ガイア農園の夜明け
「みんな苦労してんだなぁ……俺とは大違いだ」
ヒロトとケンゴの二年間の出来事を聞いたユウダイは他人事のように言った。二人が感じた苦痛や苦労を共有出来ないようだ。
「園長は間違いなく異世界を楽しんでるもんね」
「おう、毎日が充実してるぜ」
ヒロトが言えば、ユウダイは快闊に笑った。
ユウダイは非常に明るく穏やかな性質の持ち主だ。細かい事は気にしない大らかさがある。人の心に警戒されずに入り込めてしまう安心感のようなものがあった。
しばらく話しているうちに三人の口調は砕け、ギルマス、会長、園長とニックネームで呼び合うような仲になっていた。
「だがよう、ウチはウチで結構苦労とかあるんだぜ」
ガイア農園のテーマはスローライフ。人里離れた辺境でひたすらのんびり生活している。
もちろん大変な事はあっただろう。人類というのは案外恐ろしいもので、人が住めそうな所なら必ず進出するようだ。平地はおろか、山や森、砂漠のオアシスにだって集落を作ってしまう。
人間が住めないような僻地は逆に魔物のすみかになってしまう。
結局、ユウダイは人も魔物も住めない辺境に居を構えた。
ダンジョン<ガイア農園>は<乾きの荒野>と呼ばれる僻地に作られた。雨のない乾き切った灼熱の大地。赤茶色の大地、無数の岩肌が支配する不毛の地。地球でいうならアメリカのデスバレーとかがそれに近い。
この地には外敵となりうる人類はおろか魔物でさえ寄り付かない。
しかし乾き切った荒野を耕し、水を撒いて実り豊かな大地に生まれ変わらせるのには並々ならぬ苦労があったようだ。ダンジョンシステムを利用したとはいえ、最初は失敗続きで、軌道に乗るまでは大変だったらしい。
「でも、園長の場合、それすらも楽しんでたでしょ?」
しかし一〇〇〇人のダンジョンマスター達が戦略シミュレーションゲームをやる中、一人だけ牧場ゲームをやっていたようなものだ。
堅い大地を効率的に耕す方法を考えたり、強すぎる日差しに難儀したり、迷子になってしまった子牛を探したりと思い出話を披露してくれた。奴隷の戦闘集団を作ってスタンピードを討伐させたり、単騎でダンジョンを潰して回ったりした二人の苦労とは別方向にぶっ飛んでいる。
それでも平和に行きたいという気持ちは同じだ。
「まあ、少なくともウチは殺したり殺されたりとは無縁だったし」
「私もそういうの苦手なので助かってますけど」
ミルミルは下級の大地母神だ。背はちんちくりんで豊穣の女神なのに胸も非常に控え目だが、これでも平和を愛する一柱なので争い事は大嫌いだった。
容姿も性別も正反対な二人だが、妙に馴染んでいるというか、長年連れ添った夫婦のような気安さを感じる。
「もしかして二人って……」
クロエが躊躇いがちに言えば、二人は顔を見合わせた後、顔を赤らめた。
「あーまあ、あれだ……一緒に畑耕したり、牛の世話をしてたりするうちに何となく……な?」
「は、はい……別にダンジョンマスターさんとお付き合いしてはいけないなんてルールはありませんでしたし……私、生めよ増えよがモットーの大地母神ですし」
ミルミルは豊穣の神であると同時、安産を司る神様でもあるので、そういったことには案外開放的なのだ。
「ケッ、リア充め爆発するがいい」
クロエが唾を吐く振りをする。
「クロエ、失礼でしょ。すいません、日本の言葉教えたら使いたがってしまって」
やさぐれる黒髪少女の態度を注意しつつ、ユウダイ達に謝罪を入れる。
「そ、それよりも、俺達なんかが加入しちまってもいいのかい?」
微妙な空気を一新すべくユウダイが口を開いた。
ダンジョン<ガイア農園>のダンジョンランキングは三六七位。ダンジョンレベルも五とかなり低い。野生の牛や猪、鶏などのモンスターを飼育しているため収益こそそれなりに上がっているが、戦闘行為などないに等しく、経験値なんて得られるはずもないという状態だった。
