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覚悟の程

 ヒロトの設立したギルド<宿り木の種>は人間社会との共生を目指して設立されたギルドだ。加入条件は人類に積極的に敵対しておらず、今後もその予定のないダンジョンである事だった。


 もちろん<迷路の迷宮>のように積極的に交流する必要はなくて、人類と距離を置いて関わらないというスタンスでも問題ない。


 しかし隠れているだけで何の活動もしていないいわゆる<無職ダンジョン>は受け入れていなかった。ギルドの加入枠には制限があり、一ツ星級である今はたった五つしか存在しない。


 等級はギルドメンバーが資本金を投入する事で増やす事が出来るのだが、まともに活動していないダンジョンばかりが名を列ねたところでギルドを発展させる事は不可能だからだ。


 ヒロトは加入希望者とダンジョンバトル申請書を使った<バトル文通>を行っている。ある程度信頼出来ると判断したらダンジョンバトルをする事でその真偽を確かめるつもりであった。


 しかしながら人類と敵対していない、いわゆる隠れダンジョンというのは侵入者が少なく、DPの稼ぎも比例して少なくなる傾向にあった。当然、ダンジョンレベルも上がらず、防衛力も低くならざるを得ない。


 そのためギルドに興味を示してくれていても、最後のダンジョンバトルで断られてしまうケースが多発していたのである。


 ナンバーズの一角にして先日にはダンジョンバトル一〇〇連勝を達成した<迷路の迷宮>は最強の呼び声も高いダンジョンである。下位に甘んじているダンジョンがバトルに応じてくれるわけがなかった。ヒロトが同盟を騙る侵略者でないと証明できない限り、加入者が増える事はないだろう。


「ですので人類に敵対していない強いダンジョンはないかと知り合いのサポート担当に尋ねて回ったのですが……先方は会っても良いとの事でして」

 ディアはダンジョンバトルの申請書を取り出した。


「<王の剣>?」

 どこかで聞き覚えのある名前だった。ランキングダンジョン情報を調べるとランキング三四位のランカーダンジョンであった。


「ディア、このダンジョン強いの?」

 クロエが尋ねる。


「はい、詳しい事は言えませんが、間違いなく最強クラスのダンジョンマスター・・・・・・・です」

「なるほど戦闘に特化したダンジョンか……」

 ダンジョンランキングは階層の深さや罠の数、配下モンスターの質と量、更にDPの収益性を含めて総合的に判断される。必ずしもランキングの高さがダンジョンの防衛力に比例しているわけではない。


 しかし<王の剣>に関してはランキング通りかそれ以上の戦闘能力を保有していることは明白だ。


 ダンジョンバトルの戦績は一七勝一敗。バトル相手のほとんどがランカーダンジョンであり、唯一の敗戦した相手もダンジョンランキング第一位の<魔王城>だった。二年連続でランキングトップをひた走る最強ダンジョンなわけで、そんな強敵を相手取って生き残れただけでも凄まじい強さの持ち主であることが分かってしまう。下手をすればナンバーズに匹敵する実力者かも知れない。


「だから主様が危ないって?」

「はい。<王の剣>はそれだけの強さを保有しているのです」

「……他にないの?」

「ありませんね」

 クロエが眉を寄せる。


「それだけヒロト様の提示する加入条件が厳しいという事です」

 ヒロトはギルドの加入条件にダンジョンバトルシステムを利用した面接を付けている。しかしそれはよほど戦闘能力に自信のあるダンジョンでもなければ応じられない条件だった。


 <王の剣>は<迷路の迷宮>と同じく人類と共生しながらも尋常ならざる手段を以って高い戦闘能力を手に入れた類稀なる存在なのだ。そんなダンジョンがいくつもあるはずがなく、ここを逃せば次の候補者は見つからない可能性があった。


「……ヒロト様。私はここが分水嶺だと思っています」

「ギルドに人が入るかってこと?」

 クロエの問いに、ディアはゆっくりと首を振った。


「違います。ヒロト様の覚悟が本物かどうか、です」

 ヒロトはダンジョンマスターでありながら人類と共生していく事を決めた。


 人と共に生きていく。ダンジョンを作成当初、ヒロトにそんな思いはなかった。ランキング下位に甘んじている無職ダンジョンと同じように出入り口を秘匿し、安全にひっそりと隠れて生きていこうと考えていた。


 そもそもクロエ達を購入し始めたのだって、絶対に反抗しない奴隷達を使ってDPを稼ぎたかったからだ。数を増やしたのだって収益率を上げたいから。もしくは万が一、出入り口が露見した時に維持コストのかからない防衛戦力を欲しただけなのである。


 全ては成り行きでしかない。子供ばかりを購入したのだって値段が安いからだけじゃなく、余計な先入観を持たない子供ならきちんとした待遇をあたえてやればきちんと働いてくれると思ったからだ。


 しかしヒロトはいつしか彼らに心を許し、情を移してしまった。故郷を追われ、親から捨てられてなお無邪気に自分を慕ってくれる子供達を単なる道具として見れなくなった。


 ダンジョンマスター失格である。人類の敵になるにはヒロトは少しだけ善良すぎた。地球で大切なものを失ったヒロトは、ガイアの世界で得たこのえにしを宝物のように思っている。


 今や収益の柱となっているスタンピード討伐部隊――通称<メイズ抜刀隊>を結成したのだって、元はと言えば子供達の想い、故郷を守りたいという希望を叶えただけの事だった。


 ヒロトはあの時、ウォルターと約束した。


 子供達を守る。


 それからヒロトはその誓いを果たすべく行動を始めている。ウォルターとの約束は今やヒロトの行動原理になっているといっても過言ではなかった。


 <迷路の迷宮>は子供達のために、ヒロト自身が人間であり続けるために社会と共生する事を決めた。しかし一人でやれる事なんてたかが知れている。むしろ手詰まりになる公算が高い。


 そして大切な子供達の未来のために、自分と志を同じくするダンジョンを増やしたいと思ったのだ。共存派のダンジョンが増えれば増えるだけスタンピードの数は減らせる。それだけでも被害は激減するだろう。


 例え小さな行動でもいつかはきっと実を結ぶ。


 ギルド<宿り木の種>は今のダンジョンの在り方を変える布石なのだ。いつかダンジョンを、人間社会という樹木に寄り添うように蔦を伸ばし、共に発展していける存在にしたいのだ。


 そのためにはいつかヒロトだって変らなければならない。


「先方は前向きなようですが……やはり他人です。完全に信用する事は出来ません。万が一のリスクは常に付き纏います。むしろ彼のダンジョンとはちょっとした因縁があり、お勧めしたくありません」

 ヒロトはこれまで親戚や親友のような近しい人々に裏切られ、利用されてきた。しかしそれでも現状を変えていくためには誰かを信じ、受け入れられるようになければならない。


 澄んだ湖面を思わせる碧眼がヒロトを優しく見つめる。

 この心優しいダンジョンマスターに欠けているのはDPでも防衛力でもない。他人を信じ抜く覚悟であった。


「それでも、会われますか?」

 ディアは凪いだ湖面を思わせる瞳で尋ねた。


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