緒戦
分厚い鉄板を掲げながら鬼の軍勢が行進する。<宿り木の種>のダンジョンの通路は広く大型モンスターである鬼族が一〇体が余裕で並んで歩けるほどの広さがあった。
コウキはダンジョンを守る防衛部隊と他ギルドを攻める攻略部隊に二つに分けている。まずは手近なギルドから倒すべく三〇〇〇匹近いオーガ部隊を<宿り木の種>に投入していた。
斥候を放ち、慎重に進ませているものの今の所、迎撃用の戦力はなく、罠の類も見当たらない。何もなさすぎて逆に不安になってくる。半端なトラップ程度なら力づくで突破できるのにと理不尽な怒りに駆られる。
「何なんだ、ここは」
コウキは一人いぶかしむ。こんな事ならギルドメンバーを指揮所に入れておくんだったと後悔する。行く手を阻む物がないために徐々に行軍速度が上がっていっているのが分かった。しかしこれに何の意味があるのだろうか。
疑心暗鬼のまま一〇〇メートルほど進むと、不意に開けた場所に出る。
「……ここは……決戦場か?」
<決戦場>はコアルーム前に設置出来る施設で、言うなれば最後の悪あがきをする場所である。罠の類は一切配置出来ないが、迎撃部屋のように配置可能モンスター数に制限がないという施設である。
通常は一〇〇メートル四方の何もない荒野が設定されるはずなのだが、DPを支払って拡張されているのか異様に広い。一辺が一キロメートルを超えるほどの巨大な空間となっている。
――その最奥に<砦>が建っていた。
金属製と思しき大きな扉、コンクリートで作られたらしき城壁。壁の高さは一〇メートルを優に超えているだろう。見るからに分厚そうなそれは貯水ダムを連想させた。決戦場の天井が二〇メートルほどしかない事もあってよけいに圧迫感を覚える。
「決戦場だよな……まさか……」
<決戦場>にダンジョンメニューで作られた罠や施設を配置する事は出来ない。しかし落とし穴を掘ったり、丸太を打ち込んで塀を作ることは許されている。これは良く知られたルールであり、しかしながらコアルーム目前の決戦場まで侵入されたらほとんどダンジョンの命運は決まったようなもの。諦めの悪いダンジョンマスターの最後の悪あがき程度にしか認識されていなかった。
「……自力で建設したのか?」
しかし目の前の障害物はどうか。これを単なる悪あがきだと思うなら指揮官など辞めた方がいい。あれは間違いなく強固な防衛施設である。
どうやって、と思った。俄かには信じられない。ギルドバトルの開催が決まってから殆ど経っていない。そんな僅かな間にどうやってこれほど本格的な迎撃施設を作り上げたのだろう。
見れば別の出入り口から来たのであろう他ギルドの軍勢も巨大な城壁を見て固まっている。
「なるほど……一筋縄ではいかないか」
敵は腐っても序列第八位<迷路の迷宮>を盟主としたギルドだ。限られたDPの中で戦力に勝る敵軍とやりあうには確かに防衛拠点くらいなければお話にならないだろう。
「だが、残念だったな」
コウキは敵の小ざかしい戦略を嗤った。
ギルドバトルのルールに合わせ、<オルランド最前線>のダンジョン編成は魔物の数を揃える事に特化していた。ギルドバトルの勝敗は敵モンスターをどれだけ倒したかで決まる。ならばいつ来るか分からないダンジョン構造にこだわるより、強力な戦闘部隊を用意して攻略するほうがスコアを稼ぎやすい。
ギルド<オルランド最前線>では自慢の<オーガ>を五〇〇〇匹以上も従えている。更に攻撃魔法や回復魔法などをまんべんなく行使出来る<オーガシャーマン>を五〇〇匹も揃えていた。等級こそノーマルオーガと変らないものの中級魔法までを行使可能な強力な戦闘ユニットだ。必要コストは安いため数を揃えられる割りに肉弾戦も可能なため使い勝手がすこぶるいい。
