城壁前の攻防
指揮所の大型モニターにはダンジョンマスターやそのサポート神、更に各ダンジョンの眷属達でごったがえしていた。さながらパブリックビューイング会場だ。
ダンジョンマスター、ガイア神族、人間、コボルト、サハギンやハーピー、多様なメンバーが全員が手を組み、固唾を呑みながらその時を待っている。
先手を打ったのは<オルランド最前線>のオーガ部隊。陣形を組み素早く城門前に辿り着くと邪魔な扉を破壊すべくメイスを振り上げて、消える。
「しゃー! やったぜ!」
<大漁丸>の船長マサルが声を上げた。まるで代表戦で決勝ゴールが決まった時のように全員が立ち上がり、快哉を上げている。
ユウダイとミルミルの新婚夫婦なんて抱き合ってキスまでを交わしている始末である。クロエから放たれる殺気が酷い。
「流石、ヒロトだな。完全に読み通りじゃないか」
「……いや、まさかここまで上手く行くとは思ってなかったよ」
ケンゴに声を掛けられたヒロトは照れくさそうに頬をかいた。
城壁前には巨大な落とし穴が掘ってあった。仕組みは簡単で一定以上の重さが掛かると板が外れて崩落するだけのもの。斥候部隊による偵察が行われたらすぐに見つかっていただろう。
あくまで城壁前に戦力を集中させないための牽制だったのだが、敵ギルドが功を競って突撃を敢行してくれたおかげで予想以上の効果が出てしまった。
三〇〇〇匹近い軍勢にとって一斉に急停止するというのは至難の業だ。ましてや全速前進、後先も考えない突撃中ともなればなおさらである。前線部隊が異変に気付いて止まったとしても後ろから来る連中に押されてしまう。
全体の四分の一ほどが落とし穴に落ちている。密集陣形を組んでいたために効果も大きかったようだ。落とし穴の深さは五〇メートルほど――これくらいなら土魔法で掘り返せる――オーガは耐久性が高い種族のため即死まではしなかったようだが、次々に上から落ちてくる仲間に押し潰されて半数が死亡。それ以外も戦闘不能の状態に陥っている。
続いて<ラッキーストライク>の軍勢が落ちた。こちらはゴブリンやオークを中心とした部隊だったので即死している。飛行ユニットを含む混成部隊である<マツリダワッショイ>は各種族で固まっていたため足の速い魔獣部隊だけが壊滅したようだ。
「よし、撃て!」
頃合を見て、ヒロトが指示を出した。伝令が走り、太鼓を叩いた。
瞬間、城壁に空いた僅かな隙間――狭間と呼ばれる防衛機構――から火矢が飛び出した。
次の瞬間、落とし穴から火柱が上がった。
「なるほど火計か」
「常温でも揮発するくらい強いお酒が手に入ったからね」
蒸留酒はダンジョン<ガイア農園>の特産品である。日本時代の知識を使ってワインを蒸留することでアルコール度数の高い蒸留酒を造る事が出来たのだ。
穴の上部にいた個体はいくらか救出されたようだが、ほとんどの魔物は這い出せない深さまで落ちており、生きたまま焼かれて死ぬ事となった。
バトル開始から三〇分ほどの間に<宿り木の種>は五〇〇万DPものスコアを稼ぎ出す事に成功する。
「さあ、ここからが本番だよ」
歓声に沸くギルドメンバーを他所にヒロトは気を引き締めるのだった。
開戦当初に行われた落とし穴作戦から最初に立ち直ったのは<オルランド最前線>であった。
「伝令! 部隊を五〇〇メートル下がらせろ! 仕切り直しだ! 走れ!」
コウキは陥れられた屈辱に震えながらも次々に指示を出していく。拙速により余計な損害を出してしまったが、それに囚われている余裕はない。
「くそ、やられた」
なし崩し的に戦端を開いてしまった他ギルドの軍勢と異なり、オーガ部隊は退却した。他ギルドの軍勢は落とし穴の後に戦力を集結できていないようでまともに城壁に取り付く事も出来ず、弓矢によって射抜かれて各個撃破されている。
