケット>や<原初の渦>、<眷属チケット>などのチケット類を三ツ星級モンスターが召喚出来る<レアガチャチケット>と交換、あるいはDPによる買取を行うのだ。
低レベルダンジョンでは召喚出来ない三ツ星級モンスターは喉から手が出るほど欲しいものである。もちろんDPでの買取りの時には<市場>に卸せる最高価格で買取るようにしている。
それ以外にも低レベルダンジョンが喜びそうなサービスを展開していた。
例えば講演会である。一時メンバーの中には無職ダンジョン――特に活動をせず地脈から得られるDPだけで生活するダンジョンの事を指す――も多くいる。そこで<会議>機能を使って<ガイア農園>や<大漁丸>、<俺も乗せて>といったスローライフ成功者達と引き合わせる事で、ダンジョンの平和的な運営方法についての相談会を開くのだ。
ヒロトが考案した手作りエセ和食を差し入れたりしているのだが、それを目当てにやって来る会員も多いらしい。調味料もレシピも公開しているのだから自分で作って欲しいものである。
「そういえば一度、資金を持ち逃げされたんだろ? あれはどうなった?」
「うん、<俺も乗せて>に急行してもらって説得してもらったよ」
<俺も乗せて>は空飛ぶ浮遊島を丸ごとダンジョンにしている。ダンジョン機能のおかげで高度や移動方向を変えられるようで、その移動範囲はガイア全土に及ぶのだ。
本気になったゴロウ大佐からは逃れられない。ダンジョンの場所は加入時の面談で聞き出している。<迷路の迷宮>が誇る精鋭部隊<メイズ抜刀隊>を乗せて出発し、圧倒的な武力を背景とした返還要求を迫るわけだ。
「まあ、変だったのはあそこだけで他の新規会員達は真面目で穏やかな人ばかりだよ。今回の件がよほど恐かったみたいで……皆、申し訳ないくらいに怯えてたし」
メイズ抜刀隊は資金を持ち逃げしたダンジョンを強襲した。ダンジョンを荒らし回り、コアルームにまで迫ったのだ。相手方にはDP返却の上、チケットやレアアイテムの無償供出までさせた。言うなれば略奪である。命までは取らなかったが、再構築にはかなりの時間が掛かるはずだ。
「それは仕方ないだろう。言い方は悪いが見せしめが必要だったんだ。約束を反故にした相手を簡単に許しては他のメンバーも同じ真似をしかねない。裏切り者が出れば計画が破綻する」
ギルドバトルに参加出来させてあげられないのは残念だが、元々ギルド復帰を前提した加入なのだ。だからこそ一時加入者へのサービスを怠ったつもりはないし、やる気のあるダンジョンマスターだけに声を掛けるようにはしていた。
「しかし……思ったよりも希望者が少なくて困ったよ」
「まあ、所詮、俺達は人類の敵だからな……」
<宿り木の種>は<人類とダンジョンの共生>を目指して設立されたギルドだ。平和を望むダンジョンマスターは一定数いるはずなのだが、一斉スタンピードへの参加率は年々上がってきている。
スタンピードには参加しなくとも侵入者を招き入れ、食い物にしているところだってある。現在はダンジョン全体の実に八割以上が積極的に活動――人類と敵対――しているそうだ。
原因は貧困にある。ダンジョンの地脈から得られるDPだけではよほど上手くやらない限り、辛い生活を強いられるのだ。暗い洞窟の中で侵入者に怯え、孤独に耐え、黒パンと水のみで飢えを凌ぎ、風呂にも入れず、臭くて不潔で硬いベッドの上で眠りに付く。
ダンジョンマスターの肉体は人間のそれとは異なり、飢餓や病気、ストレスに対しても耐性を持っているわけだが、そんな生活を三年間も続けていれば流石に心を病んでしまう。
その侵食度合いがヒロトの予想以上だったというだけだ。顔を合わせたダンジョンマスター達の中には精神が破綻しかかっていた人さえいた。
ヒロト達は会議室にある仮眠室やシャワー室を使わせてあげたり、暖かい食事を差し入れたりして人間らしい生活を送らせる事で何とか心の平穏を取り戻そうとした。
普通に会話していたと思ったら、唐突に泣き出して出口に走っていった事もあったそうだ。会議室で眠っている間に侵入者がやって来る事を想像して恐ろしくなったらしい。
今は会議室で食事や睡眠を取り、日中はダンジョンで過ごすという生活をしているという。顔色はよくなったそうでユウダイ園長とそのパートナーである大地母神ミルミルはほっと胸を撫で下ろしているそうな。
防衛能力の低さが、ダンジョン攻略を招き、それが精神的重圧に繋がる。貧困と孤独に喘ぐ無職ダンジョンのダンジョンマスター達は多かれ少なかれいつか殺されるんじゃないかという強迫観念を抱いていた。
――僕は無力だ……。
ヒロトはぐっと奥歯を噛み締めた。心を病んだダンジョンマスター達へのメンタルケアにまで手が回せればいいのだが、学校では精神を病んだ人にどう接していいのかなんて知識は教えてくれなかった。
医者でもカウンセラーでもないヒロト達にはどうにもならない出来ない部分があった。そもそもの原因が彼等が従事させられているダンジョン運営にあるわけで、それを取り除いてあげない限り根本解決には至らないのである。
「……ところで、ケンゴ君の方の状況はどう?」
「ああ、こっちはおかげさまで。順調だよ」
ヒロトが資金集めに精を出す一方、ケンゴには大量召喚したゴブリン等、召喚モンスターの育成を担当してもらっていた。<成長補正>や<経験値取得量増加>、<魔力付与>の三点セットで強化召喚したゴブリン達は恐ろしいほどの速度で成長し、次々に上位個体への進化を果たしているそうだ。
成長限界を迎えた個体も複数いるが<王の剣>に所属しているため、侵入者判定によるDPや経験値が得られるため、もうしばらくは<迷路の迷宮>内で活動してもらう予定であった。
ちなみに<迷路の迷宮>では配下モンスターの育成速度を高めるべく<魔物部屋>を増やし、余らせていた<原初の渦>を使って<シルバースライムの渦>を増産している。これにより一度に育成できる個体数が増えたので助かっているとの事だった。
「数が足りなさそうなら言ってね。また作るからさ」
正直、魔物の育成についてはあまり心配していない。なにせ召喚コストの一〇〇倍を支払えば渦は増産可能なのである。シルバースライムが召喚リストに載ってさえいればDPの許す限り、育成速度は高める事が出来る。
「ヒロト……手持ちは大丈夫か?」
「うん、まあ、何とかね」
ヒロトは苦笑いを浮かべる。一時メンバーの出資金は<迷路の迷宮>が負担していた。
昨年の<ハニートラップ>戦やナンバーズ入りの賞金、メイズ抜刀隊の戦果やギルドバトルの報酬などにより大量の収益を得ており、今も<王の剣>に所属のモンスターから継続的に資金を得られているわけだが、流石に出て行く額が余りにも大きすぎる。
「まあ、ギルドダンジョンが確定した段階で資本金が還元されるから大丈夫だよ」
ギルドバトルで使用するDPは資本金から還元される。キャッシュ不足に陥っているのも今だけだ。
「いざとなったら言えよ? 俺にだって蓄えくらいある」
「ありがとう、まだ大丈夫だから。それじゃあ、僕は一時メンバー候補との面談に行ってくるね?」
ヒロトはそう言うと、足早に食堂から去っていった。




