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宴の後

 祝勝会は夜半過ぎまで続いた。普段は夜更かし厳禁で午後七時くらいに――照明が貴重なこの世界では就寝時間も早くなる傾向がある――寝ているはずの子供達も今日ばかりは頑張って起きていた。


 今回のスタンピードに対応していない子供達もパーティには参加していて総勢三〇〇〇名を超える人員――子供達は毎月三桁の単位で増えている――が一同に会する事になった祝勝会は歓声、怒号、悲鳴が行き交って中々の迫力だった。


 騒ぎ疲れて眠ってしまった子供達と別れ、ヒロトはひとりでコアルームに戻った。


 ダンジョンメニューを開く。文字通り寝食さえ削ってやっていた一ヶ月前ほどではないにせよ、ヒロトはダンジョンの防衛能力を底上げするべく今も積極的に動いている。


 まず基本となるのがダンジョンの防衛力強化だ。これまで施設<大迷路>を繋げることで巨大な迷路を構築し、命中率の高い罠を用いて僅かでもダメージを与える事により、時間切れによる判定勝ちを狙っていた。


 しかしこの戦術は消極的に過ぎた。攻撃力の低い罠では敵の足を止めが出来ず、結局数に頼んだ人海戦術によって攻略されてしまう可能性があったのだ。


 そこでヒロトは致死性の高い罠を至る所に仕掛けた。ハニートラップ戦でも活躍した<クランクバズーカ>や<猛毒サウナ>を要所要所に配置したのだ。


 更に<転がる岩>を設置、岩が走り抜ける通路や壁を滑りやすい<氷結床>にする事で大岩を高速移動させるようにした。掲示板では<大岩ボブスレー>と呼ばれるテクニックであった。


 掲示板ではよく知られたメジャーなテクニックであり、いずれも対策が発見されているものの極めて高い殺傷能力を誇る罠となっている。狙いは敵の足止め――対策を用意させるために時間を浪費させる事が主目的であった。


 更に索敵能力の高い飛行ユニットへの対策も万全だ。上層階に<噴水>を作り、溢れ出る水を下層階に繋がる<落とし穴>を使って流すようにしたのである。


 排水機能のない階下は水で満たされる事になり、沈没してしまう。これにより殺人蜂のような飛行ユニットは高速移動が出来なくなる。


 <ダムジョン>と呼ばれる一階層をまるごと使った大掛かりな仕掛けだった。更にそれから派生する<闇鍋シリーズ>は中々に凶悪な事で知られている。


 まずは<ダムジョン>の床に<溶岩床>を設置する事で温度を上げて敵を茹で殺しにする<チゲ鍋>。さらにそこに<猛毒沼>を加えれば<てっちり鍋>となる。この階層の下には<氷結床>を入れた<冷しゃぶ>を作り、上下階段を作ることで寒暖差を作って侵入者の気力や体力を奪うようにした。


 <迷路の迷宮>には迎撃用モンスターこそ出てこないものの、こうした凶悪な罠や足止め用のギミックが至る所に施されており、もはや力押しでどうにかなるダンジョンではなくなってしまっていた。






 ダンジョンの階層強化を終えたヒロトは部下から上がってきた変異実験の報告書を読む。


 変異は召喚モンスターを特殊な環境に置く事で人為的な進化を促すというものだ。これまで教育に悪いという理由で見合わせてきたが、昨年末からついに手を出す事ようにしている。


 様々な実験を経て主力モンスターであるスライム系の召喚リストは種類を倍以上にまで増えた。


 スライムは特殊な環境に放置するだけで変異種が生まれる面白い種族である。


 例えば回復ポーションの中にスライムを漬けておくと<ヒールスライム>が生まれたり、各種<鍋シリーズ>の中で煮込んでおくと<ヒートスライム>や<ポイズンスライム>、<クールスライム>などの変異種が生まれる。


 もちろん大抵は環境に適応出来ずに死ぬのだが、一匹でも進化個体が生まれればあとは召喚リストに載るため量産が可能だった。


 さらに発生させた変異種を別のモンスターに食べさせるという実験もしている。例えば<ポイズンスライム>を食べ続けたゴブリンには稀に<毒攻撃>や<毒耐性>といったスキルが得られるようになる。もちろん大半は死んだ。


