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理由

「なるほどね……苦労したんだね」

「お互いにな」

 お腹も満たされたところで二人はダンジョンマスターになってからの思い出話に花を咲かせた。


「ケンゴ君に比べたら僕の苦労なんて大したものじゃないよ。僕はこの世界で一度だって戦ったことがない」

 ケンゴのダンジョン<王の剣>は異質という言葉を通り越して異端と呼べる存在だった。


 なにせダンジョンマスター自身がダンジョンという変り種だ。自身の心臓にダンジョンコアを埋め込み、その身をダンジョンそのものに作り変えてしまったのである。


 こうなってしまった経緯は正義感の強いケンゴらしいものだった。異世界転移当日、自らの役目を知らされた彼は絶望した。異世界とはいえ日々平和を願って生きている人々に害を為すような存在にさせられたのだから当然の事だった。


 ケンゴは自らの置かれた状況を把握するやいなやすぐに自殺を図った。


 そして失敗する。しかしダンジョンマスターは不死に近い存在である。ダンジョン内であれば殺されても――デスペナルティはあるものの――復活出来てしまう。コアさえ無事なら地脈から得られるDPによっていずれ復活出来てしまう。


 簡単に死ねない事を悟ったケンゴは、自ら玉座に配置されたコアを傷付け、破壊した。死ねると思った次の瞬間、ケンゴの手にはダンジョンコアが存在していた。ダンジョンを攻略するとクリアボーナスとしてダンジョンコアが手に入る仕様らしい。


 いくらコアを破壊しようと結局手元に戻ってきてしまう。そこでケンゴは他人にコアを譲ろうと考えた。しかしダンジョンコアは神の御業によって作られた強力なマジックアイテムだ。受け取った人物が悪用しないとも限らない。コアさえあればダンジョンを生成する事が可能だ。軍事利用されてしまう恐れがあった。


 そんな無責任な事ができようはずがなかった。自分が渡したコアが発端で災厄が引き起こされたらたまらない。


 ケンゴはガイアの世界でコアを預けるに足る人物を探すことにした。


 ――難儀な性格だね。


 ヒロトは苦笑する。ケンゴは学校でもそうだった。生真面目で融通が効かなくてしかもとびっきりのお人好しだった。クラスの委員会など誰もがやりたがらない仕事を引き受けて損をする。


 生徒会長なんてその最たるものだった。学年でも評判の悪い生徒が会長に立候補してしまったから、アレには任せられないと学年全体でケンゴを担ぎ上げた結果だった。


 ともあれケンゴは信頼するに足る人物を見つけるために旅に出た。そして路銀を得るために冒険者になる。そして持ち前の明晰な頭脳や運動神経を活かしてすぐに頭角を現した。


 そうしてガイアにおける生活基盤を整えつつ、評判の良さそうな人物の噂を集めるという事を行っていたようだ。


 異世界転移から一月が経ち、ようやく冒険者家業も軌道に乗り始めた頃、ガイア全土を震撼させる事件が起きた。ダンジョンによる一斉進攻、通称<スタンピード祭り>である。ダンジョン公開を記念して各地のダンジョンマスター達が一斉に地上へと魔物の群れを解き放ったのである。


 ケンゴの住んでいた町もスタンピードの被害を受けた。焼かれていく家屋、無残に殺されていく人々、泣きながら母の遺体にすがりつく子供、この世の地獄を体現したかのような光景にケンゴは激昂した。