ダンジョンレベルが低いと召喚出来るモンスターも弱いものしか選べない。設置出来る罠や施設の数も限られてくる。防衛力を拡充しようにもその術がないのが現状だ。
ダンジョンバトルにも参加していないため戦績もなく、どうしてもランキング下位に甘んじざるを得ない。
「ほら、ギルマスも生徒会長も上位ランカーだろ? ウチみたいな弱小ダンジョンが入ったら逆に足を引っ張るんじゃないかって思ってよ」
「別に強い人を集めたくてギルドを興したわけじゃないよ」
ヒロトの目的はダンジョンと人間の共生だ。異世界に争いを好まず、独自のやり方で発展を遂げている<ガイア農園>のやり方はある意味で理想的と言っていいだろう。
「それに<市場>には取れた食料を卸してくれるんだろう?」
ケンゴもそれに続く。
「もちろんだぜ、会長さんよ! むしろそれくらいしか卸せるもんがねえ、ガハハ!」
「園長、笑い事じゃないです」
ユウダイは豪快に笑い、ミルミルは恥ずかしそうに俯く。
ヒロトとしてもギルドに食料生産拠点があるのは非常に嬉しかった。<迷路の迷宮>の主力は奴隷契約を交わした子供達である。彼らにはDPによる維持コストは必要ないが、代わりに衣食住を用意してあげなければならない。
幸いにも王都ローランは食料に限らず世界中の様々な物が集まる貿易都市である。そんな王都でも難民が増えているせいか食糧が不足気味だ。不作などで食料が手に入らなかった場合に備え、別の供給ルートを確保していきたい。
そういった意味で言えば<ガイア農園>とは長く付き合っていきたいところだ。ギルドに加入してもらうためにも何かしらメリットを提示したい所である。
「じゃあ、僕の所で余った食料は全て買取るよ。DPで買い取ってもいいし、<シルバーゴーレム>みたいなモンスターと物々交換でもいい」
「そりゃ助かるがいいのか? 見ての通り、見渡す限りの畑だ。結構な収穫量だぜ?」
「うちは街暮らしだからね。やりようはいくらでもあるよ」
<迷路の迷宮>には数多くの知識奴隷が在籍している。ほとんどがこの不景気で事業に失敗した商人だ。彼らには会社でいう経理のようなお仕事をお願いしている他、同時に戦闘に向かない子供達に商人としての教育を施してもらっている。
知識奴隷の数が増えていく一方、仕事はほとんど増えていない。ダンジョンで生産した銀製武器などは奴隷商ジャックに委託販売をお願いしているため手持ち無沙汰になりかねない。
ここいらできちんとした<商会>を組織するのも悪くないだろう。それに食糧難が叫ばれるこのご時勢、高品質の食材を安定して仕入れられるなら間違いなく事業は成功する。
他ダンジョンで生産された余剰アイテムを売り捌くのは王都に根を張り、人間社会と共存する<迷路の迷宮>にしか提示できないメリットだ。人間社会に潜り込み、社会的な地位まで獲得しているのはこのダンジョンくらいであろう。
<ガイア農園>としては珍しい作物の種や、この気候的にどうしても育たないスパイス類、技術がないために作れない金属製の農具の代理購入を依頼される。
取引では両ダンジョンでは通貨の代わりとして<迷路の迷宮>の特産品である<銀のインゴット>を使用する事でまとまった。銀は貴金属なので現物資産としての側面がある。紙幣に比べて信用を得やすいようだった。
更にヒロトは<市場>に出せるモンスターやアイテム類を提示していく。ユウダイは<シルバーゴーレム>と<ヒールスライム>が欲しいようだ。
シルバーゴーレムは防衛戦力としてだけでなく重機代わりに土木作業にも力を発揮するだろうし、回復役であるヒールスライムがいれば怪我や病気も恐くない。
いずれガイア農園にとってギルドはなくてはならない存在になるだろう。
「じゃあ、宜しく頼んだぜ」
「こちらこそよろしくお願いします」
ヒロトとユウダイは穏やかに握手を交す。
こうしてダンジョン<ガイア農園>は<宿り木の種>に加入する事になったのだった。




