副次効果
「お疲れ様、ケンゴ君。今日はこれで上がり?」
魔物部屋から出てくるケンゴに水筒を渡す。
「ありがとう、ヒロト。少し休憩してその後はルーク達と戦闘訓練する予定だ」
ケンゴは答えてから喉を鳴らす。
<王の剣>が<迷路の迷宮>に逗留する事になって一週間、ヒロトは様々な恩恵に預かっていた。
まずは大量のDPと経験値であった。五ツ星級の侵入者である<王の剣>ケンゴからは大量のDPが手に入るのだ。ダンジョン内に居てもらうだけでDPや経験値が安定供給されるわけだ。
更にケンゴは三ツ星級武具モンスターである<混沌の甲冑>に<魂喰らい>を装備しているのでその分の経験値も入ってきている。
加えて<王の剣>には<市場>を介して手に入れた三ツ星級モンスターである<シルバードール>が現在一〇体も所属している。彼等が装備する武具モンスターは二ツ星級<彷徨う鎧>と<呪いの剣>なわけで総勢三〇匹の高位モンスターが常駐している計算になるのだ。
これだけでかなりの収益になるのだが、これに加えて購入予定の武具モンスターまでいる。ヒロトは古参組に<リビングメイル>と<リビングソード>を試してもらい、それが非常に有用だと判断されたため早速と五〇〇〇セットを注文している。
引渡し――ケンゴがダンジョンを出るまでの間、所属を<王の剣>にさせておくことで常時一〇〇〇〇体分のモンスターに侵入されている状態になっていた。もちろん野生化しないように<進攻チケット>を使用している。
これによる収入は莫大なものとなっていてそれこそ<奴隷の奴隷>の最後――仕様変更直前に奴隷を大量購入して荒稼ぎしていた頃――と同程度の収益となっていた。
「本当にケンゴ君が来てくれてよかったよ」
仕様変更後の<迷路の迷宮>の主な収益は<ダンジョンバトル>による勝利ボーナスと <メイズ抜刀隊>によるスタンピード狩りである。
そのどちらも安定した収入とはいえない。ナンバーズ入りを果たした<迷路の迷宮>にバトルを申し込むダンジョンは少なく一〇戦程度しか戦えていなかったからだ。ちなみに連勝記録は<王の剣>と引き分けた事で一〇八でストップしている。
<メイズ抜刀隊>の派遣は一度に大量の収入を得られるのだが、一斉スタンピードのタイミングでしか稼げない。
同規模のダンジョンに比べれば圧倒的に少ないとはいえ配下モンスターの維持コストもかかっているわけで日々減っていくDPを見るのは精神的に辛いものがあったのだ。
しかし今は毎日一定のしかも大量の収入を得られているため、DPは溜まっていく一方である。毎日貯金通帳の預金残高を眺める守銭奴の気持ちが分かる気がする。
「俺の方こそ助かってる」
一方、ケンゴも<迷路の迷宮>に留まる事で多くの利益を得ていた。
まずは<シルバースライム狩り>による経験値稼ぎである。<迷路の迷宮>は討伐すると大量の経験値が得られる<シルバースライム>を生み出す<渦>を数十個と所持している。
ヒロトのご好意により<魔物部屋>に自由に出入りする事が許された彼等は毎日数百匹というシルバースライムを討伐する事が出来ていた。<魔王城>へのリベンジに燃える<王の剣>にとって戦力強化は必須事項なわけで毎日安定して大量の経験値が得られるこの環境は頭を下げてでも手に入れたいものだったようだ。
<王の剣>では<進攻チケット>を使用しており、配下モンスターが魔物を倒すだけでDPや経験値が入る状態になっていた。三ツ星級最弱といわれるシルバースライムだが、等級が高い分だけそれなりのDPが手に入る。
戦力強化と平行して資金調達まで出来てしまう。笑いが止まらない状態だった。
ダンジョンランキングはダンジョンバトルの戦績だけでなく、ダンジョンレベル、ダンジョンの収益性、配下モンスターの数と質などを総合して決められる。定期的に毎日大量のDPや経験値を得ている両ダンジョンは更に順位を上げていた。