 そして心に決める。世界に災厄を齎す同胞達ダンジョンを駆逐すると。


 しかし一介の冒険者でしかないケンゴに魔物の群れをどうにかするほどの力はない。悩みに悩んだ挙句、目に入ったのがこれまで持て余してきたダンジョンコアであった。


 目には目を、歯には歯を、ダンジョンにはダンジョンを――。


 ケンゴは禍々しい朱色の宝玉を自らの胸に押し付けた。宝玉がずぶずぶと胸に埋まっていき、心臓と同化してしまった。


 ダンジョンメニューが開く。ケンゴは適当にダンジョン設定を行うと、コアに残されていたDPを使ってステータスを上げ、スキルを手に入れた。


 そして魔物を殺した。ダンジョンそのものであるケンゴが直接手を下せば倒した魔物分だけDPが取得出来る事が分かった。


 ケンゴは文字通り敵を倒した分だけ強くなっていった。


 元々剣道のインターハイで入賞するほどの実力者である。冒険者として実戦を潜り抜けた経験もある。身体能力が上がるだけで簡単に強くなれるのだ。


 それにダンジョンマスターの潜在能力は四ツ星級のモンスターに比肩すると言われている。そこに優れた戦闘技術や多彩なスキル、限界値まで引き上げたステータスが加われば向かうところ敵なしである。


 敵方にとって一番厄介だったのは、ダンジョンマスターがダンジョン内においてはほぼ不死の存在である事だろう。例え致命傷を受けてもデスペナを支払うだけで簡単に復活出来てしまう。数の暴力でようやく仕留めたと思った瞬間、生き返られてしまったらたまらない。


 ほぼ独力で魔物の群れを退けたケンゴはすぐさま近隣のスタンピードの群れに襲い掛かる。それを倒すと次なるスタンピードの討伐に向かう。


 一ヶ月という有効期限が過ぎ、<スタンピード祭り>が終わった後はダンジョン攻略に乗り出す。スタンピードの移動経路からダンジョンの位置を割り出し、単身で突撃したのだ。


 この時、既に五つの魔物の群れを潰し、大量のDPを手に入れていたケンゴの戦闘能力は上級冒険者さえも霞むほどになっていた。生まれたてのダンジョンを容易く攻略すると人々を苦しめたダンジョンマスター達――同級生達――を殺害する事に成功したという。


 ディア曰く、彼の手で攻略されたダンジョン数はこれまでに二五個。この三年間で攻略された総ダンジョン数が五〇〇程度である事を考慮すると人口一〇億を超えるといわれるガイアの人々が全人類が総出で為した戦果の五パーセントほどをたった一人で稼ぎ出してしまった事になる。


 ――これが、本物の覚悟か……。


 ヒロトは息を飲んだ。ダンジョン攻略数も驚きだったが、平和のためにかつての友人さえ殺害してしまう覚悟の強さに圧倒された。


 ケンゴの話を聞くにつれ、いかに自分の覚悟が薄っぺらいものだったかが分かる。ヒロトのそれは覚悟というよりむしろ願いだ。無理はしない。出来る範囲で努力する。叶わなくても仕方がない。そんな甘えが根底にあった。


 しかしケンゴのそれは違う。己の身を差し出してでも平和を作り出そうという壮絶なものだった。


 ケンゴはずっと独りで戦い続けてきたのだ。


 ずっと逃げ続けたきた自分とはまるで正反対である。ダンジョンの全階層を巨大な迷路に仕立てるなんて在り様が逃げたいという心の現われであった。


「しかし一人ではやはり限界がある」

 そうして戦い続けたケンゴも昨年末に初めての敗北を喫する。


 限りなく神に近い実力を持つ五ツ星級の戦士に初めて土を付けたダンジョンこそ、ダンジョンランキング二年連続第一位、最強最悪のダンジョン<魔王城>だった。


 凶悪な魔物が跳梁跋扈する暗黒大陸に生まれ、そこに住まう人々はおろか魔物でさえも飲み込みながら成長し続ける正真正銘の化物である。


 <魔王城>の戦力はそれこそ圧倒的で、ケンゴはバトル開始一時間で追い詰められ殺されかけてしまったそうである。ダンジョンバトルでは敵ダンジョンコアを奪うか、ダンジョンマスターが殺されると完全敗北となり全てを奪われてしまう。


