増える仲間とギルドイベント
「おはようございます、ヒロト様」
きっかり朝一〇時、ディアがコアルームに姿を見せた。
「おはようございます、ディアさん」
「ん、おはよ、ディア」
クロエは言いながらダンジョン内の侵入者モニターを眺めている。
「皆さん、朝から早いですね」
視線の先には、先日からダンジョンに泊まり込んでいる<王の剣>のケンゴが、ルークとキールを相手取って模擬戦を行っていた。
五ツ星級の侵入者であるケンゴの実力は凄まじく、<迷路の迷宮>が誇るツートップを同時に相手にしながら圧しているぐらいだ。
「ここにあたしが入ると、ちょっとマシになるんだけど」
「確かに拮抗した状態で背後にまで警戒を払わないとなれば厳しくなるでしょうね」
クロエが口を開けばディアが答える。三人が同時に躍り掛かれば戦況は互角以上にまで持っていける。
しかし、ナンバーズたる<迷路の迷宮>が誇る最高戦力が三人がかりでようやく互角というのはやはり化物だなとヒロトは一人思った。
――本当、敵にならなくてよかった。
隣の部屋では同じく<王の剣>に所属する<シルバードール>が戦っていた。<渦>が設置された魔物部屋には定期的にシルバースライムが排出される。一匹狩るだけで大量の経験値を得られるこの魔物を狩らせる事でパワーレベリングを敢行しているのである。
レベルアップを行うことでいずれ進化する個体も出てくるかも知れない。まあ、三ツ星級モンスターの育成はかなりの時間と経験値が必要になるため当分の間は現れないだろうと思う。
別の魔物部屋では子供達が<王の剣>に所属する<リビングメイル>や<リビングソード>を装備してパワーレベリングを行っていた。
購入予約済の武具モンスターであり、<シルバースライム>を狩らせる事で経験値を与えて進化させてから引き渡す予定であった。
一ツ星モンスターを育てて進化させても維持コストは召喚時のそれと変らない。<市場>を使って販売する最低単価だって同じだ。一手間かければコストは半分以下になるのだからやらない理由がない。
ちなみに育成中の武具モンスターは<王の剣>に属しているため、ダンジョンシステム的に侵入者とみなされているため毎日定期的にDPも得られている。
正に一石二鳥の作戦であった。
「ところでそれは?」
「ええ、こちらが今日のギルド加入の申請書です」
ディアが差し出した手には紙束が握られている。
「手の平返しすぎ」
クロエが不満げに呟く。
そこにあったのは全て<ギルド加入申請書>と<ダンジョンバトル申請書>である。内容は全てヒロトが設立したギルド<宿り木の種>に入りたいという物だった。
ランカーダンジョンである<王の剣>の加入に続いて、序列三〇〇位台の中間層に位置する<ガイア農園>のギルド加入が決まった事で<宿り木の種>は周囲のダンジョンから信頼を得られるようになった。
これまで様子見を決め込んできた下位ダンジョンから次々に加入申請書が舞い込むようになった。加入の前提条件としていたダンジョンバトルを通じた面談に対しても理解を得られている。
「主様、もう募集は締め切ったんじゃない?」
「他のダンジョンをクビにして入れてくれ、だって」
「勝手過ぎ、そんな奴、枠が余っていたって入れるわけがない」
このほどギルド<宿り木の種>の加入枠が五つが全て埋まった。<ガイア農園>以外にも良さそうなダンジョンがあり、以前から話をしていたのだが、ダンジョンバトルによる面談を受けてくれるというので早々に決めてしまったのである。
<ガイア農園>のすぐ後に決まったのがダンジョン<大漁丸>だ。大海原のど真ん中にある巨大な浮島をダンジョンに作り変え、潮流の上を漂いながら遠洋漁業を続けるという大型漁船系ダンジョンである。