 変異は動物実験めいた非人道的な作業である。子供達を関わらせる事は当然出来ず、ヒロトや数少ない大人奴隷達を使って実施していた。


 他にもドワーフ職人達の協力を得て<シルバーゴーレム>を改造したりもしている。装甲を外したうえで骨格を削ったり、短くしたりして軽量化させる。そうすると<シルバードール>という別モンスターとして扱われるようになった。


 サイズダウンした分、制御にリソースを回せるのか、思った以上に俊敏に動くし、カクカクとしていた動きも随分と滑らかになっている。ゴーレム時代ほどの怪力や耐久性はないが、その分、スピードが上がっているため使い勝手はよくなったといえるだろう。


 こうして召喚リストを増やす作業と平行して、既存戦力の拡大も積極的に続けている。


 王都ローランに避難してくる難民達――王都は騎士団が常駐し、メイズ抜刀隊も活動しているのでスタンピード被害が驚くほど少ない――を買い、奴隷に落とした上でシルバースライム狩りによるパワーレベリングを施すというものだ。


 子供の数は既に三〇〇〇名を超えており、いまも毎月百人単位で増え続けている。


 もちろん奴隷達の中には性格的、能力的に戦闘に向かない者も数多く居るのだが、その場合には商人や職人達の仕事を手伝わせる事で知識奴隷として教育する事にしていた。


 何も最前線で敵と切り結ぶだけが仕事ではない。抜刀隊ほどではなくてもそれなりに適正がある子供達には工作部隊や輜重部隊として専門訓練も行う予定だった。数が増えればそれだけ他の子供達も安全になる。


 今は各部署から上がってきた報告を確認し、今度は掲示板で目ぼしい情報がないか探る。


「こんばんは、ヒロト様。先ほどはご馳走様でした」

「あれ、珍しいですね、ディアさん」

 もうすぐ日付が変わろうとしている時間だ。毎朝一〇時頃に顔を出す彼女にしては珍しい時間帯での来訪であった。


「ええ、それにしても精が出ますね。ちゃんと眠れていますか?」

「はい、最近はクロエが迎えに来るようになっててあまり夜更かしはさせてもらえないんです」

「それは良い事ですね」

 ヒロトが冗談めかして言えば、ディアが安心したように笑う。


 クロエは最近、いつまでも玉座で仕事を続けようとするヒロトを寝所へと強制連行するようになった。


 最初は抵抗していたヒロトであるものの、元暗殺者にして高位の戦闘技能者であるクロエに力づくで動かれたら逃げられようはずがない。


 ステータス的にはダンジョンマスターであるヒロトの方が上だとしても、戦闘技術はクロエのほうが格段に高いわけで近接戦闘では確実に負けてしまう。


 もしも本気で抗おうとするなら強力な魔法を使って強制排除するしかないわけで、しかし自分を心配してくれている年下の少女にそのような無体を働けるはずもなく、ヒロトはしぶしぶ従うようになっていた。


「ん、呼んだ?」

 クロエがコタツから顔を出す。コアルームでまったりしつつ自分が寝所に戻るついでに連行しているようだ。なるほど効率的だとディアは感心した。


「ええ、クロエさんがきちんと眷属の務めを果たしてくれているようで安心しました」

 無駄に体力がある分、ダンジョンマスターは無理をしがちだ。デスクワーク仕事ぐらいなら三日くらい休憩無し、飲まず食わずで働いても平気である。


 しかし肉体的には平気でも精神面ではそうもいかない。ヒロト達はまだ歳若い少年少女――そろそろ二十歳になるが、それでも数千年という時を生きてきたディアからすれば子供のようなものである――なわけで心を病んでしまう可能性がある。


 ダンジョン運営なんていう命懸けのゲームに強制参加させられているわけで彼らに掛かる心労は並大抵のものではなかった。


「ん、当たり前。主様を公私共に支えるのが私の仕事。で、こんな夜更けに何の用?」

 もうすぐ就寝時間なんだけど、とクロエは不満げである。


「申し訳ありません。例の件でギルド加入の件で少しお話が」

「おお!」

「まさか……」

「はい、あの件になります」

「やったね、主様!」

 主従がハイタッチを交す。しかしディアの表情はあまり嬉しそうではなかった。


「ディアさん、何か問題が?」

「……はい。万が一、交渉が決裂し、戦闘状態になった場合……」

 ディアは大きく息を吐くと告げた。


「ヒロト様でさえ殺害される可能性があります」


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