弱くても負けない
「ぷるん」
「へっ……?」
召還されたスライム(銀色)はゼリー状の体を震わせ、新たな主人に挨拶をした。するすると足元に近寄り、ぷるるんと体をぶつける。
「はぁ……」
挨拶は済んだとばかりに玉座の間を回り始めた。時々玉座にぶつかりべちゃっと潰れる。知性の色は見られない。転移当日に召還したスライムとの違いは体の色と這いずる速度ぐらいなものだ。
「シルバースライム、ですね」
「シルバースライム?」
「違いは体液が真水から銀に変わったぐらいですね。その戦闘能力ですが三つ星級の魔物の中では最も弱いです」
「終わった……」
ヒロトは玉座から転がり落ちると這い蹲った。
「ヒロト様、そう落ち込まないで下さい。シルバースライムの生存能力は全モンスターの中でもトップクラスです。銀は魔を払う物質でしょう? つまりほとんどの攻撃魔法が効かないのです」
「それでも弱いんでしょう……?」
「……ええ、弱いです。先ほどの体当たりから分かるとおり、攻撃力がほとんどありません。それなりに育った冒険者を倒す事はほぼありえないでしょう。しかし、見てください! <魔法耐性>の効果だけでなく、スライム種特有のスキル<物理ダメージ半減>を持っているのです!」
落ち込むヒロトを必死に励ますディア。しかし虚ろな目をしたヒロトには通じない。
「それでも倒されるんでしょう……?」
「……ええ、倒されます」
ディアは思わず顔を逸らした。
「物理でも魔法でも一定以上の威力があれば通りますから、実力のある冒険者なら間違いなく倒せるでしょうね。しかし、見てください、この素早さを。スライムとは思えない俊敏な動きで敵を圧倒し、逃げるのですよ」
「結局、逃げるんでしょう……?」
「……ええ、逃げますね。種として臆病なのです。しかもシルバースライムを倒すと大量の経験値を得られるらしく、冒険者達はこぞって攻撃してきます。そこを逃げて追いかけさせて罠にはめる、というのが主な使い方になりますね」
ディアはこれ以上のフォローは無理だと諦めた。
シルバースライムはダンジョン業界でネタキャラ扱いである。戦闘能力は低く、ダンジョン防衛にはほとんど役に立たない。せいぜい追いかけさせて罠に嵌めさせるぐらいが関の山だ。更に倒されると敵である冒険者を大幅に強化してしまうという欠点まである。
他の使い道ときたらレベル上げを狙う冒険者ホイホイでしかないのである。ただし冒険者ホイホイとしての性能は抜群だった。だからこそレア指定されてしまっているのだ。
シルバースライムが一度、冒険者の前に姿を見せれば翌日から力ある冒険者がこぞって押し寄せるであろう。
しかし高位冒険者が揃う王都でそんな事しようものなら<メイズ・メイズ>は一貫の終わりである。そもそも存在を隠し続ける事を前提にしているこのダンジョンに冒険者ホイホイなんてゴミ以外の何物でもない。
王都に隠れ潜み、戦闘能力の高いレアモンスターを増やすことが出来れば本来の意味でのダンジョン公開の足がかりになったはずだ。期待も大きかっただけに落胆もまた大きい。
「はぁ……ダンジョンでも拡張してよ……」
ヒロトは黙って玉座に座り直すと迷宮を設計し始めた。
「――ぷちゃ」
玉座に体当たりをかますシルバースライムを横目に見ながら。
初日公開ボーナスのおかげでDPこそ大幅に増えたが、それでも所詮は六〇〇DPである。高位の冒険者を追い返すほどの防衛力が得られるはずがない。
ディアと相談の上、ヒロトは召喚コストの安い大迷路を地下一階部分に縦横二つずつ並べる事にした。迷路系のオブジェクトは隣接させる事で通路同士が繋がり合い、分岐が複雑になり、攻略難易度が跳ね上がるという特性がある。
それ以上は置けないので諦めた。