ダンジョンマスターは浜崎勝という人物で、召喚時は高校三年生だったらしい。根っからの釣り好きだったらしくガイアに生息する巨大魚を釣りたいがためにこのダンジョンを作ったという。今は魚群を追いながら毎日釣り三昧の日々を送っているそうだ。仇名は満場一致で<船長>に決まった。
<大漁丸>には召喚モンスターはほとんどいないそうで、たまに襲ってくる海洋モンスターは友達になった<半魚人族>と一緒に倒しているらしい。半魚人とはいわゆるサハギンの事で、彼等にとって暮らしやすいように島を改装する代わりに防衛に協力してもらっているんだそうだ。召喚モンスターでない彼等が島に居ついてくれるおかげで毎日DPのほうも大漁という話である。
輸出品は魚や海草といった海産物に加え、海水から精製した塩などだ。サハギン族から家賃代わりに贈られる真珠や珊瑚といった宝石も手に入るという。召喚可能なモンスターは水中戦に特化した魔物しかいないが、<迷路の迷宮>には階層まるごと水没させて作った<ダムジョン>があるため、数匹ほど購入させてもらっている。
逆に<大漁丸>が欲しいのは肉や米といった畜産物や農産物だそうだ。更に武具系モンスターも是非手に入れたいとの事。潮風の影響で普通の武具はすぐに錆びてしまうそうで、回復薬さえあればいくらでも修復可能な武具モンスターは喉から手が出るほど欲しいそうだ。
そして最後の一枠は上空五〇〇〇メートルの高々度を漂い続ける天空の城型ダンジョンの<俺も乗せて>に決まった。ダンジョンマスターは室岡吾郎。大のジブリファンで空に浮かぶ島があると聞き、ダンジョン化したという。
元々、その浮遊島は翼を持つ亜人<ハーピー族>が住まう土地だったそうだが、長らくワイバーンやグリフォンといった飛行系大型モンスターの被害に悩まされていたという。しかしダンジョン化された事により、自由に高度を変更出来るようになった。
大型飛行モンスターでさえも行き来できない高々度を飛行できるようになった事で被害が激減、<島を背負いし者>というよく分からないが種族的には非常に名誉な称号を頂き、神様扱いされているという。
ちなみにギルド内での仇名は大佐。ソースは言わずもがな、ムスカ大佐からである。
ダンジョン<俺も乗せて>も原住民であるハーピー族が住んでくれているおかげでDPは充分に所持している。
輸出品は高地でしか育たない希少な薬草類や飛行モンスターを予定しているという。目玉は<隠し種族>であるグリフォン種、二ツ星級<ヒポグリフ>の存在だ。頭から胸までが鷲、腹部以降が馬という見た目のそれはただでさえ珍しい飛行モンスターでありながら騎乗まで出来てしまうという特長を持っている。
逆に<俺も乗せて>で欲しい物は農産物であった。上空にあるため気温が低く、植物が育ちにくいため芋くらいしか育たないらしい。逆に畜産業や漁業などは自給する程度には賄えているそうだ。
大佐的には個人的にロボット兵を作りたいらしく、<シルバーゴーレム>を改造する事でどうにかできないか相談を受けている。完成すれば物凄い戦力強化になりそうだ。
迷路、個人事業主、農園、漁船、天空の城と中々に尖ったダンジョンが集まった気がする。ともあれ、ギルド加入枠が全て埋まった事で募集は打ち切っているのだが、それでもどうにか加入できないかという打診が多くて困っている。
「……必死すぎ。きもい」
これまで相手にされなかっただけに、見事な手の平返しを決めた他ダンジョンマスターに対する視線は厳しい。
「一週間前まではこれほどじゃなかったんだけどね」
ヒロトは一枚一枚に丁寧に断りの言葉を書き入れながら答えた。
「ん、それもこれもイベントが悪い」
「はい、聞いた所によるとどのギルドでも駆け込み需要の対応に追われているようですね」
四半期毎に行われる――今は二月なので三月の――ダンジョンシステム仕様変更に合わせて、ギルドイベントが開催される事が決まった。
イベント名は<ギルドバトル>。各ギルドでダンジョンを作り、それを競わせようという趣旨のイベントだった。




