レアガチャ
家に帰り、買い込んだ食材を地下室に収納する。購入した衣服は主寝室のウォークインクローゼットに仕舞う。ダンジョンの出入り口を隠すようにハンガーにかけておいた。一〇着程度の衣料品では縦横二メートルの大穴すべてを全部は隠し切る事は出来ないがないよりは大分ましだ。最悪クローゼットの壁を黒く塗ってしまえばいいだろう。
「よかったら夕食、食べていきませんか? 簡単なものだったらすぐに作れますから」
ヒロトは一人暮らしだったから料理くらいは人並みにこなせる。
「申し訳ありませんが、他のダンジョンも心配ですので」
「あ、そうでした。すいません、長々と付き合わせてしまって」
ディアはこう見えて忙しい身分であった。彼女は十ものダンジョンを担当しているそうで特に忙しい初日に買い物に付き合わせるなんてとんでもない事であった。
「いえ、お気になさらず。それにヒロト様以外のダンジョンマスターは私を監視役と思っているようで、あまり長く居て欲しくないようですし……まあ、実際、監視と言いますか、兼ねていますので仕方ない部分はありますが」
プレゼント効果もあってか、短い付き合いながらも人となりが掴めてきたのか、ディアが少しだけ際どい発言をしてくる。ヒロトは苦笑いである。
「じゃあ、悪い事するならディアさんが他の担当さんの所に行ってからですね」
「ええ、そうしてください。そして私に見つからないように隠してください。見つけられなければペナルティを与える事はおろか、注意をする事さえ出来ません」
「はい、じゃあ、上手に隠します」
「ええ、それがどんなに非道で悪辣な手段であっても、それによって貴方が強く成れるなら躊躇わずに実行してください。貴方は我等が神々の命によってやらされているだけ……私が全ての非道を許します」
「はい、ありがとう、ディアさん」
ふと真剣な表情に戻ってディアが言う。ヒロトはこの人が担当で良かったと心から思った。
「いいえ、サポート役として当然の事です。明日は一〇時ぐらいにお伺いする予定ですので宜しくお願いします」
それでは失礼します、折り目正しく頭を下げるとディアはそのまま掻き消えた。<瞬間移動>のスキルとやらを使ったのだろう。
「さてと、ダンジョンでも創ろうかな」
玉座の間――コアルームに戻ったヒロトはサンドウィッチ――パンにハムとチーズ、レタスを挟んだだけの簡単なもの――を頬張りつつ、ウィンドウを開いた。
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メイズ・メイズ
テーマ:迷路 タイプ:洞窟
属性 :土 主力 :粘液
位置 :ローラン 特徴 :未定
ダンジョン情報
レベル:1 階層:F
魔物 :F 罠 :F
称号 :ー
ランキング
順位 8位タイ
戦績 0勝0負0分
撃破数 0
撃退数 0
資産
639DP
44850G
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「あれ、何かDP増えてる……?」
メニューからメール機能を開いてみると<初日公開ボーナス>というメッセージが贈られてきていた。
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初日公開ボーナス
運営初日にダンジョンを公開されました。
速やかなダンジョン公開に感謝致します。
お礼としてささやかながら以下をお贈りします。
・五〇〇DP
・レアガチャチケット
・原初の渦
※アイテムについては<宝物庫>に転送しておりますのでメニューからタップして取り出すか、<出庫 アイテム名>と唱えて取り出してください。
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六〇〇を超えるDPの正体はこの<初日公開ボーナス>によるものだったらしい。
残りの端数はダンジョンコアが霊脈からのマナを吸い上げた結果だ。ダンジョンコアは一日一回、霊脈から魔力を吸い上げてDPに変換してくれる機能を持つ。王都ローランはガイア屈指の良質な霊脈を持っているらしく、通常の数倍というDPを吸い上げる事が出来たのであった。
「それにしても……レアガチャチケットね……」
ダンジョンメッセージに従い、<レアガチャチケット>を取り出す。金色で出来たクレジットカードみたいな金板だ。板の表面には魔法陣が描かれ、その中央に赤い魔石が埋まっている。
同封の説明書を読むと、ガチャチケットを『使う』と宣言する事でレアクラス以上――召還リストでいうところの三ツ星級――の魔物を喚出来るそうだ。稀に貴重なマジックアイテムが出ることもあるらしい。
当然、DPは不要であり、一度召還したモンスターは以後召還リストに記載されるためDPを支払えば何度でもレアモンスターを呼び出す事が可能になるという。
非常に有用なアイテムだ。ただしモンスターを選ぶ事は出来ないし、ダンジョンに合った種族や属性を持った魔物の方が召還される可能性が高いらしく、あまりに偏ったダンジョンを作ると何度やっても同じ魔物しか出ないなんて事もあるようだ。
「とりあえず様子見かな……」
続いて<原初の渦>を取り出す。これまた同封の説明書によれば、指定したモンスターを放り込むだけでその<渦>を作り出すアイテムのようだ。
<渦>とは一定間隔でDPを支払わずに召還する事が出来る仕組みだ。通常の召還コスト×一〇〇を支払えば作成可能との事である。つまり定期的に一〇〇匹以上、召還する魔物がいるなら渦を作ってしまったほうがお得という事である。