更に各個体にそれぞれ頑丈な鋼鉄製のメイスや盾を装備しており、回復薬や毒消薬などの各種消耗品まで持たせている。それを<オーガリーダー>や、<オーガコマンダー>といった上位個体が率いる。
正に最強の軍勢だ。急ごしらえの城砦如きが抑えられるような戦力ではなかった。
「……ふん、せめて八五〇万DPまで使っていればいい勝負になったんだろうけどな」
コウキは鼻で笑った。掲示板でのミスリードが効いたのかもしれないと思ったのだ。
<宿り木の種>の総使用コストは四〇〇万DPしかない。これだけ大規模な防衛陣地を作り出すのにどれだけのDPを消費しただろうか。下手したら半分以上を使ったかも知れない。上手く節約できたとしても三〇〇万DP以上の防衛戦力は残っていまい。
もしも<宿り木の種>が対戦相手の戦力を八五〇万DP分だと見誤っていた場合、この戦略でも充分に勝算があったはずなのだ。
拠点に篭る敵を倒すには三倍近い戦力が必要だと言われている。砦に三〇〇万DP分の防衛戦力が居た場合、九〇〇万DP分の戦力までは耐えられる計算になる。
四つ巴の戦いで全敵戦力が自分たちに来るわけもなし、守勢に回るだけならこの程度の投資額で充分だと勘違いしたのだ。
コウキ達が主導したミスリードによって。
「ぎゃはは、残念だったな、<迷路の迷宮>! 行け、全軍突撃だ!」
コウキは言って伝令を走らせる。ダンジョンバトルでは通信に一時間ほどのタイムラグがかかるため、近距離であれば伝令役をつかって走らせたほうが伝達時間が短くなるのだ。
『ヴォアアァァァ――ッ!』
しばらくしてコウキが命令が届いたのか、蛮声を上げながらオーガが走り出す。
オルランド最前線では一七〇〇万DPという大量の資金を投入している。防衛と攻略で部隊を半分にしたところで八五〇万DP分の戦力があるのだ。しかも圧倒的なコストパフォーマンスを誇る<オーガ>を使用しているため、実際には一〇〇〇万DP以上の戦力と考えて問題ないだろう。
「おっと、まずいな……」
時を同じくして他のギルドの軍勢も動き出していた。増援の姿が見えることから城壁の防衛能力に気が付いたのだろう。
一刻も早くあの城壁を攻略しなければならない。これより<宿木の種>は草刈り場へと化す。他のギルドはこの戦いに一〇〇〇万DP以上を投資している優秀な――掲示板で仕掛けたミスリードに引っかからなかった――連中だ。三〇〇万DP程度の防衛戦力しか保持しない<宿り木の種>が格好の獲物だと言う事にすぐに気が付くだろう。
拙速こそが今は重要だ。一刻も早くあの壁を突破する。一抜けしたギルドがこのバトルの勝者になるだろう。なにせあれだけの防衛拠点だ。そのまま再利用すれば三倍の敵とも戦える。残った二ギルドの軍勢を同時に相手取っても充分に勝利出来る。
敵ギルドの軍勢を見る。
――この勝負、貰ったな。
コウキはほくそ笑む。<ラッキーストライク>はゴブリンやオークといった足の遅い雑魚モンスターばかりであり、<マツリダワッショイ>は魔獣から妖魔、飛行ユニットである大鷲のような混成部隊だったので足並みが揃わず各個撃破されかねない。
逆に単一種族で固めたオーガ部隊は隊列を維持したまま素早く移動する事が出来ている。オーガは強く硬く速い。更に物理戦闘能力だけでいえば鬼族は他種族から頭一つどころか二つ三つ抜けている。
コウキのその言葉通り、オーガ部隊は密集陣形を保ったまま軍勢を城壁に近づけ
「なッ……!?」
――半壊した。