「まあ、いずれ仕様変更は入るだろうけどね」
同一ギルド内のモンスター同士が戦ってもDPや経験値は入らないだとか、防ぐ方法は幾らでもあるだろう。もちろん対抗策を練られたら一時的にギルドを脱退するなどして先延ばしするつもりではあるが、本年度中はこの調子で定期収入は得られると思われる。
「楽しそうだな」
「うん、皆ケンゴ君のおかげだよ。これからも頑張ろうね」
思わぬ副次効果にヒロトが珍しく明るく笑う。気安い友人との会話というのもあっただろう。
ヒロトは浮かれていた。何せ難航していたギルドメンバー集めにも光明が見え始めていたからだ。
ヒロトはダンジョンバトルが開始されると同時、サポート担当者のディアと護衛である古参三人組、<王の剣>のケンゴを――暇だからと勝手についてきた――を引きつれてダンジョンゲートを潜った。
そこには明るい日差しが降り注ぐ空間だった。豊かな実を付けた麦穂が風に揺れ、牛や羊がのんびりと草を食む。一瞬だけここがダンジョンだと忘れてしまいそうなほど牧歌的な光景が広がっている。
「主様、潜る門間違えた」
「……確かに、まるで農村だな」
「はい、何だか故郷の村に帰って来たみたいです」
古参組が口々に感想を述べる。
「わんわん!」
「きゃいんきゃいん!」
遠くにコボルトらしき集団が手を振っているのが見えた。中央にいるツナギ姿の大柄な男が<ガイア農園>のダンジョンマスターなのだろう。
四人は迷いなくモンスターの集団に近づいていく。遠目からでも相手の戦闘能力が低い事が分かったからだ。この内の誰か一人でもその気になれば簡単に殲滅可能な相手である。気負いもなく近づいていく。
「初めまして、<迷路の迷宮>の深井博人です」
「深井……ああ、あの天災の保護者?」
「あ、はい、それで合ってます。そちらは……」
「いや、すまん、まずは自己紹介からだよな。俺は三年C組の田畠雄大だ。部活は園芸部!」
ヒロトは頭を下げてから、ディアや古参組、ケンゴといった同伴者を紹介していく。
「初めまして、田畠先輩。大野謙吾です」
「なあ、何で生徒会長がここにいるんだ?」
「ケンゴ君はギルドメンバーで<王の剣>のダンジョンマスターにしてダンジョンなんですけどサブマスターなので連れてきました」
「余計分かんなくなった!?」
混乱するユウダイの肩を小柄な少女が叩いた。
「園長、とりあえず座ってもらったら?」
「そ、そうだな、ありがとよ、ミルミル」
ユウダイはそう言って丸太を輪切りにして作った椅子を用意する。
「とりあえず食ってくれ。全部ウチの農園で取れた自慢の逸品なんだ」
テーブルに並んでいたのは大きなバケットや色とりどりの野菜や果物、オムレツ、牛乳、オレンジジュース、チーズやバターといった乳製品、ハムソーセージといった加工食品などだった。
何となくホテルの朝ビュッフェを思い出させるラインナップである。
「じゃあ、遠慮なく……頂きます、あ、おいしい」
「んッ、これは!?」
一口食べればそれがかなりの一級品だと分かる味であった。王都ではおろか現代日本でも中々ないレベルの食材ばかりである。
「すごい、こんな美味しい牛乳初めて……」
「うん、この葡萄もすごいよ。食べた後もまだ香りが残ってる」
ヒロト達が思い思いの感想を述べると、ユウダイは鼻腔を膨らませる。そしてこれは今朝絞ったばかりの牛の乳だの、この葡萄を育てるのに三年掛かっただのと嬉しそうに語り始めた。
いつの間にか眷属らしきコボルト達も食事に参加し始める。美味しい物を食べれば自然と人は笑顔になる。そしてお腹が膨れれば眠くなる。
――なんだか、こういうのいいなぁ。
ヒロトは不意に小学校の頃に家族で行ったピクニックを思い出すのだった。