 ケンゴは交渉の末、降参する事で敵ダンジョンから脱出出来たという。


「もしも奴等が降参を受け入れてくれなければ、今頃は俺は死んでいたか、魔王の手先になっていたかも知れない」

 ケンゴは冗談めかして言うが、その表情は苦しげに歪んでいた。


 五ツ星の侵入者を余裕で退ける魔王の強さに戦慄しつつ、しかしよくよく考えれば今のヒロト達でも充分に勝ち目がある気が付いてしまう。


「……なるほど、確かにケンゴ君一人なら……ある程度のダンジョンなら倒せるかも知れないね」

「ああ、そうだ。今の俺では何度再戦したところで勝てないだろう」

 要するにケンゴはウォルターと同じだったのだ。


 ケンゴを殺すのは簡単だ。キール、ルーク、クロエの最古参を中心とした五〇〇名の抜刀隊、更に三〇〇〇名を超える子供達で波状攻撃を仕掛ければいい。


 戦闘員を殺し尽くされる前にケンゴの体力のほうが尽きるだろう。そもそも抜刀隊は全員が三ツ星級で、普通の子供達だってレベルアップの結果、二ツ星級にまでなっている。子供達に命を捨てさせる覚悟さえあれば隙くらいは作れる。そこをエースたる古参組が突く。


 間違いなく勝てる。もちろん、そんな無謀な戦い方をさせるくらいなら死んだ方がマシなので絶対にやらないが。


「だからギルドに入りたいってこと?」

「そうだな……俺は不完全なダンジョンだから、その部分を補いたいんだ」

「<王の剣>のダンジョンコアは玉座にセットされていません。そのため一部の機能に制限が掛かっている状態です」

 ケンゴの言葉を、ディアが補足する。


 玉座は飾りではない。これはダンジョンコアの機能を最大限に活かすための神器なのである。ダンジョンシステムが出来る事を改めて考えてみれば当然なのだが、膨大な力を持つ地脈からDPを吸い上げたり、何もない空間に巨大な迷路や強力な罠を作り上げたり、時に召還主であるダンジョンマスターよりも強い魔物を召喚した上で隷属させたりするなんて神の所業以外の何物でもない。


「ちなみにどの機能が制限されているか聞いてもいい?」

「もちろんだ。まず地脈からDPが獲得できない」

 これは玉座によって地脈に干渉し、流れる力の一部を吸い上げているためらしい。


「更にダンジョンの拡張が出来ない」

 まあ、体内に迎撃施設や罠なんて設置されても困るという話だ。


「あとは普通の魔物も召喚も出来ないな。魔物を配置するスペースを取れないかららしい」

 ダンジョンに配置しきれない魔物を召喚すると、自動的に待機部屋――あぶれた魔物を格納しておける謎の異空間に繋がっている――に移動するのだが、もちろんケンゴの体内にはそんな不思議空間は存在しない。


「召喚に関して言えばギルドの<市場>を使えば補う事が出来るね」

「ああ、眷属にしてやる必要はあるがな」

 魔物をダンジョンの外に出すとシステムによる制御が届かなくなり野生化してしまう。しかし眷属の場合、通常とは異なる主従契約が結ばれる事になるため一年なり一か月分なりの維持コストを支払っておけばその期間中は単独行動が可能になる。


 配下の眷属さえ手に入れれば戦略の幅は大きく変わる。高ランクのモンスターを育成し、徒党を組ませる。五ツ星級の戦闘能力を持つケンゴを中心にした戦闘部隊だ。配下の能力にもよるが、途端に攻略は難しくなるだろう。


「そして今度こそ魔王を倒す……ヒロト、頼む。力を貸してくれ」

 ケンゴはそう言って頭を下げた。


 ガイアの平和のため、人々の安寧のために一度は殺されかけた相手に再び挑む。その覚悟に報いるべくヒロトは頷いたのだった。



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