なお<原初の渦>はレア級までが使用可能なようで、今回のレアガチャチケットで四ツ星以上のスーパーレア級を引いても使えないらしい。スーパーレアとなると高位のヴァンパイアだとかドラゴンだとか、災害級のモンスターらしいのでそれはそれでラッキーだ。
「つまり少なくともレアモンスターの渦が作れるって事か……」
かなり有用なプレゼントだと言えるだろう。
「どうしよう、早く使いたい……」
しかし焦ったところでいい結果は出ないはずだ。明日、ディアがダンジョンに来るのを待ってから詳しい話を聞いて使用するのが良いだろう。
明日、召還するモンスター次第ではダンジョン運営方針まで変わってくる。今日はダンジョン拡張を行わない事にした。
ダンジョン出入り口から屋敷に戻る。とても落ち着かない。明日への期待に興奮してとてもじゃないが寝付けない。
屋敷中を掃除し、購入したばかりの食料で凝った料理を作り、風呂を入れて一日の汚れを洗い流す。家事全般をくたくたになるまでこなす事でようやく眠りに付く事が出来たのだった。
「お早う御座います、ヒロト様」
「おはようございます、ディアさん」
翌日、一〇時五分前にコアルームに転移したディアを出迎える。首元には青いスカーフを巻いているのを見てヒロトは密かに嬉しくなった。
「何かお困りの事がありますか?」
「あ、はい! 念のため確認したい事があったんです」
ヒロトは先日の初日公開ボーナスについて話をした。
「なるほどチケットと渦の素が来たのですね。レア級のモンスターを自力で作ろうとするとかなり時間が掛かりますからこれは非常に有利になります」
「よかった、やっぱり良いアイテムなんですね。ところで使用上の注意とか、こうした方がいいという事はありますか? 例えば〇時〇分〇秒に使うとレア召還率が上がるとか」
「使用するタイミングによって召還モンスターが変わるという事はありませんね。一部、季節イベント中に特定のモンスターの召還率が上がる事はありますが、初年度はイベントを開催する予定もありませんし。強いて言うのであれば維持コストに注意してもらいたいくらいでしょうか」
レア級のモンスターともなると召還DPは相応に高くなり、基本的な召還コストも一〇〇は超えてくる。まあ戦闘能力の高低や特殊能力の有無によって召還コストは変わってくる。召還コストが一〇〇〇〇DPを超えることだってあるそうだ。
「等級の高いモンスターですと維持コストも相応に高くなります。防衛に必要のない戦力を維持するのもDPの無駄になります。モンスターの維持費には三つの支払い方法があり、毎日召還コストの百分の一を先払いするか、毎月に召還コストの十分の一を先払いするか、毎年召還コストと同じDPを支払うか、になります。
ダンジョン内で食料を生産する手もありますが、防衛スペースの事を考えますとあまりお勧めできません。
召還されたモンスターは翌日以降に維持コストが必要となります。何も指定しなければ日単位でのお支払いですね。一度に召還しすぎるとダンジョンの収益が一時的に悪化する事もありえますからその点は注意してください」
例えば召還コスト一〇〇の魔物を五〇匹も召還すると維持コストだけで毎日五〇DPが必要となってくる。
「基準は霊脈から得られるDPの半分を維持コストに当てることですね」
ヒロトのダンジョン<メイズ・メイズ>は毎日霊脈から五〇DPを得ている。そこから考えると召還コスト一〇〇の魔物を二五匹が基準値になるわけだ。先に月払いで払ってしまえば七五匹が使役する基準になる。月払いは月初日になるためその辺を踏まえてきちんと考えてやりくりしなければいけない。
「ある程度数を抑え、限られた魔物だけで運営していく事を心がけてください。モンスターには個々にレベルが設定されていますからレベルアップすれば同じコストで戦力を上げる事が可能となりますから」
幸いな事に渦はON/OFFが効くため戦力が過剰気味になったら止めてしまえばいいらしい。毎日ひっきりなしに冒険者が現れる人気ダンジョンならともかく、王都の住宅地にひっそりと隠れ潜む予定の<迷路の迷宮>にとって維持コストは死活問題になる。
「魔物によっては自前で食料を用意したほうが安上がりだったりしますからそこはおいおい相談ですね。全てはヒロト様の引き次第です」
「うわぁ、凄いプレッシャー……そうだ、ディアさん引いてくれない?」
「絶対にお断りです」
いい笑みで言われ、ヒロトは肩を落とす。ディナは腐っても神様である。リアルラックの高さに期待したのだが、断られてしまったらどうしようもない。
「じゃあ、いきます――チケット召――」
ヒロトは宝物庫からチケットを出し、手の平でぎゅっと握る。
「そういえば召還したいモンスターを強くイメージするとそのモンスターが出やすいみたいですよ?」
「ちょっと、ディナさん!? 今の無し! もう一回! もう一回引き直させて!」
「冗談です、あ、出てきましたよ」
「…………」
思わず半眼になるヒロト。召喚主の心情など知る由もないチケットは黙々と召還の儀式を続けていく。玉座の真ん前にはいつの間にやら描かれていた魔法陣が銀色の光を放ち始めた。
光が溢れ出す。
手を翳し、目を閉じる。ダンジョンマスターの特性か、目の前にスライムとは比べ物にならないほどの<力ある存在>を感じ取れる。
光の本流が徐々に薄れていく。元の薄暗いダンジョンに戻っていく。しゅるしゅると魔法陣へと戻っていく光の渦、陣の中央、その魔物は誇らしげに胸を張る。
それは美しく煌びやかな銀色の光を纏った――
スライムだった。