魔王討伐
「それで……次回のギルドバトルについてなんだけど」
ヒロトがこう切り出すと、弛緩していた空気が瞬時に引き締まった。
「ああ、年間王者決定戦の事か」
ケンゴが代表して口を開いた。ギルドバトルの勝敗がそのままギルドランキングに繋がるため注目度は高い。掲示板では早くもこの話題で持ちきりのようだ。
「……問題は<闇の軍勢>か?」
「うん、果たして勝てるのかなって」
<闇の軍勢>はダンジョンランキング三年連続第一位にして五ツ星の戦闘能力者である<王の剣>を退けた<魔王城>が率いるギルドである。
掲示板での情報によればその戦闘能力は隔絶していて、五ギルドが入り乱れて戦っていたA組対戦会場において圧倒的な武力で他ダンジョンを蹂躙し、五〇〇〇万DP超えというハイスコアを叩き出したという。
ダンジョンバトルを経験したケンゴによれば<トロール>や<サイクロプス>という巨人系モンスターを主軸とし、<ウェアウルフ>や<ヴァンパイア>といった斥候から近接戦闘、魔法攻撃までバランスよくこなす魔族が脇を固め、<ウィスプ>や<レイス>といった魔法特化した悪霊が後方支援を担当していたという。付け入る隙が全くない磐石の布陣と言えよう。
「しかも対戦表を見ると二一九九万DPを使っていたんだ」
「つまりギルド会員をクビにしつつ対戦に望んだってのか?」
ユウダイ園長の問いに、ヒロトは小さく頷いた。
「おいおい、そいつヤベー奴じゃねえの」
「しかし、仲間をなんだと思っているんだ」
マサル船長とゴロウ大佐がその仕打ちに憤っている。
「僕の予想では次の年間王者決定戦では一億DP近く使ってくるんじゃないかと思ってる」
<闇の軍勢>のギルドランクは既に三ツ星級に戻っている。しかも拡張された会員枠二〇は全て埋まってしまっていた。
三ツ星級今回のダンジョンバトルではヒロトは二五五〇万DPという資本金を得た。<闇の軍勢>も同量の資本金を得ているだろう。三ツ星級ギルドの場合、一般会員は三〇〇万DPまで出資できる。更にギルドマスターは六〇〇万DPまで出資出来るため、九〇〇〇万DPという大量の資本を投入する事が可能なるのである。
「ギルドバトルの度にギルメンをクビにするってわけか……そんなんで良く仲間が見つかるな」
「…………恐らく、奴は近隣のダンジョンマスター達を脅している」
ケンゴの言葉に全員が顔を挙げる。
「でも、どうやって相手のダンジョンを脅すんですか。ダンジョンバトルなんて断ってしまえばいいだけで……」
ルークが疑問を呈するが、ヒロトは首を振って答えた。
「スタンピードの標的は人間だけとは限らないよ。ダンジョンの位置さえ分かっているなら簡単だ。足の速い魔物で部隊を組んで襲い掛かればいい。一ヶ月もあれば充分に攻略出来るんじゃないかな?」
ヒロト達だって似たような事が出来ない事もない。しかしダンジョン攻略となるとリスクが高すぎるため、子供達には絶対にさせないつもりだ。
ダンジョン同士はある程度の離れた場所に作られているのだが、それでも太い地脈の上やその付近に作成される傾向がある。特定の地域に複数のダンジョンが集中する可能性がない訳ではないのだ。
<迷路の迷宮>のあるオルランド王国もその内の一つに入る。軍からの報告によればこの国で確認されているダンジョンが五〇以上あるという。隠れ潜んでいるダンジョンも含めれば一〇〇を超えてくる可能性があった。
メイズ抜刀隊がわずか一ヶ月という短期間に大量の戦果を挙げられるのも、ダンジョンの密集地帯の中心に居を構えているという要因があったのだ。
「でも、それは憶測に過ぎません?」
ディアが信じられないといった風に言う。
「いや、事実だ。そもそも俺が奴等と戦ったのも近隣ダンジョンからの救援要請があったからなんだ」
ケンゴは重々しく言った。
「マジでやべーやつだった」
「俺っち等は逃げられるからよかったな」
「ふむ、全くだね」
「魔王は、人類はおろか周囲のダンジョンでさえ支配下に置こうとしている。もしも奴が次のギルドバトルでトップに輝いた場合……資本金を奪う事が出来てしまう」
勝利報酬によって<闇の軍勢>は更にギルドランクを上げてしまうだろう。四ツ星ギルドへのランクアップ条件は資本金が一億DPだ。四ツ星級の会員枠五〇。全員から上限額である四〇〇万DPずつを出資させれば二億DPとなり、そこにこれまでの獲得賞金が加わることになる。
恐らく総資本金は三億DP近くなるだろう。次回の年間王者決定戦で優勝されでもしたらそれこそ止められる者が居なくなってしまう。
ギルドバトルそのものが<魔王城>による搾取イベントに早変わりだ。そしてイベントで手に入れた大量の報酬を使い、<闇の軍勢>を従える魔王はその力を増し、更に強く大きく進化していくだろう。
「……皆……頼みがある……力を貸してくれないか?」
「おい、会長、やる気か?」
「相手はあの魔王様だぜ、俺達でやれんの?」
「違うよ、船長。やるしかないんだ。我々が倒さなくて一体誰が倒すというんだい?」
ギルドメンバーの意思が固まる。四つの視線、八つの瞳が此方を決定権を持つヒロトを見つめた。
「頼む」
ヒロトは頷くと立ち上がり、宣言した。
「分かった。やろう、魔王討伐だ」