ダンジョンではレベルや各層毎に配置しておける<オブジェクト量>が決まっている。ダンジョンのテーマが<迷路>になっているおかげでお安く配置できてしまう<大迷路>であるが、本来は設置コストが非常に高い施設である。
<オブジェクト量>は基本的に――設置コストが不要な通路を除く――設置コストと同じである。地下一階のオブジェクト上限は五〇〇。対する大迷路の場合は一つにつき配置コストは一〇〇。ダンジョン名が<迷路の迷宮>であったり、テーマが<迷路>だったり、まるで迷路を創るためだけの設定だったからこそ設置コストが抑えられていたがオブジェクト量は変わらなかったのである。
大迷路×四つで四〇〇。更に先日作った小部屋や罠もあるためこれ以上の配置は不可能となってしまっているのだった。
ともあれこれで壮大な迷路は完成である。これだけ長ければ一日ぐらいは持つだろう。
後は先日の小部屋の前あたりにボス部屋を配置すれば完了である。ただしボスにするような強いモンスターが今の所、居ないので後回しにする。
ちなみにボス部屋はボス指定したモンスターを設置出来る部屋である。ボスモンスターに指定されるとHPとMPが五倍、各種ステータスが二倍になるため、それなりの等級のモンスターを設定しておけば高位冒険者でも倒せるようになっている。ただしボス部屋は五階層ごとに一部屋しか配置出来ず、ボスモンスターは部屋から出ることが出来ないため通常の迎撃には使えないし、危なくなったから離脱させる事も出来ないという制約が付いてしまう。中々使い所が難しい存在なのである。
残る配置可能オブジェクトは九〇ちょっと。
ヒロトは小部屋に置いていた<落とし穴>を迷路の入り口付近に移動する。罠がある迷路だと予め言っておく事で探索スピードを落とす作戦だ。途中で気が緩まないようにするに迷路中盤にもう一つ、出口付近にも配置する。
更に<鍵付き扉>を迷宮の出口前の直線に二つ並べる。<ボロい宝箱>二つを迷路のかなり奥まった所に設置する。その中に扉の鍵を配置しておく。
一度ゴールに辿り着いても鍵がなければ入れない。しかも二つも必要となればそれこそ広い迷路を隅々まで探し回らなければならなくなる。まともなモンスターは一匹も居らず、宝箱もなく、ただ時間と疲労感だけを覚えるダンジョン。一日に何十、何百ガイアという大金を稼ぎ出す高位冒険者がこんなうまみのないダンジョンに入るだろうか。
そんな事を期待してダンジョンクリエイトを完了させる。
追加したオブジェクトは合計で四五〇ポイント弱。小部屋はいずれ廃棄するとしても使えるオブジェクトはほとんどない。
これだけやっても諦めないようなら、今の小部屋を小さいほうの<迷路>に変更しようと思っている。扉を抜けたらまた迷路でした、となれば今度こそやる気を失うかも知れない。
「よい方針だと思います。戦わずして侵入者を撤退させるというのも一つの立派な戦術ですからね。撤退させられれば<迎撃>に成功したとみなされてDPや経験値が獲得できます」
何も殺すだけがダンジョン運営ではないという事だ。
「よかった。これで更に同じような階層を作れたらなお最高なんだけど……」
百階層にも及ぶ超巨大な迷路。攻略する馬鹿なんてよほどの物好きに違いない。
「それは難しいでしょう。経験値を得てダンジョンをレベルアップさせなければ階層は増やせませんので」
ダンジョンレベルが上がれば階層の数を増やす事が出来るが、侵入者がいなければ経験値も得られない。しかし冒険者を招き入れればヒロトの身を危険に晒す事になる。少なくとも屋敷の中で文化的な生活を営むなんて不可能になる。ダンジョンの出入り口に住んでいる人間なんて怪しすぎてどうしようもない。
弱くても負けないダンジョンを作る。方針は決まった。しかし継続的にダンジョンを運営・発展させていくためにはいつかはリスクを負わなければならなくなる。
ヒロトは生き抜く覚悟を決めていくのだった。