王の剣
ダンジョンバトルが開始されると同時、一つの人影がダンジョン<迷路の迷宮>にするりと入り込んだ。
漆黒の西洋甲冑。朱色に縁取りのされた不気味な防具に身を包み、腰には同じく黒く禍々しい剣を佩いている。
兜の隙間からは鋭い眼光がこちらを覗き見た。鎧の隙間という隙間から濃密な魔力が漏れ出る。
――強い……圧倒的に……。
ヒロトは思わず身震いをした。殺気を向けられているわけでもないのに、甲冑の奥から迸る存在感に圧倒されてしまいそうだった。
システムによれば侵入者の等級は<五ツ星>となっていた。亜神、高位の精霊や上位の神々に仕える神獣、あるいは千年の時を生きた老竜達と同等の戦闘能力を備えているという事だった。
身近なところでいえばハニートラップとのダンジョンバトルで数千にも及ぶ魔物の群れを単独で屠ってみせたウォルターも眷属化後は五ツ星まで上り詰めた。それはつまり、この場に居る全員を屠れる可能性があるという事に他ならない。
「紹介します、彼が<王の剣>の主、大野謙吾様です」
ディアが紹介をすると甲冑が一歩前に出る。護衛として侍っていたルーク、キール、クロエが抜刀した。僅かに遅れて抜刀隊の隊長格、隊員達の順で剣を抜く。
俄かに殺気立つダンジョン。
「大丈夫、皆、剣を納めて」
ヒロトは穏やかに言って、子供達を手で制すると一歩進み出た。
「久しぶり、ケンゴ君」
ヒロトはそう言ってローブのフードを取った。
「ヒロト、お前だったか……元気、だったか?」
独りでに兜が外れ、中から精悍な顔立ちの青年が現れる。
大野謙吾。ヒロトが通っていた高校の生徒会長を努めていた人物だった。定期テストではいつも一桁台に入る優等生であり、剣道部の主将にしてインターハイ入賞を果たした事もある実力者でもあった。加えて王都グループの御曹司でもあり育ちまでよろしい。
清廉潔癖、品行方正、文武両道を地で行く完璧超人であった。
「何とかね、ここにいるみんなのおかげで。ケンゴ君も元気だった?」
「ああ、問題ない」
ケンゴはそう言って穏やかに笑う。クラスメイトという事もあって二人は雑談する程度には付き合いがあった。むしろ個人的には仲のいい友人だと思っている。
個人的な友誼があるならすぐさま戦闘状態になる事はないだろう。子供達が一斉に息を吐いた。
しかしそんな中、古参三人組が喉を鳴らす。ダンジョン内でも別格の戦士である彼等は彼我の実力差を明確に読み取れてしまったために余計に恐怖を覚えたのだ。
古参組は三年間にも及ぶ訓練や実戦経験、更には眷属化を経て彼等は異常なまでに強くなった。今や四ツ星級侵入者と判定されるほどである。ドラゴンや神話に語られる幻獣、高位の精霊などが<竜殺し>を成し遂げたウォルターでさえ眷属化前は四ツ星として判断されていた事を思えば彼等は今や人類における頂点に君臨していると言えるだろう。
それでもケンゴには敵わない。はっきり言って彼は強すぎた。文字通りに格が違うのだ。抜刀隊の小隊長クラス――彼等はほとんど三ツ星級上位といわれる実力者だ――ですら相手にならないだろう。
三人で同時に襲い掛かってようやく食い止められるかどうか。
そんな相手を前にして油断できようはずがなかった。
「立ち話も何だし、とりあえず食べながら話さない?」
そんな部下達の葛藤など知る由もないヒロトは、気軽な口調でダンジョン入り口に設営したテーブルに招いた。美しい装飾の凝らされた銀の食卓はドワーフ職人に頼んで造って貰った言うなれば貴賓席であった。
テーブルには幾つかの食事を用意していた。赤い穀物、緑色の汁物、紫色した揚げ物、青い粘り気のあるスープ、乾燥して赤茶色になった魚を焼いたもの。お世辞にも美味しそうには見えない。
「ヒロト、これは……毒じゃないか?」
「それぐらいでどうにか出来る相手ならよかったんだけどね。ケンゴ君だって毒耐性くらい取ってるでしょ?」
「……まあな」
ダンジョンマスターはDPを消費する事で各種スキルやステータスを増強する事が出来る。ダンジョンレベルによって取れるスキル数やステータス上限数は決まっているのだが<毒耐性>は必須取得スキルだと言われていた。
ガイアでは衛生概念が低い。ダンジョンショップで購入した水や食事でさえ稀に腹を下す事があった。毒耐性には食中毒を引き起こす細菌が吐き出す毒素への耐性も一緒に得られるため、免疫力皆無な現代っ子御用達のスキルとなってしまったわけである。
ヒロトが食事に手を出すのを見てから、ケンゴも食事を始める。いくら見た目が毒々しい悪いとはいえ出された食事に全く手を付けないのも失礼だろうと思ったのだ。
そして口を付けて驚愕の表情を浮かべた。
「どう?」
「うまい……から揚げなんて久しぶりに食べた……」
「こっちもどうぞ」
「まさか、これも、か?」
ケンゴは言いながら物凄い勢いで食事を平らげていく。
「ケンゴ殿、少しペースが速すぎませんか……ああ、それは私のから揚げ!」
ディアの悲痛な声が響く。
大規模な港を有する王都ローランは世界有数の貿易都市で、世界中のあらゆる食材や調味料などが集まる。ヒロトはそういった珍しい食材を買い集めては日本時代の料理を再現出来ないかを試していたのだ。
白米に似た赤い穀物を炊いたご飯モドキ、魚のアラから出汁を取りライムグリーンの調味料を溶かした味噌汁モドキ、から揚げモドキにカレーライスモドキ、魚の干物だけは日本のそれとそん色ないものが出来たとの自負がある。
見た目は悪いし、元々の料理スキルが高くないためレパートリーも限られているが、それでも故郷を思い出させるには充分だったようだ。
ディアとケンゴは競い合うようにテーブルの食事を全て平らげ――少なくとも一〇人前はあったはず――手を合わせた。
「ご馳走様。本当に最高のご馳走だった」
「ご馳走様でした。本当にヒロト様は多才ですね」
「お粗末さまでした。喜んでもらえてよかったよ。材料とレシピね。よかったらどうぞ」
ヒロトが食材の入った袋を渡すと、ケンゴは深々と頭を下げる。
「重ね重ね、感謝する。ありがとう」
ヒロトの心尽くしの持て成しのおかげか、その後の会談は朗らかに進んだ。