不測の自体に備えて上位種である二ツ星級<オーガリーダ>や三ツ星級である<オーガコマンダ>が居る。単一種族による明確な指揮系統が確率されているため混乱は最小限だし、命令さえ届けば部隊を自在にコントロール出来る。
生き残った二五〇〇余りの部隊を集結させる。更に一刻も早く城壁を破るべく援軍として出していたオーガ部隊五〇〇が合流。これにより戦力は開戦当初と同じく三〇〇〇にまで回復した。
オーガ部隊を弓矢の射程圏外へと逃れさせたところで<オーガシャーマン>達が力を合わせて上級土魔法<石壁>を発動させる。ガイアの物理法則では、魔法によって作られた物質は発動後もその場に残り続ける。
発動後に残った壁を横倒しにすれば即席の石橋、あるいは床板が作り出せる。この石材を使って落とし穴を埋めれば城門前に部隊を集中させる事が出来る。
戦力の逐次投入は下策だ。一匹のオーガと十回戦うより、一〇匹のオーガを同時に相手取るほうが恐ろしいに決まっている。
だから<渡る世間は鬼ヶ島>では攻める時は全力で襲い掛かり、退却時には全力で下がらせるようにしていた。単一種をその上位種が統率する事による高い連携こそが序列第九位にまで上り詰めた<渡る世間は鬼ヶ島>の最大の武器といえよう。
更にコウキは残った石材を加工させて即席の破城鎚を作らせた。怪力を誇るオーガがそれ等を担ぐ。
「よし、往け!」
準備を整えたところでオーガ達は城壁へ突撃する。
応じるように狭間から次々に矢が放たれる。石橋や破城鎚を担いでいたオーガが頭部や胸を射抜かれ、次々と倒れていく。
「盾を掲げて担ぎ役を守らせろ!」
しかし敵が放つ矢の威力は凄まじい物があった。オーガ達が持つ鉄製の盾を平気で貫通してくる。
「銀の矢? 馬鹿な、どこにそんなDPが……」
見れば敵が放った矢には銀が使われていた。ガイアの世界には魔力があり、銀や金、白金といった貴金属は多くの魔力を宿す事が出来る。そのため地球の物理法則とは異なり、鋼鉄よりも銀のほうが遥かに硬い物質となっていた。
とはいえ、鉄の盾を貫通した以上、威力は大きく減退する。急所にさえ当たらなければ生命力の強いオーガは死なない。そして各自に回復薬を持たせているため、すぐに戦線に復帰する事が可能だ。
「ここが正念場だぞ!」
コウキは損害覚悟で攻勢を続けた。落とし穴を埋め、破城鎚を城門に叩き付ける。城門にも銀が使われているようだ。鉄よりも更に弱い石製の破城鎚を一発二発当てたところではビクともしない。
「続けろ! 続けるんだ!」
作った破城鎚の数は十本余り。後方のオーガシャーマンは魔力ポーションを飲み下しながら石柱を作り出す。それを戦闘要員が運び、前線へと届ける。
細かな指示は上位種であるオーガリーダやオーガコマンダが執ってくれるためその動きはよどみがない。
一時間経った。
コウキは多くの犠牲を出しながら城攻めを続けさせた。
「さっさと壊れろ!!」
コウキの叫びが届いたのか、銀製が鈍い音を立て始める。下位素材である石製の破城鎚とはいえ効果がないわけではない。魔力による強化は絶対ではない。速度と質量という単純な物理法則を超える事は出来ないのだ。
更に三〇分、城門が徐々に変形し始める。
更に三〇分、ひしゃげ、歪み、ついには穴が開く。
そしてついに城門が破壊される。オーガ達が蛮声を挙げる。銀の城門はギチギチと音を立てながら前倒しに崩れていった。
「全軍、突撃!」
そのまま無敵の鬼の軍勢が敵陣地に襲撃を仕掛け――
「……は?」
コウキはモニター前で気の抜けた声を上げた。
銀の城門をこじ開けたにも関わらず、オーガ部隊は敵陣地への侵入は果たせなかった。
なぜなら崩れた扉の壁の向こう側にはのっぺりとした灰色の壁がそそり立っていたからだ。




